第34話「これは隠れ身の術です!」

***


夜、忍びの里に月明かりがさす。

大樹の下、闇に浮かび上がる白い番の木。


忍びの里は夜が遅い。月が昇りきっても眠らぬ里だ。


夜目が効くため、暗がりに怖がることはない。


葉名は一人、番の木の下までおもむき、夜空に枝をのばす様を見上げた。


葉名の白い枝は誰にも絡んでいない。


光る幹に手を伸ばすと、じわりと胸が締め付けられて涙が浮かんでしまう。


十六の年になるとき、この枝は誰に伸びるのか。


そんなどうしようもない不安がいつまでもつきまとう。


皆がその結果を受け入れ、喜びに抱き合う幸せが満ちる日だ。


たいていは想い人と結びつく。

決定的な悲恋というものは表立って見えることはなかった。


(……ありえないこと)



葉名の想い人は蒼依だが、あまりに遠い存在。


十六の年に枝が示す結果ことが怖くてたまらない。


現実を直視する日は嫌でも訪れる。


葉名の忍ぶ恋に答えが出るくらいなら、いつまでもおぼこい娘でありたかった。


「葉名?」

「……蒼依くん?」


名を呼ばれ振り返ると、着流しに羽織を重ねた蒼依がいた。


夜目でも蒼依の瞳の色を判別できてしまい、欲深さに目を反らす。


暗闇に慣れた忍びの目を持つのは蒼依も同じことで、急いで駆けてくるや強引に葉名の肩を引き寄せる。


「泣いてるのか!? また殴られたりしたのか!?」

「な、泣いてません!」


慌てて着物の袖で涙を拭い、葉名は木の裏に駆けていく。


たどたどしい手つきで姿隠しの布を取り出し、身体を幹に隠した。


あまりに不器用な姿に蒼依は苦笑いをする。


「それ、隠れてるつもり?」

「これは隠れ身の術の練習です! こう見えて私はくノ一ですから!」


返事をしている時点で隠れる気がない、と蒼依は思う。


だがそれよりも焦る葉名へのイタズラ心に火がついた。


「ふーん、隠れてるんだ。そっかぁ」


普段は真面目で品行方正な蒼依だが、必死になって隠そうとする葉名には意地悪いときもある。


クスクスと笑って幹に手をつき、葉名の両側を遮った。


「じゃあ俺、何にも見えてないわけだ。木の前で独り言を呟いてて、好き勝手してる奴」

「何を……」

「だからこれは木に祈ってるだけ」

「んっ……!」


何が起きている?


木に隠れた葉名をさらに覆うように、寒さに冷えた唇が寄せられる。


何度も追ってくると、まるで懇願されている気にもなり、葉名は困惑に息を荒くした。


(なんで……やだ。抵抗できるわけない。私だって、私だって……)


――女の子、と言葉はかき消した。


唇が離れると、葉名はあふれた涙を拭うことも出来ずに蒼依を見つめる。


肩が激しく上下し、力の抜けた身体は幹にもたれかかっていた。


「連理の枝よ、どうか俺の願いを聞いてください」


熱い吐息混じりの声に葉名の身体が震える。


耳元でささやかれる言葉に、葉名は布を持ちあげて身体を隠そうとした。


「俺は葉名が好きです。だからどうか、葉名の枝と結びつきますように」

「……そうなればいいな」


――これは葉名の言葉ではない。


葉名は今、身を隠しているのだから。


独り言を呟いている蒼依が聞いている幻聴に過ぎない。


ここに葉名はいない。番の木に身をひそめた欲張りなまぼろしだ。


甘ったるく微笑む蒼依に、胸をくすぐられているわけではない。


月明かりに惑わされた幻覚に、酒の匂いに当てられた酔った女がすがりつく。


「守れるだけの力がなくてごめん。だけど必ず、葉名を守れる男になるから」

「……ほんと、ずるい人」


再び重なる唇に、葉名は焦がれるように目を閉じた。


(私を蔑まず、真っ直ぐに見てくれた人。その生き方に強く憧れた)


――身の程を知らず、私はあなたと結びつくことを願ってしまった。


でも誰よりもずるかったのは私。


私にもう少し勇気があれば――結ばれる未来があったかもしれないのに。


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