第33話「16の年、1の月」

相手が誰であれ務めは変わらないと思っていたが、蒼依を前にするとその気持ちはぐらついてしまう。


親となった男からは暴力をふるわれ、里ではくノ一の恥とされいじめられる葉名にとって、唯一やさしいのが蒼依だった。


隣り合うような近さに枝があることから、蒼依と結ばれればどれほど良いかと憧れるも、気持ちは奥に引っ込める。


そんな贅沢な願いはダメだと、蒼依に高鳴る気持ちを抑え込んで笑って誤魔化した。


「俺と葉名、同じ木に枝がある。もしかしたらそういうこともありえるかもしれん」


葉名の気持ちには無頓着で、さらっと期待してしまうようなことを言う。


やさしい蒼依に心惹かれても、不相応であると思うたびに蒼依を直視できなくなった。


「葉名はいったいどんな匂いなのだろうな」


葉名の黒髪を一房手に取り、匂いを嗅ぐ。


気恥ずかしくなり、葉名は赤くなった顔を手で覆い隠し、膝を曲げて小さく丸まった。


「きっとわかんないよ。蒼依くんとそうなるって、おこがましいから」


胸が痛むときは笑い方がわからなくなる。


少しでも忍びとして立派に活躍したいと願うのに、あまりに無力で笑えなくなった。


役立たずだと言われてしまえばどう頑張ればいいのか迷ってしまう。


葉名を必要としてくれる場所で期待にこたえたかった。


今はあるべき番と結ばれて、子孫を残すことしか葉名が出来ることはなかった。


その相手は里一番の有望株、蒼依であるはずがないと気持ちを見て見ぬふりをした。


「葉名、俺は……」


「葉名。帰りが遅いと思えば何を道草しておる」


二人の会話に割り込んできたのはくたびれた着物姿の男・滋彦(しげひこ)だ。


昼間だというのに顔が赤く、酒の匂いがする。


滋彦は葉名の育ての親であり、お酒に酔っているときは特にろくでもない。


蒼依を巻き込んではいけないと、パッと蒼依の肩を押しておどおどと立ち上がった。


「ご、ごめんなさい……」


怯えて震える葉名に気付いた蒼依は眉根をよせて葉名の前に立つ。


悪酔いする滋彦に臆せず、堂々とした様子で前を見据えていた。


「滋彦殿、俺が葉奈を引き止めたのだ。責めるなら俺も一緒にお願い出来ないか?」


一歩も引かない蒼依に滋彦はヘラヘラしながら軽いしゃっくりをする。


舐めとるようなねちっこい目をして蒼依の全身を一瞥すると、ゴマすりの顔に変えてあとずさった。


「そんな、望月の坊ちゃんを責めるなんて出来やせんよ。うちの葉名が世話になったようで」


「葉名とは年も同じ。ただ仲良くしているだけで世話なんて思ってませんよ」


「それはありがたいことで。……さぁ、帰るぞ。葉名」


滋彦の内側は怒りで泥まみれだ。


葉名はゴォゴォと激しく燃える業火に逆らうことが出来ない。


自分の気持ちを考えれば苦しいだけだと、気弱さを隠すことも出来ずにニコッと蒼依に微笑んだ。


「またね、蒼依くん」


滋彦を追い、おぼつかない足取りで丘をくだる。


後ろ髪を引かれる気持ちに少し振り向いてみれば、蒼依の揺るがぬ視線と絡み合う。


じゅっと焦げた胸に手をあてて、葉名は目を閉じ足を速くした。


***


年月が経ち、葉名と蒼依が15の歳になった時のこと。


銀世界に根をはる番の木が月明かりをあびて枝を伸ばしていく。


伸びた枝は翌日にはそれぞれが絡み合っていた。


里の者たちが枝の行方を見に集まり、どのような結びつきをしたかと歓声があがる。


「やっぱり! あなたと枝が結びついてるわ!」


「一年前から君の枝に伸びていたけど、ようやく実って嬉しいよ」


里に住む番に結びついた男女が抱きしめあい、その幸せそうな姿を眺めてから自分の枝を見る。


誰とも結び付かない枝をみて、安堵の息を吐いていた。


枝が番と結びつくのは16の数がすべて満ちる1の月。


16になった時点で番となる者が年下だった場合はその者の枝の根に絡みつく。


16にならずとも相手がわかるパターンとなるが、葉名の枝はまだ誰とも絡み合っていない。


(つまり私が誰かと結ばれるとするならば、同じ年齢か年下か)


蒼依の枝は変化しているだろうか、と自然と近くの枝に視線が移っていく。


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