第10話「友情下手な姫とくノ一」


柚姫の恋敵であり、害を為す相手から守ろうとして、それを柚姫が大声を出して制止するとなれば意味が分からない。


この状況、見かけではクレアが柚姫に何かをして混乱さえ、泣かせていると判断するのがベター。


抱き合う理由だけが謎のままであるが……。


(私も姫にぎゅっとされたいのにぃ!)


やきもちを焼いてしまうものの、今求められるは冷静な判断だ。


忍びたるもの、情にほんろうされればまともな行動もとれなくなると、深く息を吐きだした。


これは信念に基づいた行動だと言い聞かせたいところだが、柚姫にとって必要ではなかったと動揺は抑え込む。


「姫に止められればなにも出来ません……」


どうか葉緩として求めてほしい。


主と姫を守ることこそ、葉緩が生きている理由であり動く理由なのだから。


だが柚姫は酒に酔ったようにぷんすかして、クッキーの入った袋を握りしめる。


「葉緩ちゃんにはこの気持ち、絶対わかんないだろうからやだ! あっち行って!」


「そ、そうよそうよ!」


何に腹を立てているかもわからず、クレアも顔を赤くしてノリだけで便乗する。


柚姫に拒絶されればどうしたらいいのかと、視界が揺れた。





「姫……。なぜそのようなことを言うのですか?」


「うっ……ぅうう!」


動揺しているのは葉緩、のはずだったが柚姫が身体を震わせて零れ落ちそうな涙をこらえて天井を見上げる。


だが我慢しきれずに流れた大粒の涙が頬を伝った瞬間、声をあげて泣き出した。


「うぅ……うえええん! 葉緩ちゃんのばかぁ! 脳筋ーっ!」


「ええっ!?」






ずいぶんと酷い言われようだと衝撃を受けるも、ようやくこれは柚姫の意志が混濁していると気づいて鼻をスンと鳴らす。


この荒れ方は普段温厚な柚姫とは似ても似つかない。


柚姫に影響を与えているもの……と探りを入れて目についたのは握られたままのクッキーの袋だった。



(秘薬入りのクッキーだ!)



そこでようやく柚姫の制服の上ポケットに、葉緩とおそろいのラッピングがされたクッキーの袋を発見する。


この場で食べていたのはクレアのクッキーであり、今も握りしめているが、先に口にしたのは秘薬入りのクッキーのようだ。


葉緩は柚姫に駆け寄り、肩を掴むと涙目に揺さ振った。


「クッキー食べちゃったのですか!?」


これは本音を言いやすくするための助長効果がある。


桐哉に食べさせて、柚姫に告白してゴールイン……なんて理想を描いていたが無謀だったようだ。


柚姫の涙を拭おうと、柚姫はクッキーに作用されて本音を叫び出す。


「バカバカ! なんで何も言ってくれないのー!」


「姫?」


「あたしたち、友達じゃないの? 友達って相談したり、色んなこと話すものじゃないの!?」




ボロボロと顔をぐしゃぐしゃにし、涙を止める気配もない。


柚姫の切実な気持ちに、葉緩の中で戸惑いが大きくなる。


それでもぶつかってくる柚姫は葉緩の予想を上回ってくる。


「こういうのわかんない。どこまで話していいとか、察するとか、全然わかんないよ」


(そっか。姫はずっと不安だったのですね……)


柚姫には友達が葉緩以外いない。


一年生の時、遠くから柚姫を観察していたがいつも一人でいると気づいていた。


どうも嫌がらせを受けていたようだが、葉緩は使命と板挟みになって桐哉に声かけしか出来なかった。


葉緩が介入することは、忍びとして不自然だとモヤモヤする気持ちを抑えていた。


他クラスでも柚姫に近づきたい一心に桐哉が顔を出していたので、そこに希望を託す。



忍びはあくまで二人の幸せを願い、裏方に徹するもの。



二年生になり、同じクラスになったこともあり葉緩は柚姫に声をかけた。


そこで今までの罪悪感が拭えた、そんな気がしていたが柚姫の様子を見れば何も解決していなかったとわかる。


葉緩だけが救われた気持ちになっていた。


柚姫はずっとずっと、さみしいと口にすることも出来ずに周りの顔色をうかがっていた。


「うぅ……うううー!」


「この子、アタシと言いたいこと噛み合ってないじゃない」


「うああああん!」


「何故アタシに抱きつくの!? 相手間違えてるわよ!」

「姫、私は……」


何一つ、柚姫の気持ちをわかっていなかった。


今もわかっていない。



葉緩もまた、誰かと親密になるということに慣れていなかった。


忍びとして一定の距離を保つ。


それが障壁となり、まっとうな交友関係を築いてこなかった


孤独がどれだけ辛いものだったか、葉緩には欠如した感情のため理解できなかった。



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