第47話「幸せを願うのは」

「これを」


沙知の手のひらに黒い丸薬を転がして前にしゃがみこむ。


「私が独自に作った薬です。術の跳ね返りによるダメージも回復します」


「そ、んな得体の知れないもの……」


「いいから飲む! さっさと回復してくれないと葵斗くんが困るんです!」


「むぐっ!? ……んぐ」


無理やり口を開いて放り込む。


基本的に桐哉と柚姫以外に容赦はなく、力ずくで解決しようと沙知にもいつも通りに対処する。


沙知は成すすべもなく丸薬を飲み込むと、だんだんと強張っていた身体から力が抜けていくようでにじむ汗を拭った。


「出来損ないのくせに」


「ふっふーん! この葉緩様、今ではとーっても優秀なのです!」


してやったりとほくそ笑み、歯を見せてピースサインをした。


だがすぐに表情は移り変わり、震えてどうしようもない悲しさに眉を下げて沙知の長い髪を撫でる。


「あなたは葵斗くんの親族。……お身内で傷つけるのはやめてください」


葉緩の言葉に沙知は深く長い息を吐く。


「偽善者」


「それでいいですよ。安心してください。私は優秀なので痛くも痒くもないです」


「……こんな女のどこがよかったのかしらね」


嫌味にも動じない葉緩に、これ以上の戦いは無用と諦めて沙知は天上にため息を吐く。


毒気が抜かれて目を閉じ、汗ばむ手を握りしめた。



――ざわざわ、と教室に声が近づいてくる。


耳を傾けると多くの生徒たちががやがやゾロゾロと急遽行われた全校集会から戻りだしていた。


さらに机や椅子が倒れたり壊れていたりとハチャメチャな状態だがなんとかする余裕はない。


(主様と姫が戻ってこられる?)


ふと脳裏に、葉名を支えてくれた二人が今の姿になって微笑んでいる姿が浮かんだ。


(会いたい)


そんな想いを抱いた瞬間、葉緩のもとへ一匹の白蛇が近づいて煙幕を出して現れた。


白夜は金色の瞳で沙知を見下ろし、毛先の朱い髪を指先でいじくりながら葉緩に振り返る。


「代償が跳ね返ったときに、この女が校長にかけてた術も解けたぞ」


「ちょ、ちょっと暗示をかけただけよ! ……生徒の安全を確保するようにって」


ぶすっとふくれっ面になり、目をそらす沙知。


この緊急で開催された全校集会は沙知が校長に暗示をかけて実行されたようだ。


校長を使い、集団行動を逆手にとる。もっとも手間のかからない方法であった。


「で? どうするつもりだ? 教室、めちゃくちゃだぞ」


腕を組み、白夜がニヤリと口角をあげる。


「――っ……!」


内側を見透かすような意地悪いまなざしに、葉緩は焼ける喉をそのままに床を蹴り飛ばした。


忍び装束を手荒に脱いで、中途半端にシャツとスカートを着用して廊下を駆けた。


ざわざわする集団の合間を抜けて、並んで歩く大好きな二人の前に滑り込んだ。


「……葉緩ちゃん?」


「ちょっ……葉緩? どうしたんだ、その恰好……」


「桐哉くん、姫」


喉が焼けて熱い。


だけどこの想いは一番に二人に伝えたいと、喉から手をはなしてスカートを握りしめた。


「私、好きな人が出来ました!」


とたんに涙腺が崩壊して、胸がぐちゃぐちゃになって痛い。


こんな泣きじゃくり方、目立つばかりで忍び失格だ。


「好きな人がいるけど! 二人より先に私の好きが実るのは嫌なんです! 私はずっと二人の幸せを願ってたのに、そうじゃない想いが実るなんてっ……そんなの違うって……!」


二人が結ばれることを願っていた。


自分が誰かを好きになって、結ばれることなんて想像もしていなかった。


突然降ってきた爆弾に、二人より先に形を成してしまうのは後ろめたさがあった。


願い続けてきた想いより、後から降ってきた想いを成就させるのは心から忠誠を誓った二人に申し訳ないという罪悪感、忍び失格という烙印に感情が飲まれた。


「……葉緩ちゃん」


ふわっとしたやさしい香りが鼻をくすぐって、綿のようにそっと手をとって包む柚姫がいる。


グズッと鼻を鳴らすと、慈愛に満ちた微笑みに胸に乗っかっていた鉛が退けられた。


「葉緩ちゃんに好きな人が出来たって聞けてうれしい」


「姫……?」


「葉緩ちゃんがいつもあたしの幸せを考えてくれてたこと、知ってたよ。だけどね、同じくらいあたしも葉緩ちゃんの幸せを願ってるんだよ」


泣きべそをかく葉緩につられて柚姫も涙を浮かべ、人目もはばからず思いきり葉緩を抱きしめた。


「よかったね。おめでとう。これからももっと、色んなこと教えてね」


「うっ……うううっ……! ありがとうございます!」


「……そっかぁ、葉緩も好きなやつが出来たかぁ」


ニヤニヤする姿は爽やかのかたまりの桐哉にしては勝気で状況を楽しんでいる。


「よかったな、葉緩。相手は……だいたい想像できるけど」


「桐哉くん……」


葉緩の手を引っ張ってくれたのは柚姫だが、絶対的に葉緩に支えをくれたのは桐哉だ。


どちらが欠けても葉名は生きれなかったし、今の葉緩もいない。


たとえ葉名の気持ちがなくとも、桐哉と柚姫は大好きでこれからも忠誠を誓いたい人だった。


あたたかい気持ちに涙をそのままに笑うと、柚姫がはなれていき目が合ってにこっと微笑み合う。


「やっぱりムカつく」


「ひゃわっ!?」


後ろからズシっと重みがのしかかり、足が折れそうになるが腰を持ち上げられて足が浮く。


長い髪が乱れて手足で空気をかきながら振り向くと、むすっと不機嫌満載の葵斗が葉緩を肩にかつぎあげた。


「おー……葵斗。そんな睨むなよ……」


「葉緩の一番は俺だから。……負けない」


そう言ってさっと桐哉の横を抜けて人にぶつかることなく風のように廊下を突き抜けた。


「ひゃーっ!? 葵斗くんのバカーッ! 目立ちすぎですぅーっ!」


「いまさら」


「ふぬぬぬぬっ! 調子にのらないでくださーいっ!」


ふりまわされるのは今も昔も変わらない。


少し強引度は増したような……と今は考えないようにした。というか考えられない。

忍び大失格、生徒たちの注目を浴びて学校から抜け出す。


教室の荒れ具合はなんだと騒ぎになるも、運よく大事にはならなかった。


後日、葵斗と葉緩の関係は誰も口出しはしないものの周知されていたがそれは葉緩のあずかり知らぬこと。

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