第36話「花よ、舞え。散る前に」
「じゃあ俺、何にも見えてないわけだ。木の前で独り言を呟いてて、好き勝手してる奴」
「何を……」
「だからこれは木に祈ってるだけ」
「んんっ……!?」
何が起きているか理解が出来ない。
木に隠れた葉名を覆うように唇を寄せてくる。
懇願するように何度も何度も唇を追ってくるので、葉名は息を荒くし布を握りしめた。
(なんで……やだ。抵抗できるわけない。私だって、私だって……)
女の子、と言葉はかきけした。
唇が離れると、葉名はあふれた涙を拭うことも出来ずに蒼依を見る。
肩が激しく上下すして、力の抜けた身体は幹にもたれかかっていた。
「連理の枝よ、どうか俺の願いを聞いてください」
熱い吐息混じりの声に葉名の身体が震える。
耳元でささやかれる言葉に葉名は布を持ち上げて身体を隠そうとした。
「俺は葉名が好きです。だからどうか、葉名の枝と結びつきますように」
「……そうなればいいな」
――これは葉名の言葉ではない。
葉名は今、身を隠しているのだから。
独り言を呟いている蒼依が聞いている幻聴に過ぎない。
ここに葉名はいない。番の木に身をひそめた欲張りなまぼろしだ。
甘ったるく微笑む蒼依に、胸をくすぐられているわけではない。
月明かりに惑わされた幻覚に、酒の匂いに当てられた酔った女がすがりつく。
「守れるだけの力がなくてごめん。だけど必ず、葉名を守れる男になるから」
「……ほんと、ずるい人」
再び重なる唇に、葉名は焦がれるように目を閉じた。
(私を蔑まず、真っ直ぐに見てくれた人。その生き方に強く憧れた)
――身の程を知らず、私はあなたと結びつくことを願ってしまった。
でも誰よりもずるかったのは私。
私にもう少し勇気があれば……。
《あなたと結ばれる未来があったかもしれないのに》
***
番の木が立つ草原を走り、じゃれあうように蒼依と笑いあう日々がいとおしかった。
まぼろしの世界に浸り、蒼依と過ごす時間に酔いしれていた。
「蒼依くん、見てくださいな! 私、新しい忍術が出来るようになったのですよ!」
「どんなの? 見せてよ」
誇らしげに笑う葉名に、蒼依は穏やかに微笑みかける。
葉名は深呼吸をし、指を交差させた構えをとった。
「視界封じ! 花よ、舞えっ!!」
風を呼び起こし、中心から花びらがあふれ出す。
ひらひらと乱れ舞う花びらは視界を幻想へと連れていく。
花びらが草の上に落ちると、蒼依は一枚つかみ取り口元に寄せた。
「キレイだな。 自分で考えたのか?」
「うん。蒼依くんをイメージして……」
「俺を?」
舞った花びらは青色だった。
目を丸くして花びらを見下ろす蒼依に葉名は嬉しくなって口角が上がっていく。
「私にとって蒼依くんは本当にキレイな人ですから」
葉名にとって蒼依は光り輝く人だった。
そんな蒼依を表現出来たらと思い、葉名は試行錯誤して独自の忍術を身に着けた。
「本当は美しい海を表現したかったのですが、私は海を見たことがございませんので」
「葉名っ!」
「きゃっ!?」
突如蒼依が葉名を抱きあげて、くるくる回って花びらを風に舞わせる。
まるで葉名の気持ちがそのまま花びらになったかのようで、恥ずかしさに頬を染める。
地面におろされると、蒼依が葉名の肩に顔を埋めてやさしく背中を撫でていた。
「好きだ、葉名。大好きだ。絶対……絶対に夫婦となろう」
「……」
葉名もまた、蒼依の背に手を回す。
蒼依の言葉に返事は出来なかったと、心に引っかかりを残してまつ毛をそっと伏せる。
(返事の出来ぬ私はずるい。枝が結び付けばきっと私も……)
素直になれるのかもしれない。
どんよりと雲がかかる心も蒼依と結ばれれば晴れるだろう。
悲観的な自分にサヨナラをしたいと期待に胸を膨らませ、蒼依に擦り寄った。
そんな風に夢をみたからなのか。
身の丈にあわぬ大願を抱いた天罰なのか。
――大樹の下、16の年となった1の月。
積雪を踏みながら見上げた番の木は葉名の枝に答えを見せていた。
「……枝が」
(そんな、伸びた先が彼だなんて……)
「へぇ、こんな結果になるとは意外だなぁ」
「依久(よりひさ)くん……」
枝が伸び、絡みついていたのは蒼依の弟、依久の枝だった。
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