第27話「嫌なら抵抗して」

「俺は葉緩が好きだよ。だから嫌なら俺の枝を折って」

「枝?」


何のことだろう?

以前も葵斗は“枝”と言っていたような気がする。


「ようやく葉緩に伸びた枝だけど、葉緩が嫌なら折ってほしい。そうすれば……諦められるのかもしれない」


「待ってください。私、何のことか……」

「葉緩は折ってるから。俺だけが葉緩に伸びてるんだろうけど。――だったら葉緩はどこに伸びてるの?」

「あ……」


責められる。葉緩を咎める目だ。

たじろいでも後ろにあるのは壁だけ。


「俺以外に伸びてるんだとしたら許せない。ようやく葉緩に伸びてくれたのに」

「まって……」

「嫌なら抵抗して」


――飲み込まれる。

青い海に、溺れていく。


それはもう自分の意志では止められないほどに深く、深く――。


苦しいのに、触れるぬくもりに震えて涙がこぼれた。


「んっ……ふぅ、ぁ……」


勝手に零れる涙のせいで、口の中がしょっぱかった。

なのにどこか甘くて、めまいがする。



(ずるい。何も思わなかったら受け入れたりしない。油断してたのは……葵斗くんに嫌悪感なかったから)


今でも匂いはわからない。だが触れる温もりは心惹かれた。


目が、耳が、肌が、すべてが甘さを求めている。


いざ触れれば苦みもあって、知らないことばかり。


(ムカつく。私、振り回されてばかりです。葵斗くんに好きだと言われるのが嬉しいなんて……)


唇が離れて、乱れた息を吐くとこちらを覗き込む青い瞳に魅了される。


「葉緩?」

「私はずっと桐哉くんと姫の幸せを願ってきました。だから自分のことを考えたことがなくて」


葵斗の二の腕を掴む。

いつの間にか身体を隠していたはずの壁布は落ちていた。


壁に追い込まれながら、支え欲しさに葵斗の背に手を回す。


押しつぶされてしまいそうな現状なのに、感じたことのない心地よさと恥ずかしさがあった。


「自分のことになるとよくわかりません。でも葵斗くんは嫌じゃないです」


これが今の葉緩が葵斗に向けられる精一杯の誠意だ。

これまで誰ともまともに向き合ったことがなかった。


主と姫のことしか考えてこなかったため、自分が誰かとどうなりたいか理想が見えてこない。


「匂いもわからないです。だから考える時間がほしいです」


あいまいな状態が一歩を踏み出させてくれない。

忍びとしてあるべきものが感じられなくては、進むべき道もわからない。


(誰かを好きになることは喜ばしいこと。ドキドキするし、ふわふわします)


自分事になると少しばかり自信がないだけ……。


それだけならすぐに直感で動けるはずなのに、葵斗に関しては戸惑いの方が大きかった。


(なのに何か……つっかえてる気がするのです)


好きになるだけでは解決しない。


拭えぬ違和感に頭が痛くなり、いやだいやだと胸が引っかかれる。


そんな葉緩の長い髪に葵斗が触れて、かきよせるように手を回した。


「うん、待ってる。葉緩が好きって言ってくれるの、待ってるから」


ぶわっと全身の毛穴が開いた感覚に、葉緩は汗を流して慌てふためきだす。


「まっ……うぁ……す、好きになると決まったわけではないです!」

「葉緩好き。大好きだ」

「ひゃっ! 葵斗くん!?」


心臓の音がうるさくて壊れてしまう。


――前向きに考えようとした瞬間、風は嵐となって葉緩たちに襲いかかる。


グラウンドの砂を撫でる程度だった風が突如、軌道を変えて葉緩たちのいる教室に飛んできた。


派手に窓が割れる音がし、葵斗が盾となりながら葉緩を抱きあげて大きく後ろに下がった。


これはまぎれもない敵意だ。


いくらなんでも無粋な攻撃に葉緩は意識を切り替え、制服の内側に隠す手裏剣を構える。


「学校で襲うとは忍びの行動と思えませんが!」


風に紛れてあちこちにまきびしが散らされている。


葉緩は悪態つくように舌打ちをすると、窓の外から現れた敵と対峙した。


「ふん、こざかしい子ね」


忍びの装束をした藍色の髪の女・佐和が現れる。

弓なりの目で葉緩を睨み、首を傾げて嫌悪をむき出しにしていた。


葵斗に近づくなと警告したにも関わらず、葉緩は葵斗と距離が近い。


佐和の正義に反する現状ににらみを利かせるも、葉緩は葉緩で忍びの美学に反する佐和に苛立ちをみせた。


「ガラス代、結構高いんですよ。どう誤魔化すつもりですか。昨夜といい、ずいぶんとしつこい方です」

「昨夜?」


喫茶店で別れた後の出来事を葵斗は知らない。


葉緩の一言に葵斗は佐和を一瞥し、ゾッとするほど禍々しい笑顔を浮かべていた。


「葉緩に何したの、佐和」


甘ったるさはどこへ行ったのやら。鋭く尖れた刀のような目線が佐和の首元を捕えている。


氷のような軽蔑に佐和はたじろくも、意地を張って一歩前に踏み出し、腰に手をあてた。



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