第21話「そんなのとっくにリサーチ済みでした」
「葉緩。……葉緩」
声が聞こえる。
(もっと呼んでほしいなぁ)
でもこの声は嫌だと考えていると、段々と怒気が含まれていると認識して葉緩はパチッと目を覚ました。
「葉緩!」
「ふあい!?」
ハッと意識すると、朝の恒例となる家族面談の場にいた。
畳の上で忍びの装束をまとい、正座している。
いつのまにこんなシャキッと動いていたのだろうとキョロキョロすると前から圧がかかり、肩をすくめる。
目の前にいたのは眉間に皺をよせ、訝しげにこちらを見る宗芭であった。
「葉緩、お前は最近不抜けておるぞ。そんなことで主を守れるのか?」
「申し訳ございません! この葉緩、気持ちを入れ替えて主様に忠誠を尽くします!」
あまりに不甲斐ないと自分を恥じ、畳に額を擦り付ける勢いで土下座をする。
挙動不審な動きをする葉緩にため息をついた後、宗芭は咳ばらいをした。
「うむ、それでよい。して、そろそろ中間テストの時期ではないか? ちゃんと勉強は」
宗芭の言葉に葉緩は息をのみ、だんだんと青ざめていく。
チラリと宗芭に視線を向け、ひくひくする口角を隠すために唇を指で隠した。
「……今日からでございます」
「なっ!?」
「そ、それでは学校でテストまで悪あがきをして参ります! 行ってきます!」
――ボンッ!
いつもより手荒に着替えると、嵐のように家から飛び出していく。
「姉上ー! 数学と化学、両方ですからねー!」
弟の絢葉がそれはもう楽しそうにニコニコして叫ぶので、葉緩は弟にさえバカにされているとショックを受け、脳内で叫びながら言葉を振り切ろうと走る。
成績は特別悪いわけではない、が記号が入ると途端に葉緩は煙を出す。
数学にいたっては生理的に無理だと吐きたくなるものだった。
***
学校についた葉緩は机の上に教科書を広げ、気だるそうに眺めてブツブツと呟く。
公式を暗記しようと、真っ黒なオーラを放って付け焼刃に叩き込む。
「なぜこうも数字や記号ばかり。こんなの目が回ります。なんですか、xって。正体を見せぬとは姑息な……」
「葉緩ちゃん、今から勉強なの?」
テストがあるたびに葉緩がこうなるため、見慣れた柚姫はいつも苦笑いだ。
気づかってくれる柚姫に葉緩は感傷的になって、涙をにじませ教科書を握りしめる。
「私、留年して姫と桐哉くんと離れるということにだけはならないよう全力で頑張ります」
強気なのか弱気なのか捕らえがたい発言に、柚姫は目をパチクリさせ、すぐにふわっと微笑む。
「ファイト! 柚姫ちゃんなら出来る!」
ぐっと手を握りしめ、応援してくる柚姫に葉緩はダメージを受ける。
柚姫はきっと純粋に応援しているのだが、情けなさが上回り、教科書を開いたまま机に突っ伏した。
守るべき相手に心配されているようでは忍び失格だと、自分に腹を立てるも天敵数学はとことん強敵であった。
「葉緩、頑張ってね」
「はうっ! も、望月くん……」
しょぼくれる葉緩の隣に葵斗がいつものようにさらっと現れる。
相変わらず気配がない。
今でこそ葵斗も番の概念がある血筋の者とわかったが、それを口には出せなかった。
(忍びの家系でしょうか? それに近いもの?)
そもそも番の概念はどこから来ているのだろう。
世の中に生きる人々に番の香りはわからず、忍びだけと考えてもその範囲はどこまでなのか。
意外と知らないことだらけだと、葉緩は数学そっちのけに考え出す。
葵斗と柚姫が目をあわせ笑い出すので、ふてくされて唇をとがらせると、葵斗が葉緩の頭頂部をポンと撫でた。
「テスト終わったら葉緩の好きな抹茶パフェ、食べに行こう。草餅も美味しいんだ」
「パフェ! 頑張りまする~!」
葉緩の大好物は抹茶、なかでも抹茶パフェは幸せのかたまりだと思っていた。
将来のご褒美が見えて尻尾をふっていたが、ふと冷静になって教科書を凝視する。
(なぜ私の好物を知っているのですか!?)
望月 葵斗、おそるべし。
もはやリサーチがねちっこいとゾゾッと身を震わせるも、今は目の前のテストを突破することが最優先だ。
まぁいいやと、考えることを放棄してまたブツブツと公式を呟くのだった。
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