第37話「私の番、枝の行方」
「これは貧乏くじを引いたのか。いや……でも面白いかもしれない」
蒼依の弟、依久は一つ下の15の歳。
蒼依と同じ黒髪だが、瞳は灰色で冷淡な顔立ちをしている。
ほとんど葉名と会話をしたこともなく、蒼依とも仲の良い印象はなかった。
里長の長子として皆から愛される蒼依に対し、依久は影になりがちで目立たない人だった。
「ほら、さっそく面白いことになりそうだ」
ニヤッと笑い、依久が指さした方には蒼依が立っている。
青ざめた顔色をして、拳を震わせて葉名に眼差しを向ける。
いつも強くたくましい蒼依が目尻を赤くして眉を下げていた。
「なんで……」
「蒼依く……」
「まぁ、やっぱり! わたくしの枝は蒼依様と絡み合ってますわ!」
雪道を軽快な足取りでのぼり、蒼依の腕に抱きついてうっとりと蒼依を見上げる穂高。
艶やかに口を笑ませる姿に葉名の胸に鉛がのっかかる。
「これでわたくしと蒼依様は夫婦ですね。 正式に嫁ぐ日が楽しみですわ」
「穂高、俺は……」
「兄上。無事に連理の枝が実りましたこと、お喜び申し上げます」
二人の会話を眺めていた依久が葉名の腕を掴むと強引に蒼依の前へ立たせる。
今は蒼依の顔を直視できないと背を向けようとするも、依久の手は力強く抵抗が出来ない。
葉名の憂いを気にも留めず、依久は慣れた様子でにっこりと微笑んでいた。
「オレも先の予定ですが、番がわかりましたので安心しております」
肩に手を乗せられ、蒼依に見られたと自覚したとたん、ゾッと血の気が引いた。
「よくご存知だとは思いますが、我が番となるのは葉名です」
「葉名……」
弱くか細い声に、胸が締め付けられる。
(顔を見ることが出来ない。あの色を見たら私は……)
海のように音を鳴らしながら泣き続けるだろう。
悲痛に打ちひしがれるしか出来ない弱気な女でしかなかった。
「私はこれで失礼します。 ……どうか、お幸せに」
「葉名っ!」
「おっと、兄上には素晴らしい番がいるではありませんか。優秀な兄上は幸せものですね」
チクリと刺さる依久の毒針に蒼依は表情をしかめる。
「オレは不遇と泣きはしませんよ」
依久の言葉に蒼依は口を開いて、何も言えずにまた閉じた。
苦悶に目を細めて依久の動向をうかがう。
「番がいるということは幸福です。番の香り、たしかに葉名から感じましたので」
挑発的な言葉に蒼依はカッとなり、唇を噛みしめる。
葉名もまたいたたまれずに首を横に振るばかり。
「それは、満たされるものか?」
「えぇ、とても。番にしかわからぬ甘い匂いとはこの匂いのことなのですね」
その問いに依久はにやりとあくどく笑む。
チラリと穂高に目をやると、葉名の首元で鼻をスンと鳴らして冷めた眼差しを蒼依に向けた。
「匂い……あぁ.これが番の匂いにあたるのでしょうか? たしかにこれは好ましいですね」
穂高が蒼依に顔を近づけて、番の木の下に充満する一つの香りに頬を染める。
同じ香りかも知らぬ葉名は、蒼依から特別な香りを嗅ぎ取れない。
その事実に蒼依はショックを隠せない様子でうなずいた。
「たしかに、この匂いは君から感じるよ」
もう限界だ。
あまりに辛く苦しい現実だ。
まぼろしはあくまで夢心地に揺らされていたようなもの。
葉名が蒼依と結ばれるなんて願いは塵となるしかなかった。
わかっていて、それでも好きになった気持ちは誇らしいもののはずなのに……。
やっぱり「どうせ」が勝ってしまう情けなさに叫びたくなった。
「来年、正式に葉名と夫婦になります。先に兄上が婚姻を結ぶ姿、楽しみにしております」
蒼依の繊細な心を吐くように依里は言葉で詰め寄っていく。
肩をつかんでいた依久の手から力が抜けると、葉名はわき目もふらず背を向けて走り出す。
蒼依に手を伸ばす勇気さえない。
こんな時でさえ弱虫で暗い考えの自分に恥ずかしくなって、涙があふれ出すのもぬぐえない。
――この手は、花びら一つつかめない。
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