第8話「キス魔の襲撃を食らいました」
これは一体どういうことだと叫びたくなるも、冷静さを言い聞かせて葵斗の動向に意識を集中させる。
すると薄っぺらい布団越しに体温が胸や太ももをなぞりだし、思いがけない接触に顔が火照りだす。
(ふわぁ!? 布団の上からまさぐられてる!? でも顔を出したらバレてしまいます!)
一体誰と勘違いしているのか。
やがて落ち着き先を見つけたのか、固くなった葉緩の身体を抱きしめる。
捕縛されてしまったと目を回し、うるさいばかりの心臓音に意識がもっていかれそうだ。
葵斗の行動が読めず、わずかな選択肢をさぐるしかない。
(熟睡したふり熟睡したふり……)
「癒されるなぁ。この学校に来てよかった」
ふわぁとあくびをする声と、布団越しに匂いを嗅ぐ鼻の息づかいに葉緩はポッと頬を染める。
なんの匂いも嗅ぎ取れないわりに、この腕のなかは心地よい。
私だけが嗅ぎ取れる運命の香りではないのに、触れられることを全力否定できない女の顔に羞恥心をあおられた。
「……今日も、よく眠れそう」
視界が見えず、身動きも取れない。
何もわからない葉緩は葵斗の行動に振り回されるだけ。
この薄っぺらい布団越しに唇にあたたかさが触れた。
前にも似た展開があったはずだが、息が出来なくて思考が停止する。
(なんですか、これ。やたらと長いです……)
苦しい。
熱がこもって浮いてしまいそうだ。
違和感だらけの感触が離れたとき、葵斗の身体が脱力して上に乗っかったまま動かなくなる。
なんだなんだと耳をすますと、小さな寝息が聞こえてきたので、ようやく葉緩は安全確保が出来たと布団から顔を出した。
見下ろすこちらが拍子抜けするほどに、葵斗はしっかりと眠っており、長いまつ毛には水滴がついている。
玉のように白く輝く肌の滑らかさに手を伸ばしてしまいそうになった。
だが我に返り、手を引っ込めて紅潮した顔を布団にうずめる。
(この方はキス魔なのですか!? 擬態してるとはいえ、される側の身にもなってくださいよ!)
悪態をつこうと顔をあげて睨みつけるも、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る葵斗に邪気が抜かれてしまう。
整った顔立ちは一見クールだが、眠る姿はどことなくあどけない。
攻撃的な気持ちを押さえられ、妙に悔しくなって頬を膨らませた。
(ぐぬぬ……突発的なことに対応出来るよう訓練していても、こればかりは対策してないのです!)
性に奔放だった昔と違い、今の時代は忍びといえど清廉潔白な生き方をする。
四ツ井家もそれに類なく、くノ一の色仕掛けはリスク高いと禁じていた。
よく初心だと弟の絢葉がからかってくるが、幼い絢葉が何を言うかと眉間にシワが寄る。
こちとら生きている年数が違うと、その分知識は蓄えているとふんぞり返っていた。
(私は早く主様と姫のイチャイチャが見たい……って! 望月くん、いつまでこうしているつもりですか!?)
本当に寝てしまったのだろうか。
あまりに気持ちよさそうで動くことに罪悪感を覚える。
そのまま葵斗に抱きしめられたまま、葉緩はため息をつくしかない。
(望月くんは布が好きなのでしょうか? 擬態用の布、父上に頼んで替えてもらった方がいいかもしれないですね)
葵斗はどういう気持ちで葉緩を見ているのだろう。
妙なボディタッチも多く、ファーストキスまで奪われれば気になるというものだ。
(変な人……)
壁にキス、今回は布団にキス。
共通するのは布。
つまり葵斗は無類の布好きなのかもしれない。
布とはそんなに良い匂いがするものだろうかと。興味本位で嗅いでみると意外と良い香りだった。
(くんくん……。たしかにいい匂い。さっき感じた匂いはこの匂いだったかぁ)
病みつきになるのもわかると、葉緩はほわほわする感覚に浸った。
(変なの。どこでこんな匂いついたのでしょう)
こんなに好ましい香りがあるとは。
それがいつも持ち歩く擬態用の布から香り、ここに来てはじめて付着していると気づいた。
何故、嗅ぎ取れなかったのだろうと不思議に思いながら、重たくなるまぶたをこすった。
(なんだかドキドキしますね。少しクラクラする……)
「ふわぁ……」
大きくあくびをし、何度も瞼を落とす。
(あぁ、もうダメだ。ふわふわして、意識がぁ……)
眠気を感じればすぐに寝てしまう。
どこでも眠れてしまうのは葉緩の特技であった。
「……葉緩? 寝ちゃったの?」
水滴をはじいて葵斗が目を開いたようだ。
だがまどろみの中にいると、葵斗の言葉を聞き取っても脳が処理してくれない。
「……か――い。俺のつが――。匂い――かった」
ばれてしまった?
でもどうでもよくなるくらい、この香りは心地よくて眠くなる。
安心ってこういうことかと、温もりに手を伸ばして頬擦りをした。
「だいす――ゆる」
そういえば自分の匂いはどんなものか考えたこともなかった。
匂いを消しすぎて自分がわからなくなってしまった。
思考がかすんで、布越しに触れるものがあっても突き飛ばそうなんて考えはなかった。
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