第31話「虐げられるくノ一」

***


白い大樹の下、小さな女の子が泣いていた。


土で汚れた着物に、髪を飾るリボンの崩れたぼさぼさ頭。

藤色の瞳から落ちる大粒の涙は、着物を濡らしてはすぐに乾いていった。


「うっ……うぅ」

「また泣いてるの? 里のものに虐められたか?」


顔をあげると、里長の長子・蒼依(あおい)が二ッと笑いながら女の子の頭を撫でまわす。


泣きじゃくっていた女の子の名は葉名(はな)。


忍者の里では身分が低く、肩身の狭い思いをしていた。


蒼依が葉名の顔を覗き込むと、葉名は涙を拭って唇を丸めて意地をはる。


「泣いてない、泣いてないもん」

「葉名は我慢強くてえらいな」


葉名の頭をポンポンと撫でた後、蒼依は空に広がる大樹を指す。


横に大きく広がり、絡み合った枝がいくつもある。


里ではこの大樹を“番の木(つがいのき)”と、そこで伸びる枝を”連理の枝”と呼んでいた。


「ほら見ろ、連理の枝だ。十六の歳に俺たちの枝は運命の相手と絡まるんだ」


里の者はそれぞれ自分の枝を持つ。


それが十六の年が満ちた一の月に番となる者の枝と絡み合い、やがて夫婦となるしきたりがあった。


番の木が存在するのはこの忍びの里のみであり、里以外の者と結ばれる場合は新しい枝が伸びる。


葉名の枝もそこにあり、身分差のある蒼依も同じ木に枝を生やしていた。


「これが俺の枝。それであっちが葉名の枝だ」


蒼依と葉名の枝は近く、伸びれば絡みそうな距離にあった。


浮かれてしまいそうになる距離だが、葉名の表情は一層暗くなる。


「私は全然忍術も扱えなくて、里のお役にも立ててないです。そんな私が誰かと枝が絡むはずないですよ」


身分の低さと、忍びとしての非力さゆえに葉名の自己肯定感は異常に低かった。


里の子どもたちには嫌がらせを受け、くわえて葉名の家族は不出来の血と扱われていた。


忍びとしての地位もないに等しく、うつむくばかりの日々だった。


そんな葉名をいつも元気づけてくれるのが蒼依だ。


葉名の頬を包み、無理やり上向きにさせて蒼依は太陽のように眩しく笑んだ。


「大丈夫、ちゃんと枝は判断してくださる。そうして忍びの里は長い歴史を繋いできたんだ」


深い青色に飲み込まれそうだ。


口伝にしか聞いたことはないが、海の色はきっとこのような色をしているだろう。


海を照らす太陽はきっと幻想的な色をつくりだす。


蒼依の瞳は葉名の一番好きな色であり、混ざり合う色を夢見てしまうほどだった。


この瞳に見つめられるたびに葉名は自分が幸せ者だと慰められる気持ちになった。


葉名が頬を染めると蒼依は咳払いをし、葉名の頭頂部をわしゃわしゃと撫でた。


「俺にも葉名にも必ず運命の番がいるんだ。持ち主のわからぬ枝もたくさんあるが、見れば必ずわかる」


多くは里の者同士で絡み合うが、まれに外から人がやってくることもあった。


だがそういったものは肩身が狭く、忍びの在り方に慣れることも難しい。


それでも番として結びつき惹かれる気持ちは止められないものだった。


「葉名にも番はいるんだ。だから安心しろ」


葉名は元々里とはほとんど縁のない子どもだった。


父と母の三人、山でひっそりと暮らしていたが山賊に襲われ、家族を失ってしまう。


路頭に迷っていた葉名に声をかけ、忍びの里に連れてきたのが今の養父だ。


どうやら葉名は忍びの血を引いていたらしく、養父とも縁はあったそうだ。


とはいえ、初耳の葉名にとって忍びの里は未知の世界。


右も左もわからないなか、唯一番の木に葉名の枝があることにだけは気づけた。


他の枝と何ら変わりない見た目をしているのに、この枝が自分の枝だとすぐに確信する。

それから里で暮らすようになり、くノ一としての技術を教わった。


しかし葉名には難しいようで、いくら教わっても忍術をろくに扱うことが出来ない。


里の外からやってきたからだと、周りはくノ一として育てることをやめてしまう。


そうなれば葉名に求められるのは、忍びの子孫を残すことだけだった。


枝がある以上、葉名は忍びの子を産まなくてはならない。

忍びの血脈を繋ぐため、連理の枝がある葉名は確実に子孫を遺せる娘だった。


相手が誰であれ務めは変わらないと思っていたが、蒼依を前にするとその気持ちはぐらついてしまう。


養父からは暴力をふるわれ、里ではくノ一の恥とされる。

いじめられる葉名にとって、ただ一人やさしく映るのが蒼依だった。



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