第25話「夕飯の時間なので失礼します!」
唇を指でなぞってみる。
(もっと葵斗くんに触れてほしいとさえ感じた……なんて。そんな風に想ってしまうことが……)
突き付けられた自分の心が見えてこない。
何一つ思い通りにならない。
ただ、桐哉と柚姫が幸せに結ばれてくれればいい。
それだけが葉緩の願いだったというのに……。
葵斗が現れてから葉緩の中で大きくなっていく欲に目をそらせない。
「……ムカつく」
「なに?」
葉緩から漏れ出た小さな呟きに沙知が首をかしげる。
すると葉緩は地面を思いきり踏みつけて、シャーシャー猫のように沙知を睨んだ。
「ムカつくと言ったのです。私を脅すのではなく、葵斗くんに言ってくださいよ」
「はっ?」
「振り回されてるのはこっちです! こっちは主様と姫のイチャイチャのために死力を尽くしているのにいっつも邪魔ばかり!」
それだけのために生きてきたというのに、ぐらついてばかりで自分に腹が立つ。
こんな状態でお役目全うだとは、なんというバカげた話なのだろう。
主への忠儀心に恥じた。
「抜忍とか細かい事情は知りません! 文句はご先祖さまに言ってください!」
これまで忍びとしてまっとうに生きていると誇っていた。
たとえ抜け忍と言われようとも、葉緩が信じてきた道が変わるわけではない。
(結局、忍びがどうだは関係なかったこと……)
風が吹き、葉緩の黒髪がさらさらとなびく。
藤色の瞳は忠実の証、恋に酔うべきときは自分で決める。
「私は、自分の相手は自分で見つけます。自分の番とか本っっっ当にどうでもいいです。番を運命の人とさすならば、それは主様と姫のための言葉。私は二人のための忍びであり、御守りする壁なのです」
「か、壁?」
「葵斗くんのことは忍とは関係ありません。なので、好きになったならばそれだけのこと」
たった一人を想うこと、それがもっとも尊いことである。
藤に宿る信念は常にだれかの幸せを願ってのもの。
そこに敵も味方も関係ない。
葉緩が優先したいのは、応援したい人の恋路を見守ることであった。
葵斗が葉緩を好きだと言うのならば、向き合うだけのこと。
好意を邪険にするのは葉緩の信念に反することだと、沙知に責められたことでようやく腹をくくった。
「私は私の思うがままに人を好きになりたいのです。だから葵斗くんを止めたいならば、本人に言ってください」
警告を受けてどうするかは葵斗が決めること。
葵斗を好きになるかどうかもまた、葉緩が決めることだ。
沙知のいいなりにはならない。
「それでは、夕飯が待っておりますゆえ失礼致しまする!」
「まっ……! 待ちなさい! 裏切り者!」
「私は忍びとして優秀なので待ちませーん!」
お得意の俊足で去っていく。
もう怯えていられないと、月に向かって葉緩は強くたくましく笑っていた。
――恋は動き出す。
さぁ、手折った枝はどこへ行く?
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