第49話「痴話げんかかよ……」
「私の番は里の外にいた。だけど里は全滅。生き残った千夜の子孫が今の望月家。……他に生き残りがいるかはわからないまま」
葉緩の脳裏に番だった依久、蒼依の番の穂高が思い浮かんだが、二人とも遠い昔に生きた人。
今は葉名ではなく葉緩として生きているため、葉緩が二人を思っても時は戻らないと悟っており、静かに息を吐いた。
「そうですか」
「……何か言うことないわけ?」
「狂ったのは事実ですし。ここで私が何か言って千夜さんは救われますか?」
里が滅びたあと、千夜は番と結ばれてどのように生きたのか。
望月家の成り立ちも、里が滅んだ理由を考えても、葉緩になにか出来るわけでもない。
番と結ばれ、正しき運命に従ってきた忍びの里。
歯車を壊したのは蒼依と葉名であり、命をすくわれた葉名は蒼依との子を産み、今の四ツ井家に繋がった。
二人の血筋であり、生まれ変わりとはなんとも複雑な縁だと考え込むも、それもまた変わらぬ事実と葉緩はパフェを平らげた。
大好きな抹茶パフェを堪能したことで葉緩はすまし顔で沙知に微笑みかける。
「ここにあなたがいるのは戒めでしょう。だから何も言いません」
「あんたまで葵斗と同じこと言うのね」
呆れた、と沙知は背もたれに身体を預けて腕を組んだ。
ずいぶん深刻な話題のはずだが、会話をするのは葉緩と沙知だけで、葵斗は我関せずの態度だった。
いくらなんでも不謹慎だと葉緩が葵斗の手を強く握ると、より一層葵斗が艶やかに微笑むので葉緩は撃ち抜かれていた。
(むぅぅ、なんだか悔しいです……)
「俺は葉緩が欲しかっただけだし。蒼依は死んでるし、葉名も里から出た。葉緩が番として結びついたなら何の問題もない」
「……葵斗くん、不真面目になりすぎでは?」
「葉緩がそう言ったんじゃん。肩の力抜けって」
「抜きすぎですっ!」
かつての葉名の言質をとった葵斗に、葉緩は敗北する。
蒼依はとても真面目で、長子で常に緊張していた。
張りつめた様子の多かったので、葉名は蒼依を心配しながらも黙って隣に座るだけだった。
もっと楽に生きてほしい。
どうか次に生を受けたら羽根を伸ばして生きてほしいと願っていた。
……それがここまでゆるゆるな脱力系男子になると想像してなかった。
物は言いようだと、葵斗の調子の良さにげんなりした。
「で、連理の枝を折れたままなのにどうして葵斗は匂いに気づいたわけ? そもそもあなたたちは元々絡んでなかったはずよ」
「……分かりません」
「うーん、俺の嗅覚が優れすぎてるとか?」
「わ、私だって優秀な忍びです! 嗅覚だって優れてる方なのですよ!!」
ポカっと葵斗の頭を叩くも、葵斗は笑って誤魔化すばかり。
キリがない葵斗の惚気に沙知は頭が痛いと額を抱えて首を横に振る。
「なんで私は痴話げんかを見なきゃいけないの? アホくさ」
「痴話げんか……」
「これを機に真面目に考えたら? あなたたち、あり方が歪だから」
結局、葉緩は葵斗から番としての匂いを嗅ぎ取れないままだ。
手は繋がっても、折れた枝はそのままなので誰かと絡むはずもない。
かつては匂いを感じていなかったのに、今は葵斗だけが嗅ぎ取っている。
葵斗の枝はどうなっているのだろうと考えても、里はすでにないため答えにたどり着くことは出来なかった。
食べきったパフェの器からスプーンを手にとり、誤魔化すように口に含む。
(甘苦い……。苦いはずなのにもう葵斗くんの手を離すことが一番怖い)
苦い環境下でも甘さには勝てなかったのだから。
***
夜の帰り道、沙知と別れたあと葉緩は葵斗に手を引かれて家までの道を歩いていた。
角を曲がれば家につくと葉緩は立ち止まり、葵斗と繋いでいた手を離してへらっと笑う。
桐哉と柚姫が結ばれることしか考えてこなかった葉緩には、急に訪れた自分事の恋愛に不慣れで器用に笑うことが難しい。
「葵斗くん、ここまででいいです。送ってくれてありがとうございます」
「いつか葉緩のお家にお邪魔させてね」
葵斗の大胆な発言に葉緩はボッと顔を赤く染めた。
(匂いがわからないとはいえ、葵斗くんは私の番。ということは当然ああなってこうなってなわけですが)
この時代での忍びは番という概念を持っているのか。
四ツ井家はそうだという認識だったため、他の忍びと結ばれることは考えてもみなかった。
じりじりと詰め寄ってくる葵斗に葉緩は両手を前に突き出して葵斗の胸を押す。
「いっ……今しばらくお待ちを!」
「なるべく早いと嬉しい。約束は有言実行しないと」
「ひゃわいっ!?」
いつのまにか壁に追いやられ、逃げ場所がなくなってしまった。
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