第10話「友情下手な姫とくノ一」

クレアは柚姫の恋敵であり、害を為す人物だ。

敵から守ろうとしての行動なのに、それを柚姫に大声で制止されるとどうすればいいのかわからなくなる。

柚姫のためを思えば思うほど、空回りをしているような感覚に陥ってぐっと下唇を丸めた。


(まずは現状把握。クレアと姫はいったい……)


クッキーの影響だとしても、抱き合う理由は不明。

むしろ嫉妬心をあおられて葉緩は心の中でムキーッとクレアに悔しがる。


それでも葉緩は忍びであるため、感情にほんろうされればまともな行動もとれないと深呼吸をして落ちつきを取り戻す。


これは信念に基づいた行動だ。


柚姫にとって必要なことは何か、葉緩の行動と合致させる必要がある。


とはいえ、柚姫に行動を止められれば葉緩は何も出来なくなってしまった。


どうか葉緩として求めてほしい。

主と姫を守ることこそ、葉緩が生きている理由だからだ。


忍びは主と姫に必要とされなければ、無価値の存在で、死んだようなもの。



悲しくなって柚姫を一心に見つめると、柚姫は酒に酔ったように顔を赤らめてクッキーの入った袋を握りしめた。



「葉緩ちゃんにはこの気持ち、絶対わかんないだろうからやだ! あっち行って!」

「そ、そうよそうよ!」


何に腹を立てているかもわからず、クレアも顔を赤くしてノリだけで便乗する。

繊細になった葉緩は拒絶に耐性がない。忍びの心ではなく、葉緩が目にいっぱいの水膜を張らした。


「姫……。なぜそのようなことを言うのですか?」


「うっ……ぅうう!」


動揺しているのは葉緩、のはずだったが柚姫が身体を震わせている。


誰が見てもおかしい状態に、葉緩がオロオロと手を伸ばすと、柚姫は天を仰ぎだす。


だが我慢しきれずに流れた大粒の涙が頬を伝った瞬間、声をあげて泣きだした。


「うぅ……うえええん! 葉緩ちゃんのばかぁ! 脳筋ーっ!」


「ええっ!?」


――脳筋、とショックな言葉が飛んできて葉緩の涙は引っ込んでしまう。


酷い言われようだが、これは柚姫の意志が混濁していると気づき、首を横に振って気を取り直す。


この荒れ方はクッキーに入れた秘薬が悪影響を及ぼしていると確信し、葉緩は獣のように目を光らせて柚姫に飛びついた。


「姫! 自分でクッキー食べてしまったのですか!?」


葉緩が秘薬を混ぜた理由、それはあくまで桐哉が柚姫に告白する後押し程度のつもりであった。


これは本音を言いやすくする効果がある……と、父の宗芭が念押しに言っていたはず。


桐哉に食べさせて、柚姫に告白してゴールイン……なんて理想を描いていたが無謀だったようだ。


柚姫が食べてしまえば、柚姫の本音が飛び出てくる。

つまり柚姫が口に出せなかった感情を、秘薬が無理やり引き出している可能性があった。


「バカバカ! なんで何も言ってくれないのー!」

「姫?」


それだけ柚姫には葉緩に対して不満があったのだ。

柚姫の心を知らなかったと葉緩は自責と衝撃のダブルパンチを喰らってしまう。


大好きな人の涙を、自分が原因で流させてしまうことほど胸が痛むことはない。


「あたしたち、友達じゃないの? 友達って相談したり、色んなこと話すものじゃないの!?」


ボロボロと顔をぐしゃぐしゃにし、涙を止める気配もない。

柚姫の切実な気持ちに、葉緩の中で戸惑いが大きくなった。


これが柚姫の訴えたい本音なのか?


葉緩には不慣れな言葉が飛び、受け止め方を悩んでいるうちに柚姫は葉緩の肩を叩いて八つ当たりをした。


「こういうのわかんない。どこまで話していいとか、察するとか、全然わかんないよ」


柚姫には友達が葉緩以外いない。

一年生の時、遠くから柚姫を観察していたが、いつも一人でいると気づいていた。


どうも嫌がらせを受けていたようだが、葉緩は使命と板挟みになって何も出来なかった。

せいぜい桐哉が柚姫に声をかけている間に、嫌がらせ行為をしてくる者たちにクサい臭い玉をぶつけてしめしめとする程度。


表立って行動できないのは、葉緩が忍びだから。


柚姫を守る忍びと目立つわけにはいかず、遠くから心配するのが精いっぱいだった。


今ではそれが正しかったのかもわからない。

二年生になり、同じクラスになったこともあり、葉緩は柚姫に声をかけた。


桐哉の友人として、柚姫にクラスメイトとして近づくのは容易だった。


今までの罪悪感から解放された……そんなつもりになっていたが、いざ柚姫の様子を見れば何も解決していなかったとわかる。


(そっか。姫はずっと不安だったのですね……)


葉緩だけが救われた気持ちになっていた。

柚姫はずっとずっと、さみしいと口にすることも出来ずに周りの顔色をうかがっていた。


「うぅ……うううー!」

「この子、アタシと言いたいこと噛み合ってないじゃない」


大泣きする柚姫に、葉緩とのすれ違いだと勘づいたクレアが呆れてため息をつく。


「うああああん!」


すると余計に柚姫は泣きだして、もはや手をつけられないとクレアは辟易していた。


「何故アタシに抱きつくの!? 相手間違えてるわよ!」

「姫、私は……」


涙に暮れる柚姫に葉緩は自己嫌悪を強めていく。

何一つ、柚姫の気持ちをわかっていなかった。

今もわかっていない。


葉緩もまた、誰かと親密になるということに慣れていなかった。


忍びとして一定の距離を保つ。

それが障壁となり、まっとうな交友関係を築いてこなかった。


孤独がどれだけ辛いものだったか、葉緩には欠如した感情のため、理解できなかった。


(さみしい……ってなんでしょう。知ってるような、知らないような)


言葉を交わせずにいると、ついにクレアが苛立ちを爆発させる。


じれったいと、床に手のひらを叩きつけると柚姫の手首を掴んで葉緩を鋭く睨みつけた。



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