第30話「これはでろでろの甘々というやつではないですか?」

荒れた教室で鼻高々にほくそ笑む葉緩に沙知は目を見開く。


グッと奥歯を噛みしめたあと、怒りに身をまかせて強く腕をなぎ払った。

「ふざけないで! イチャイチャとか馬鹿にしてるの!?」


「ふざけてません! 私の信念は大切な人たちが結ばれて幸せになってもらうことです!」


譲れないことはバカにされても貫いてみせる。


葉緩にとって重きを置いているのが自分以外の幸せというだけの話。


今までは桐哉と柚姫を特別視していたが、そこに誰かが増えても葉緩の目指す道は変わらない。


「葵斗くんのこともそうです! 葵斗くんの幸せが私にあるというなら、ちゃんと考えたいのです!」


逆を言えば相手の幸せと自分の幸せの正しい比率がわからない。


自己犠牲の精神が優勢であった。


ようやくそのことを自覚し、なぜこうも自分の幸せに無頓着なのか。


そこだけが腑に落ちず、曇った気持ちを抱いて沙知から目を反らす。


「それで大切な人が幸せになってくれれば、私はそれで満足なのです」


「葉緩、一つ訂正して」


葉緩の言葉を受けて葵斗がすべてを飲み込む海の瞳で葉緩をとらえる。


ビクッと肩が跳ね、じわりと汗がにじんで喉が渇いた。


「葉緩が好きな人と結ばれて幸せになること。大切な人と一緒にいて幸せになること。これ、外しちゃダメだよ」


真っすぐな深い青に魅入られていく。


桐哉と柚姫、家族の幸せを願ってきたが、葉緩の幸せを直接口にしてもらえたことはない。


いつだって忍びとしてあるべき姿、主と姫が子々孫々歓びに包まれてくれればよかった。


それが幸せであり、それ以外に幸せを求めたこともなかった。


葵斗は葉緩の幸せに選択肢を増やしてくれる。


一本しかなかった道に新しい道が築かれた。


「葉緩が幸せにならないと、葉緩を大切に想う人は寂しい思いをするんだから」


「……ホント、ずるい人です」


これでは目をそらすことさえ出来ないと葉緩はぶすっと口をとがらせる


さすがの葉緩でも気づかずにはいられない、すでに葉緩は葵斗の広げた沼にはまっていると。


溺れそうになるほどの愛に葉緩はもう逃げたいなんて思わない。


(少し、欲をもってもいいでしょうか? 女の子としての幸せを知りたいなんて)


その想いに返せるものがあるのなら、見つめ返したい。


妙につっかえるものがあり、それが原因で自分の気持ちを直視できなかった。


番だなんだと、匂いがわからないのももうどうでもいい。


結局、葵斗に嫌悪感を感じていない時点ですでに掌握されていたようなものなのだから。


いつまでたってもスッキリしない感覚は力技で投げてしまおう。


自分事は苦手だとしても、誰かの存在ありきならば強くいられるのが葉緩の長所なのだから。


「沙知さんが私の幸せを邪魔するなら戦います! 大切な人の想いを阻止するなど邪道!」


「葉緩……」


ふわっと目を細めて笑う葵斗を見て、今までになかったきゅんとした胸の高鳴りに気づく。


自分の気持ちを認めたとたん、こうもわかりやすく音が鳴るとは羞恥心をあおってくる。


(あぁ、くそぅ。これってでろでろの甘々というやつではないですか?)


これでは負けられないと、欲張りであきらめの悪い精神に大胆不敵に笑う。


「忍としての誇りをもって正々堂々と戦わせていただきます!」


これは自分と葵斗の道を進むための戦いだ。


机に飛び乗り、指を交差させて沙知に向かって前へ突き出す。


「忍法・【桜花爛漫(おうからんまん)】!」


ぶわっと桜の花びらが舞い、鮮やかに視界を隠していく。


沙知が大きく後退し、花びらを振り払おうと腕で顔の盾となる。


「くっ……! 視界を狂わせる忍術ね。こんなもの、私の忍術で」


手のひらを天井に向け、肺がいっぱいに膨らむほど息を吸い込むと、勢いよく手を下す。


突風が葉緩に向かってまっすぐに向かっていった。


「忍法・【塵旋風(じんせんぷう)】!!」


渦巻き状に回転した風が幻術の花びらをとらえ、一瞬にして視界をクリアにする。


同じタイミングで葉緩は口角をあげ、勝ち誇った意地の悪い笑みを浮かべて沙知をとらえた。


「かかったり」


風をまとうは葉緩の十八番(おはこ)。


花も風も、乗っ取って葉緩は自分の力に変えていく。

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