第41話「関係なかった。――そのはずだった」
***
番の木が立つ草原に人が立っており、白い光を浴びる姿に心惹かれていく。
目が合うとお互いに駆けだして両手を握りしめた。
「葉名!」
「蒼依くん!」
青い炎に心を焦がされる。
包み込まれるぬくもりに葉名は泣きたくなるほどに胸が締め付けられた。
「会いたかった、葉名」
「私も……会いたかったです」
求め続けた蒼依の背に手をまわし、頬を擦り寄せた。
この腕の中が葉名の心休まる場所、怖いものなんてなくなるほどにやさしい。
番として結ばれなかったと悟り、蒼依と肌を重ねて決意した。
掟に逆らったとしても蒼依のそばにいると。
誇れる自分になろうと一歩前に進んだ瞬間、恐怖よりもドキドキが上回った。
浮足立つ蒼依と葉名を黙って眺める依久が着物の袖を寄せて腕を組む。
こんなにも至近距離で見られていたと葉名は頬を赤くしてそっと蒼依の胸を押す。
「あのっ……ありがと……「後はどうぞご自由に。オレは番でいるより傍観者の方が楽しいんだ」
ニヤニヤして雪を踏み後ずさっていく。
依久が背を向けて去ろうとすると、蒼依が葉名の肩を抱き寄せて依久を引き留める。
振り返ろうとしない背中に蒼依は深々と頭を下げる。
「恩に着る。……家を頼んだ」
「さっさと行ってしまえ。ほんとムカつくから」
あしらうように手をひらひらさせ、依久は未練のない様子でさっさと雪原を降りていく。
蒼依が顔を上げると、白い息を吐いて目尻を赤くしながらその背を見送る。
寒さに身体が冷え、指先がしもやけになっていると気づいた葉名が両手で蒼依の手を包んだ。
「私といっしょに里を出てくれますか?」
葉名の精いっぱいのわがままに蒼依はくしゃっと笑う。
「いっしょに、どこまでも」
葉名の手を引いて番の木から離れようと歩き出した。
白銀の枝を見上げると、あいかわらず依久の枝に絡みついている。
年下の枝はまだ絡み切っておらず、番の枝には伸びずに空に向いていた。
「里を抜けたらもう忍びではなくなる」
番の木以外に灯りのない空間で手を繋ぎ、里を抜けるための逃げ道へ向かう。
繋がった手に力がこもり、蒼依が異様に緊張していると気づいて葉名は親指でトントンと蒼依の手を叩いた。
蒼依が知る抜け道へ進もうとしているが、決意は固まっていたとしても掟破りはズシっと肩にのしかかっていた。
「今度こそ夫婦となろう」
「はい」
今までで一番やさしい気持ちになり、蒼依との未来に期待する。
素直になったことで葉名は最も幸せを感じていた。
(あたたかい手。私はずっと蒼依くんに幸せになってほしかった。だけど同時に私も幸せになりたかった。幸せになるのが怖かったんだ)
こうも晴れやかな心持ちに光を見た。
悲観的だった葉名が前を向き、幸せを見つめる勇気を持っていた。
この先、暗いように考えたくない。
悲しい気持ちよりも、胸があたたまる感覚を大事にしようと雪月夜に頬を赤くした。
(あなたとの未来はきっと素敵ね。連理の枝が結んだ運命なんて)
――関係なかった。
その甘い考えは悲観的な気持ちが許してくれない。
風を切る音が耳をかすめた。
振り帰る前に蒼依が葉名を抱きしめ、雪の上に倒れ込む。
音がやんだと思ったら、次に鼻をかすめたのは鉄の匂いだった。
「……蒼依くん?」
葉名に覆いかぶさるように身体をぐったりとさせ、もたれかかる蒼依。
葉名は身体を起こし、蒼依の身体をゆさぶるとねっとりとした液体が手に付着した。
(鼻をつんざく匂い。これは……血?)
目まいがする。何も考えられない。
「あ……ぁあああ……」
止血しようと蒼依の背に手をまわすも震えるばかりで、血がどんどん雪を染めていく。
「――なんで?」
雪を踏む音が葉名と蒼依の後ろで止まる。
顔を上げると忍びの装束をまとう穂高がいた。
口元を覆っていた黒い布を指でおろし、動揺が濃く現れた声が静かな雪原に溶ける。
「なんで蒼依様が血を流して倒れてるの? わたくしが狙ったのは……」
ガクッと膝をつき、穂高は弓を射った手を見下ろして握りしめる。
穂高を責める余裕もなく、血を止めようと追い込まれていると遠のきそうな状態の蒼依が葉名の手を掴んだ。
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