第24話「妙に腹が立ちますというか」


「手裏剣……。何者ですか?」

「四ツ井のくノ一、葉緩だな?」


人の歩かぬ住宅街、影に隠れていた敵がスッと姿をみせる。

目の前に現れたのは忍びの装束をした女だった。


葉緩は一般人よりも夜目が効くため、敵の外見を頭からつま先までしっかりととらえることが出来る


艶やかな藍の髪を高く一つに結った姿。


月明かりとわずかな外灯、他に誰もいない状況で四ツ井家以外の忍びと対峙した。


――四ツ井家以外の忍びと相対するのははじめてだ。


「そちらから名乗るのが礼儀ではありませんか?」

「ふっ、そうね。あたしは望月 佐和。葵斗の遠縁で、くノ一よ」


以前、体育館裏で矢を向けられたことを思い出す。


あれは佐和によるものだったかと、葉緩は舌打ちをして忌々しいと佐和にガンをつける。


「他家の忍が何の用ですか? この時代、忍びが争うことは不要です。守っていただかなくては」

「そうしたいところだけど、うちの葵斗があなたにお世話になっているようだから」


あぁ、やはりそういうことか。だから自分事にすると厄介になる。


「やはり、葵斗くんは忍びの家系だったんですね」


葵斗が明確に口にしたわけではなかったが、これで合点がいった。

葵斗は忍びであり、葉緩も同族だと知っての接近だった。


最初から舐め腐った態度だったと思うと、悔しさに胸が痛む。


忍びと確信があるから、葉緩を“番”だと言って振り回すことも出来た。


葉緩の大切な軸を刺激されたと、段々と殴りたい気持ちに駆られていく。


からかって楽しかった?


ちくしょうめ。葉緩の心を乱す奴を好きになってたまるか。


「単刀直入に言うわ。葵斗に近づかないでくれる?」

「それは私に言うことですか? 近づいてきたのはあちらです。何故、あなたがそんなことを」

「裏切り者の子孫。そんな人に近づかないでほしいの。葉緩さん」


裏切り者? なにを言っている?


葉緩は昔から代々続く四ツ井家の忍びであり、現代に合わせて身分を隠しているだけだ。


他の忍びと関わらないのは、忍び同士でも時に敵対することがあるがゆえの予防線。


理解できないと眉をひそめると、佐和は歯を食いしばって葉緩に毒を吐きだした。


「抜忍が忍びの家系を名乗るとは」

「……抜忍?」

「知らなかったの? 番のいる忍を誘惑し、抜け忍した。その子孫が今の四ツ井家よ」


抜忍、誤った指摘であればあまりに屈辱的なこと。


そう軽々と言えることではないだけに、佐和の確信めいた言いぐさに葉緩の背中に汗が伝った。


四ツ井家が抜け忍の末裔だなんて、宗芭は口にしなかった。


抜け忍とは、属していた忍者の集団を抜け出した者を指す。


その多くは裏切り者を意味するが、もし四ツ井家が元居た忍びの里を裏切り、抜けたのだとしたら大義に背いたことを意味する。


佐和が葉緩を敵視するのには正当性があった。


「またしても我が一族の者を惑わすか? 本来、葵斗の番(つがい)はお前ではない」


“また”だ。葵斗が葉緩を困らせてくる。

あまりに不愉快な頭痛に襲われ、滲む汗に苦悩する。


散々葵斗に”番”だと振り回された結果、番ではないと言われてもうわけがわからない。


葉緩には葵斗の匂いがわからないため、番だと納得に至ってもいないのに。


「私には番の証がわかりません。だから葵斗くんが番と言われてもピンと来ないのです」


答えるべきことではないと突っぱねると、佐和が身の毛もよだつ冷めた目つきで葉緩を見据えた。


「あなたさえ引いてくれればいいの。葵斗には本来の番と夫婦になってもらう」


――プチン、と葉緩の中で限界の糸が切れた。


こうもめちゃくちゃに責められれば葉緩も黙ってはいられない。


拳を握りしめ、文句でも言ってやろうと口を開くも喉の奥で言葉が詰まって余計に苛立ちが増す。


(なんなのですか! なんでこうも面倒なことに! ふざけないでくださいよ!)


悔しい、悔しい、悔しい。

葵斗も、佐和も、勝手なことばかり言って葉緩を困らせる。


身に覚えのないことばかりで、好き勝手言われれば怒りに吠えたくなるというもの。


(勝手なことばかり言って! 大体、振り回してくるのは葵斗くんの方です!)


勝手に抱きしめてきて、勝手にキスをしてくる。

乙女を冒涜ばかりする葵斗に怒りを覚えずにはいられない。


同意のないキスは痛いばかりだ。

桐哉と柚姫を応援する、優しくて甘い気持ちとはかけ離れている。


ちっとも甘くない、嫌悪感に満ちている……はずだった。


唇を指でなぞってみる。喚き散らしたいのに、唇の温度を思い出すのは嫌ではなかった。


(もっと葵斗くんに触れてほしいとさえ感じた……なんて。そんな風に想ってしまうことが……)


自分の心が見えてこない。何一つ思い通りにならない。

ただ、桐哉と柚姫が幸せに結ばれてくれればいい。


それだけが葉緩の願いだったのに……。

葵斗が現れてから葉緩の中で大きくなっていく欲に目をそらせない。


「……ムカつく」

葉緩から漏れ出た小さな呟きに佐和が首をかしげる。


「なに?」


葉緩は地面を思いきり踏みつけて、シャーシャー猫のように佐和を睨みつけた。


「ムカつくと言ったのです。私を脅すのではなく、葵斗くんに言ってくださいよ」

「はっ?」

「振り回されてるのはこっちです! こっちは主様と姫のイチャイチャのために死力を尽くしているのにいっっっつも邪魔ばかり!」


それが葉緩の幸せだと思っていた。


間違いなく幸せだ。二人の笑顔を見るたびに満たされるこの想い。


だが葉緩にはそれだけでなかったと判明しただけ。


一途なつもりで、誘惑があればぐらついてしまう。


こんな状態でお役目がまっとう出来るはずがないと、主への忠儀心に恥じた。


「抜忍とか細かい事情は知りません! 文句はご先祖さまに言ってください!」


たとえ抜け忍と言われようとも、葉緩が信じてきた道が変わるわけではない。


忍びとは葉緩の生き方そのもので、それを含めてこれからを選んでいく。


主と姫の幸せを願う――そんな葉緩を大切にしてくれる人がいるならば自分のことにも目を向けてみたい。


風が吹き、葉緩の黒髪がさらさらとなびいた。


藤色の瞳は忠実の証。恋に酔うべきときは自分で決めようではないか。


「自分の相手は自分で見つけます。自分の番とか、どうでもいいです。番を運命の人とさすならば、それは主様と姫のための言葉。私は二人のための忍びであり、御守りする壁なのです」


「か、壁?」


「葵斗くんのことは忍とは関係ありません。なので、好きになったならばそれだけのこと」


番の認識があろうとなかろうと、葉緩が葵斗を好きになればそれが正解だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る