第12話「大好きな姫。主様、愛でてください」
「ははっ、なんかあったの? グッスリじゃん」
桐哉はクスクスと笑いながら歩み寄り、葉緩の前にしゃがみこむ。
柚姫の顔を覗き込み、スヤスヤと眠るやわらかい頬をつついてはやさしい眼差しを向けていた。
女の子特有の友情を尊重してくれる桐哉に泣きそうになってしまう。
桐哉が柚姫を好きになってくれてよかったと、葉緩はここ一番の笑顔を浮かべた。
「姫はかわいい。いつも一生懸命で、やさしい方です。もっと姫とお話したくなりましたよ」
「そっか、よかったな」
何があったかは語れないが、葉緩の気持ちくらいは告げてもいいだろう。
……秘薬の影響で柚姫を混乱させたとは、とても言えたことではないが。
上手く言葉を考えなくては、と葉緩は桐哉に説明する流れを頭の中で組み立てていた。
これまでも葉緩は桐哉に柚姫のことをよく話していた。
葉緩の拙い言葉に、桐哉はいつも嬉しそうに耳を傾けてくれた。
身を乗りだすくらい気持ちを高ぶらせて葉緩が話したあと、桐哉はクセで葉緩の頭を撫でる。
これに尻尾を振って喜んでいたわけだが、あっちこっちから嫉妬の声があがる原因と考えもしなかった。
柚姫の抗議を受けたあとも、そのことに自覚をもたないのが葉緩だ。
桐哉も気づかないものだから、主従ともに厄介者だった。
「徳山さん、本当にかわいいな。この寝顔さぁ……。はぁ、めっちゃ好き……」
こういう一面はしっかりと男の子だと、葉緩はまぶたでシャッターを切る。
柚姫にべた惚れな桐哉、良い!!
「告白されないのですか?」
「は、恥ずかしいだろ。葉緩が一番知ってるじゃん。オレ、こんなに誰かに惹かれたことないって」
顔を真っ赤にし、両手で隠す。
これだけモテているというのに、桐哉は誰かに好意を持つこともなく、恋愛には奥手であった。
柚姫との出会いが桐哉の中に隠れていた恋心を引き出した……なんて、柚姫が知れば恥ずかしがるだろう。
「告白とかどうやってすればいいか。あー! 無理だー!」
(主様はモテるのに何故こうもウブいのか。さっさと結ばれて姫とイチャイチャしてくださいよ)
この初心さがよいとはいえ、くっついて堂々とイチャつけと背中を蹴り飛ばしたい欲はある。
葉緩に出来ることは、いずれにせよ陰ながら応援することだけだ。
今すべきは、柚姫を愛でる役を桐哉にバトンタッチすることくらいだろう。
そっと柚姫の肩を押し、桐哉の腕を引っ張って胸に押し付けた。
真っ赤に染まる桐哉を尻目に葉緩は安全圏までさがって、立ち上がるとピンと背筋を伸ばす。
「私はまだ用がありますので、あとはお願いします」
「ええっ!?」
「姫を任せられるのは桐哉くんだけです。大好きな姫をよろしくお願いします」
「……うん」
桐哉は宝物のように柚姫の背に手を回す。
ほっこりする光景に、桐哉と柚姫の恋を応援することはやめられないと病みつきになっていた。
この初々しさには中毒性があり、葉緩に一番効果があるものだ。
「ではでは、また明日!」
二人の幸せを願い、葉緩は走り去る。
夕日に向かって廊下を走り、二人から見えない位置までくるとスッと角に曲がった。
……そう、ここからは友人ではなく忍びとしての葉緩に切り替えるタイミングであった。
「私が二人のイチャイチャ見逃すわけないでしょう!」
柚姫が目を覚ますかどうかは置いて、ぴったりくっついた二人を見送るのもお役目だ。
二人だけの時間を他の者に邪魔はさせまいと、昇降口で恒例のように壁と一体化し待機する。
それは見事な擬態術であり、布を被れば見かけは完全にただの壁である。
(早く来ないかなー? 生徒玄関なら見落とすこともないはず)
ムフフと壁から声を漏らさないように下品に口角をあげながら、生徒たちが下校する姿を見送る。
来るべきときを心待ちにし、想像していれば時間はあっという間に経ってしまう。
そして気づけば生徒もいなくなり、太陽も姿を隠した夜になっていた。
「……なぜ来ない」
そんな間抜けな事態があってたまるかと、壁に擬態したまま数時間。
いつまで待てばよいのかとすっかり機嫌を損ね、唇を尖らせていた。
(夜になったので帰りましょうか。はああぁ……)
二人を見逃すはずがないのになぜと、トホホと肩を落とし、壁の擬態を解こうとする。
その瞬間、廊下の向こう側からやけに大きく響く足音が聞こえ、息を引っ込めた。
歩行の間隔は短い。小走りだろうか。
不思議な歩き方をする生徒だと考えていると、壁に影がかかって顔をあげる。
(いつのまに距離を詰めたのですか!? って、望月くん?)
またか、と思いながらも壁だからばれるはずもない。
だが今までの葵斗の行動を思い出せば油断ならないと気を引き締め、布越しに葵斗を睨みつける。
いつも壁ばかり見て、とんでもない壁フェチだと葉緩は警戒心をむき出しにした。
(もう、また動けない! なんでこの人、気配がわからないの!?)
気配をよむことも慣れている。
嗅覚だって忍びとしてしっかりと嗅ぎ分けられるほどに敏感だ。
それなのに葵斗にだけそれは効力をなくす。
「そろそろ、直接触りたいな」
発言も意味がわからないと、引き気味に睨んでいると葵斗の手が伸びてきて、壁をトンと押す。
擬態とはいえ、身体の感触までは隠せないと、激しい動揺が鼓動を早めた。
「あっ……!」
これはとんでもない危機なのでは、と思う間もなく葵斗の指が布の端をつかむ。
布がはがれて姿が表に出てしまい、冷汗を流す葉緩と葵斗の視線が交差した。
だがそんな視線のやりとりよりも、葵斗の興味は別にあったようだ。
――はむっ。
「んっ……んんん!!?」
後頭部に手を回され、唇が直接重なっていた。
布越しの時と違い、ぬくもりをじかに感じて生々しい。
まるで噛みつかれるように重なった唇に葉緩は混乱し、目を回す。
――ドクン、ドクン。
(なにこれ、なにこれ!?)
潔癖に生きてきた葉緩には刺激が強すぎる。
唇から熱が広がって、力は入らなくなって膝が震えた。
葵斗が葉緩の腰に手を回して支え、ゆっくりと顔をあげると余裕めいたいたずらっ子の顔がある。
さすがの葉緩もこれは狙ってのことだと判断し、真っ赤になりながら葵斗の肩を叩いた。
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