第48話「ポンコツな君な好き」

後日、あらためて場を仕切り直し沙知と話し合いをすることとなった。


喫茶店の隅の席、もはや店員からも完全死角となる定位置。


学校を抜け出した後、流れるように喫茶店に入りニコニコと葵斗が葉緩の手を握っている。


(この人は本当にボディタッチが好きですねぇ……! 生粋の変態でした!)


隠す気もない、むっつりではなくオープン助平だとため息をつく。


これは簡単に逃げられるものではないと、長年の執着に葉緩は平然を装いながらも脳内でパニックになっていた。


(今世は貞操固く生きなくては。葵斗くんに合わせていたらキリがありません)


OKサインが出る前から葉緩が番だというだけで承認されたも同然と行動していた。


本来ならば嫌悪感に殴っているところだが、葉緩も葉緩でどこかあきらめて受け入れてた節がある。


匂いがわからなくても本能的に葵斗を許していたといったところだろう。


なんとも皮肉なことで、悔しいと手を繋いだ反対の手を握りしめていた。


「改めまして、蒼依の双子の姉でした。名前を千夜と言います」


向かい側に座る沙知が静かに紅茶をすすり、あたたかさにホッと息をついている。


葉緩の前にはいっしょに運ばれてきた抹茶パフェがあるが、それよりも沙知の服装が葉緩にとっては興味の対象となる。


いかにも優秀そうな白いブレザーに細めの青リボン、濃紺のスカートをあわせた制服。


「その制服は……某有名校の! なんか入学するためにはとってもお金を払わないといけないやつ!」


「失礼ね! ちゃんと正面から入学してるわよ!」


沙知は立ち上がると勢いでスパーンと葉緩の頭にチョップする。


髪飾りに見せかけた忍びの武具が落ちてしまい、葉緩はそそくさと拾って何食わぬ顔で背筋を伸ばした。


先ほどまでの戦いと同一人物とは思えないと沙知はため息をつき、椅子に戻る。


紅茶を飲む姿は気品にあふれ、まさにエリートで真面目一直線。


優秀だと自称する葉緩であったが、財力と学力の壁に沙知には敵わないとガクッとうなだれた。


忍びとしては優秀だが、葉緩は勉強となるとポンコツで周りから心配されるほどだ。


特に数字にはめっぽう弱かった。


「去年までは葵斗も一緒だったのよ」


「なっ……なんですと!?」


恨めしそうに葵斗を睨みつけると、変わらずニコニコしたまま葉緩を愛でようとしてくるのでサッとかわして唇を尖らせる。


葵斗は二年生になると同時に転校してきた謎多きイケメンと騒がれていた。


まさかそんなエリート校からやってくるとは、それほどまでに番の匂いは離れがたいものなのだろうか。


あいかわらず匂いのわからない葉緩には番の認識が薄い。


何かとズルい人だと葉緩はふてくされて葵斗にそっぽ向いた。


「根からのエリートですか。住む世界が違いますね」


「俺は葉緩ならなんでもいいよ。頑張って優秀になった葉緩も、ポンコツな葉緩も」


まるで爆弾を落とされた気分だ。


葵斗の発言にはショックを受け、葉緩は葵斗の手を振り払ってぷんすかと手足をばたつかせた。


「酷くないですか!? ポンコツって、そんなこと思ってたんですか!?」


「そんないい匂いを漂わせて気づかないわけないからね」


絶句する葉緩に尻尾を振り、抱きしめてくる葵斗。


匂いがわからないのは……葉緩のせいだと言い訳も出来ずに小さく縮こまるしかない。


それがまた葵斗の溺愛心を刺激しているとも知らず、抱きしめられるがままに落ち込んでいた。


はたから見るとハートのまき散らしでしかないため、沙知は煙たそうにハートを振り払う。


「はぁぁ、うっざー……」


自分の恋愛観をまだ把握できていない葉緩は沙知の言葉に涙目となった。


***


「ま、千夜が里に戻ったときにはもう里はなかったというわけ」


なんとか葵斗の求愛を制止して、手をつなぐことで落ち着いた。


葉緩は空いた手で抹茶パフェを頬張り、沙知の記憶を聞いて過去生に起きたことを整理していく。


沙知は蒼依の双子の姉・千夜の生まれ変わりで葉名との接触はなかった。


千夜にとって葉名は関心の外にいたため、お互いに思入れはないに等しい。


優秀なくノ一だった千夜は外の任務に出ており、ほとんど村にはいなかった。


女性が跡取りとなることはないため、番が判明するまで外にいる主に仕えていた。


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