第12話「大好きな姫。主様、愛でてください」


***


やがて疲れてしまったのか、柚姫は葉緩の腕の中でスヤスヤと眠りだす。


目元が赤くなっており、葉緩は戸惑いながらも親指で残る涙を拭う。


眠っている姿もあいらしいと、葉緩は大切に大切に柚姫の長い髪を撫でた。


「なんなのよ、あんたたち。アタシまで巻き込まないでほしいわ」


クレアは眉間に皺を寄せ、腹が立っていると主張するも、すでに毒気の抜かれたようで大きくあくびをする。


「なんだかアタシも眠くなってきちゃった。かーえろっと」


「クレア殿」


「ん?」


葉緩に呼ばれてクレアが振り向く。


重要視はしないが、今回ばかりはクレアの力も大きかったと葉緩は二ッと無邪気に笑った。


「姫の本音が聞けてよかったです! ありがとうございました!」


「……意味わかんない。帰る!」


クレアはスカートについたクッキーの食べかすをはらうと、立ち上がり去っていく。


夕日に照らされた金色のツインテールがいつもより情熱的で赤いと、葉緩は口角をあげて満たされていた。



さて、これからどうしようか。


柚姫を起こしたくはないので、踏ん張りの見せどころだろうかと悩んでいると背後から風が吹き、爽やかな好ましい香りが鼻をくすぐる。


振り返ると口をぽかんと開き、あぜんとする桐哉がいた。


急ぎ足で近寄って、葉緩の前に立つ。




「徳山さんどうしたの?」


「桐哉くん。えっと、これは」


涙の痕が目立つ。


桐哉に誤解はされたくないが、柚姫の気持ちを勝手に話したくもないという気持ちもあり、オロオロしてしまう。


忍びのくせに優柔不断とは致命的だと、葉緩は固く目を閉じ、汗ばむ手で柚姫を抱き寄せた。


「ははっ、なんかあったの? グッスリじゃん」


二人の前にしゃがみこみ、柚姫の顔を覗き込む。


スヤスヤと眠るやわらかい頬をつつき、やさしい眼差しを向けている。


けっして葉緩を疑わず、女の子特有の友情を尊重してくれる桐哉に泣きそうになった。


桐哉が柚姫を好きになってくれてよかったと、葉緩はここ一番の笑顔を浮かべた。


「姫はかわいい。いつも一生懸命で、やさしい方です。もっと姫とお話したくなりましたよ」


「そっか、よかったな」


何があったかは語れないが、葉緩の気持ちくらいは告げてもいいだろう。


……秘薬の影響で柚姫を混乱させたという意味でも言えたものではないが。


これまでも葉緩は桐哉に柚姫のことをよく話していた。


それも下心だったとはいえ、柚姫が好きだからこそそれだけ語れた。


桐哉は嬉しそうに耳を傾け、聞いてくれたので早く二人の気持ちが通じ合えばいいのにと願った。


身を乗り出して葉緩が話したあと、桐哉はクセで葉緩の頭を撫でる。


これに尻尾を振って喜んでいたわけだが、あっちこっちから嫉妬の声があがる原因と考えもしなかった。


「徳山さん、本当にかわいいな。この寝顔さぁ……。はぁ、めっちゃ好き……」


こういう一面はしっかりと男の子だと、葉緩はまぶたでシャッターをきる。


「告白されないのですか?」


「は、恥ずかしいだろ。葉緩が一番知ってるじゃん。オレ、こんなに誰かに惹かれたことないって」


顔を真っ赤にし、両手で隠す。


これだけモテているというのに、桐哉は誰かに好意を持つこともなく、恋愛したいとがっつきすらしなかった。


柚姫との出会いが桐哉の中に隠れていた恋心を引き出した。


「告白とかどうやってすればいいか。あー! 無理だー!」


(主様はモテるのに何故こうもウブいのか。さっさと結ばれて姫とイチャイチャしてくださいよ)


この初心さがよいとはいえ、くっついて堂々とイチャつけと背中を蹴り飛ばしたい欲はある。


葉緩に出来ることは、いずれにせよ陰ながら応援することだけだ。


今すべきは、柚姫を愛でる役を桐哉にバトンタッチすることくらいだろう。


そっと柚姫の肩を押し、桐哉の腕を引っ張って胸に押し付けた。


真っ赤に染まる桐哉を尻目に葉緩は安全圏までさがって、立ち上がるとピンと背筋を伸ばす。


「私はまだ用がありますので、あとはお願いします」


「ええっ!?」


「姫を任せられるのは桐哉くんだけです。大好きな姫をよろしくお願いします」


「……うん」


桐哉は宝物のように柚姫の背に手を回す。


ほっこりする光景に、桐哉と柚姫の恋を応援することはやめられないなと病みつきになっていた。


この初々しさには中毒性があり、葉緩に一番効果があるものだ。


「ではでは、また明日!」


二人の幸せを願い、葉緩は走り去る。


夕日に向かって廊下を走り、二人から見えない位置までくるとスッと角に曲がった。


……そう、ここからは友人ではなく忍びとしての葉緩に切り替えるタイミングであった。


「私が二人のイチャイチャ見逃すわけないでしょう!」

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