第22話「抹茶のアイスクリームが溶けてしまいます」

夕方になり、チャイムが鳴り響く。


緊張から解放された生徒たちがざわつきだす教室で葉緩は大きく伸びをした。


「テスト終わりましたー!」


達成感に意気揚々としていると桐哉が歩み寄ってきたので、葉緩はサッと立ち上がる。


「お疲れ様。赤点は免れそうか?」


「多分大丈夫です。桐哉くんはどうでしたか?」


「オレもそこまで勉強得意ではないからなぁ」


あまり良い成果とはならなかったのだろう。


桐哉は苦笑いをして、返事をぼかしていた。


かと思えば意地悪く口角をあげて葉緩を見下ろす。


「数学は得意だけどね」


「……桐哉くんって結構意地悪ですよね。実は喧嘩っ早いですし」


「はは……忘れて」


中学生の時、桐哉は喧嘩っ早い性格をしていた。


荒くれものとして周りからやや引かれていた扱いだったのは、今では葉緩のみが知ること……。


「葉緩、パフェ食べに行こ?」


桐哉と話していると、そこに葵斗がほわっとした微笑みを浮かべて現れる。


そういえばテストの時間、葵斗は教室にいただろうか?


集中していたため、まわりの気配を探ることは放棄していたと首をかしげる。


妙に怪しいと思いながらも、そこまで気にしていられないとあえてスルーすることに決め込み、長く息を吐いた。


「では桐哉くんと姫も……」


「二人で行って来なよ」


桐哉の言葉に葉緩はギョッとして慌てふためき、手に汗を握る


「な、何故!?」


「葵斗は二人で行きたそうだし。友だちの恋路は応援しないとな」


桐哉にこう言われてしまえば葉緩は断ることが出来ない。


友だちの恋路……と言われると、桐哉が葵斗の気持ちを知っており、葉緩に近づくことを許しているということだ。


これは善意だ、とわかっていながらもハッキリと答えは出せず、桐哉の目を見ることが出来なくなってうつむいた。


様子のおかしいと、桐哉は首をかしげてジロリと葵斗を見る。


「何したの?」


「別に何もない。行こ、葉緩」


ズルズルと葵斗に引きずられていく葉緩。


抵抗も見せずにズルズル引きずられ、しょぼくれていると桐哉がこちらに手を振っているのが見えた。


葵斗はがっちりと桐哉を味方につけており、ぐぬぬと葉緩は葵斗の手を振り払って距離をとる。


警戒心むき出しの葉緩に、いつもと変わりないほわっとした微笑みを向ける葵斗に一瞬懐柔されそうになって首を振った。


こう見えて葵斗はかなりの肉食だと、身持ちを硬くしなくてはやってられないと葉緩は顔をそむけた。


***


流れで行き着いた静かな喫茶店。


角の席で葉緩はずっと俯き、葵斗の顔を見ようとしなかった。


抹茶パフェが運ばれてきても、意地を張って手を伸ばそうとしない。


「葉緩、食べないの?」


「……望月くん、私は」


「葵斗。名前で呼んでよ」


おだやかに微笑まれると妙に恥ずかしくなって、顔が火照ってしまう。


瞳をじっと見れば、神秘の色に飲み込まれそうになった。


喫茶店ではBGMが流れているだけなのに、なぜか脳裏に砂浜がよぎり、波の音が聞こえた気がした。


「葵斗くんは……どうして私を好きだと言うのですか?」


「葉緩がかわいいからだよ?」


「かっ――!?」


あまりに直球だったので器用にキャッチが出来ない。


うろたえていると葵斗はパフェといっしょに運ばれてきた抹茶オレを口にする。


カップを置いたときに、いつも以上にゆるくなった雰囲気で口を開いた。


「いつも全力で行動してて本当にかわいい。……桐哉が軸になってるのは妬けるけど」


むしろ何の疑問だと言いたげに首を傾げる葵斗にグサッと罪悪感に襲われる。


葵斗を疑う葉緩がそもそもおかしいのかと、チクチク針が刺された気分だ。


だがいい加減、逃げてもいられない。


葵斗の行動は葉緩に影響をきたしている。


今後のためにもそこはクリアにしないと先に進めないと判断し、勇気を振り絞ることにした。


睨みつける勢いで葵斗の目を見て、深呼吸をして質問をぶつける。


「どうして私が桐哉くんを軸に行動してるのがわかるのですか? あと、何故隠れている私に気づくのです?」


「見てればわかるよ。ずっと葉緩のこと、見てるから。場所は……匂いでわかっちゃうかな」


そこが葉緩には一番理解できない。


人一倍匂いに敏感なはずなのに、葉緩は葵斗の匂いを嗅ぐことが出来なかった。


葵斗にはわかり、葉緩にはわからない匂い。


番の証があるとすれば、葉緩が気づかないはずがない。


葵斗はあまりにイレギュラーすぎる。


「私は人に馴染むよう匂いを消しています。 だから鼻がよくても気づかれるはずがないのです」


「匂い消しで消せる匂いではないから。俺と葉緩、二人にしかわからない特別な匂いだ」


「理解できません」


「自然と気づくものだよ。……俺がそうだった。葉緩の親もそうして結ばれたんじゃないの?」


その言葉に葉緩は葵斗から目をそらし、うつむく。


パフェに乗った抹茶のアイスクリームは溶けていくばかりだ。

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