第40話「あなたの妻にはなれません」
***
日が暮れ、夜の闇が森を包む。
葉名と蒼依は指を絡ませて手をつなぎ歩いていた。
その道中で里の者がざわついていると知り、葉名たちが人前に姿をあらわした瞬間、荒げた声で指をさす。
連理の枝に背いた者として里の者たちが二人を探していた。
「いたぞー! こっちだ!!」
とんでもないことをしてしまったと罪の重さに青ざめていると、蒼依が葉名の手を引いて走り出す。
「逃げるぞ、葉名」
「あっ……!」
走ろうと踏み出すも、葉名の膝がカクンと折れてしまう。
思うように走ることが出来ず、背筋から冷たい汗を流した。
蒼依が葉名の身体を持ち上げて、一心不乱に走り出す。
蒼依に期待を向けていた人々が牙をむいて追いかけてくる。
葉名を憎悪するように松明をもって走っていた。
蒼依の着物を掴んですがるしかない葉名は情けなさと無力さに嘆くしか出来ない。
(蒼依くんに守られてばかり。それでもしがみつくしか出来ない)
――それでもこの欲を捨てられない。
「くそっ、しつこいな」
「蒼依くん……」
里の入り口にある番の木がたつ草原。
走っても振り払うことの出来ない現状に不安と焦りが追い込んでくる。
うすらと雪が積もっているものだから足場が悪くて思うように前に進めない。
「絶対に離すものか! やっと葉名が振り向いてくれたんだ! うっ!?」
「蒼依くん!?」
蒼依の身体がぐらつき、葉名を支えきれずに雪の上に倒れていく。
積雪にぼたぼたと赤が落ちて、ぬるく溶けた溜まりの中に埋もれた蒼依の前に葉名はしゃがみこむ。
「今だ、抑えろ!」
「あっ……!」
(蒼依くんっ!)
容赦なく里の者たちが葉名と蒼依を引き離そうとする。
血を流しながら蒼依が里の者を押して抵抗するも、複数人に抑えられてしまい逃れられない。
出血がより一層蒼依から力を奪っていき、青ざめていった。
「いやだ、離せ! 葉名! 葉名――ぅぐっ!?」
掟破りの者にたとえ里長の息子とあれど容赦はない。
後頭部を殴られ、蒼依は葉名が手を伸ばしたまま血に溶けた荒い雪に意識を飛ばした。
「蒼依くん!」
泣いて暴れるしか出来ない葉名に依久が駆け寄って肩をつかむ。
「落ち着け、葉名」
「あっ……いやあぁああ!」
ぐらぐら揺れて、雪さえもかすみがかって見える。
取り押さえられ、わけもわからずに前へ前へと手を伸ばす。
憎らしいほどに淡く光る番の木の白さを呪ってやった。
***
何日が経過したかわからないほど、頭はくらくらしたままで身体は鉛のように重い。
里の隅にひっそりと存在する地下牢に入れられ、洞窟の出入り口から差し込む光を眺める。
柵の向こう側には見張りが立っており、葉名の言葉に耳を傾けようともしない。
地上の様子をまったく知ることが出来ず、だんだんと世界が色あせていった。
(蒼依くん、大丈夫かな。怪我、治ってるといいな)
柵に背を預け、膝を抱えて一心に祈るのは蒼依の無事ばかり。
何も出来ない状態に胃がむかむかとした。
深呼吸をし、気持ちを落ち着かせようとすると背後からドンドンバタバタと慌ただしい音が鳴る。
振り返ると錆びた音とともに柵を越えて依久が顔を出した。
「暗いなぁ。さすがは地下牢だな」
「依久くん……!」
「どーも。迎えに来たよ」
見張りをしていた者が縄に縛られ隅に避けられている。
手際よく相手を気絶させて澄ました顔をするのはさすが里長の息子だ。
優秀だが日の目をみない葉名の番、依久の行動が読めずに葉名は生唾を飲み込んだ。
「迎えって、私は」
「まぁ~、こればかりは仕方ないよなぁ。蒼依のこと、好きで両想いだもんなぁ」
チクリと刺すような言葉を受けても、葉名は汗を握って胸をはり依久を見据える。
「ごめんなさい。私、あなたの妻にはなれません」
たとえ番だとしても、葉名の心は決まっていた。
愛したいのも結ばれたいのも蒼依だけだと覚悟を決めて身を捧げた。
依久に真摯に向き合うことが葉名に出来る誠実さであり、償いであった。
葉名にとっては張り詰めた状況だが、依久は目を丸くたあとすぐに吹き出すように笑い出す。
腹を抱えながら目尻にあふれた涙を指で救い、目を細めて葉名を見つめた。
「別にいいよ。想い合う二人を引き裂くほどオレも残酷じゃないから」
さらっとした口調でにんまりと葉名に微笑む。
「なんとか外に出せそうだからさっさと里から出ていってくれない?」
依久にとって酷な話のはずなのに、淡々としゃべって葉名の腕を引く。
「ほら、行くよ」
「ちょっと、依久くん!?」
何がなんだかわからず、葉名はもたもたと依久についていく。
洞窟を抜けると少し肌寒い乾いた風が肌をチリチリ刺した。
蒼依に会えると思うと徐々に期待が高まってドキドキした。
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