第31話「こう見えて優秀なので」


「【花嵐(はなあらし)】!」


「うっ……キャアアアアアアッ!!」


凝縮された花びらの塊が弾丸のように沙知にぶつかる。


風の勢いと花びらをあわせて強烈な一撃を食らわせる葉緩のお得意技だ。


直撃した沙知は壁にたたきつけられ、ダメージに身体を震わせる。


あまりの衝撃にろくに動くことが出来なくなり、がっくりとうなだれて弱体化していた。


決定的な勝利に葉緩は腰に両手をあて、鼻を鳴らす。


「こう見えて私、優秀なので!」


四ツ井家の忍びは伊達じゃない。


葵斗には通用しないので、久々に己は優秀な忍びと実感してふんぞり返っていた。


それを見て葵斗が頬を染め、極上の甘さをもって葉緩に手を伸ばす。


「葉緩カッコいい、もっと好きになった」


「あわわわわっ! 葵斗くん、離してください!」


「やーだ」


まるで愛らしき動物を愛でるように抱きしめてくる。


胸に顔が押しついてしまい、息苦しくなって慌てて手足をばたつかせる。


だが力では勝てず、普段は脱力しがちな葵斗がしっかりと鍛えた男性だと実感させられる。


この腕からは逃れられないと、少しだけ早くなった鼓動がくすぐったくて、葵斗の背に手を回した。


(ほんと、自由な方です)


ドキドキする胸の高鳴りはもう見て見ぬ振りができない。


自分の幸せを考えるとはなんと歯がゆくて難しいのかとため息をつく。


うじうじしてはいられないと葉緩は葵斗の胸を押し、切り替えて倒れた沙知に歩み寄った。


(結構、強めにやってしまいました……。大丈夫でしょうか?)


直接誰かと対決するのははじめてのため、力加減がわからなかった。


さすがにやりすぎたと心配になり、沙知に手を伸ばす。


「忍法……【心象風景(しんしょうふうけい)】」


手が触れる直前、弱々しかったが低く唸るような声で沙知は葉緩に攻撃の意志を見せる。


鋭く斬りつける眼差しが葉緩の視線をとらえ、内側に侵食する黒いモヤが襲いかかった。


「禁術混合【誹刺諷誡(ひしふうかい)】!」


誹刺諷誡(ひしふうかい)、それは人を批判し間接的に戒めるということ。


心象風景(しんしょうふうけい)、心の中で思い浮かぶ風景をさす。


禁術とはあまりに危険なため、使用してはならないと忍びが封じた技だ。


沙知が放ったのは、忍術の組み合わせでより高度となった扱いの難しいものだ。


二つの技が混ざると、葉緩の精神領域に侵食して割れるような痛みが走る。


葉緩が意識的、無意識的に抑え込んでいたネガティブ感情が引き出され、あまりの衝撃に身体から力が抜けてしまう。


血の流れが早くなり、毛穴という毛穴から大量の汗がふきだした。


「葉緩っ!」


視界がかすんで、光が見えなくなる。


葵斗に身体を支えられるも、どんどん意識が技に飲み込まれていく。


「葉緩、葉緩……! 沙知、葉緩に何をした!?」


「別に、彼女の中に戒めるべきことがなければなんの問題もない術よ」


強気に沙知はニタリと笑うも、口から血を流している。


禁術は使用者にも反動のあり、沙知も例外ではなく血を吐き出してぜえぜえと息を切らした。


「眠りに落ちたってことはなんらかの罪の意識があるのね」


「罪の意識?」


「葵斗、その女は裏切りの子孫。あなたは正当な望月家の忍。本来の番と結ばれるべきよ。その女は相応しくない」


沙知の断定的な言い方に葵斗は口を開くも、言葉を詰まらせる。


「ねぇ、本当は匂いなんてわかってないんでしょ?」


「別に。匂いなんてどうでもいいんだ。葉緩ならなんだっていい」


「やめてよ! そんな里から出た者を」


「もし、裏切り者だから認めないのなら。……俺もふさわしくないよ」


「何言って……葵斗?」


何も考えられなくなり、潜在意識の中に取り込まれていくなかで葵斗の海が濁ったように見えた。


「俺もまた、抜忍だから」


「どういうこと?」


どこまでも深く沈んでいく。


青さを失った深海へと溺れて、身体の感覚を失ってクラゲのように漂うばかり。


まどろみの中、目を開くと口から泡が出た。


これが心象風景だとして、飲み込まれた状態では指先ひとつ動かせない。


何も匂いがなかったはずなのに、少しずつ波が打ち寄せるように潮の香りが近づいてきた。


そこに混じる甘酸っぱい柑橘類の匂いが妙に懐かしかった。


(これは何ですかね? 私は一体どうしたのでしょう)


苦しい。涙が止まらない。


この張り裂けそうなほどの悲痛さを……私は知っている。

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