第6話「葉緩は誰かにあげないの?」
「さぁ、生地を伸ばして型をとります! 姫、ハートでくりぬいてください!」
「葉緩ちゃん手際よすぎるよー」
あっという間にクッキーは完成、試食用のクッキーはぬかりなく普通のクッキーだ。
葉緩がさんざん暴れて作ったので不安そうに口に含み、問題ないことを確認して安堵する柚姫。
「姫! ラッピングしましょう!」
「う、うん……」
紅潮した頬があいらしい。
「柚姫は桐哉くんに渡すんですよね?」
「う、うん。 渡せたらいいなって思ってる」
桐哉を想い、照れ笑いをする柚姫は最高峰のかわいさだ。
その笑みは桐哉ではなく、葉緩のハートまでも射抜く。
「姫なら大丈夫です! 絶対に渡してくださいね! くれぐれも他の人に食べさせるなんてことないように!」
「う、うん……がんばります……」
念を押し、柚姫の行動を制限する。
(よし、あとは現場を見守って結ばれればおっけーです。ぐふっ。主様と姫の血筋が子々孫々繁栄されていくことが私の喜びです)
なんといってもこれが忍びのお役目他ならぬとうぬぼれる。
陰ながら主を守るために忠義を尽くすのは当然だが、主だけではなく、存在そのものを未来まで繋ぐことこそ大義となる。
それこそまさに”子孫繫栄”だと悲願達成だ。
(私は父上にでもあげましょう! たまには母上に素直になっていただきたいものです)
能天気に片づけをしながらノーマルクッキーを頬張った。
渡す相手のいないクッキーをもごもごと味わって、ふと現実が落ちてくる。
「いいんだよね?」
「姫? どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」
そう言って柚姫は食器を片付けに駆け足気味となる。
能天気な葉緩は首をかしげるばかりで、柚姫の微細な変化に気づけない。
きっと幸せな未来が待っていると、期待に胸を膨らませていた。
***
「桐哉くーん。クッキー作ったのもらってぇ!」
「うちもうちもー!」
「あ、ありがとう……」
昼休みになると桐哉のもとに女子が殺到する。
一言で言えば桐哉はモテる。
穏やかな目元に、爽やかな笑顔。
整った顔立ちだけでも素晴らしいというのに、男女隔てなくやさしいものだから爆発的にモテていた。
その分ハッキリと断るのが苦手という、恋愛面でネックなところはあるが……。
「ねね、クレアの食べてみてぇ! 絶対美味しいからぁ!」
「あ、ずるい抜けがけー!」
「いや、オレは……」
「はい、あーん」
それをカバーするのも忍びの努めなり。
葉緩には歯がゆいところだが、主と姫の恋を死守してこそ、真の忍びだと割り切りスッと気配を消す。
クレアが桐哉にぞっこんで、腹立たしいと美少女相手でも容赦なく障壁と認識して取り除く。
(忍法・風清弊絶(ふうせいへいぜつ)!)
誰にも聞こえない小さな声で、しかし狙いはしっかり定めて忍術を放つ。
窓を通り道として外から強い風が入り込み、机の上に乗っていたノートや筆記用具を落としていく。
「なに今の風!?」
あまりに唐突に襲ってきた風に教室内がざわつく。
しばらくして各々が困惑を胸に落ちたものを拾っていくが、室内に吹くにしては不自然な風だったと口々にした。
「あっ!? クッキーがない!」
「飛ばされたんだわ! 待ってて、探してくる!」
風に巻き込まれた手作りクッキーは教室のどこにもなく、目を血ばらせた女子たちがこぞって教室を飛び出していった。
断り方に悩んでいた桐哉は問題から解放されたと安堵の息をつく。
作戦大成功と、葉緩はほくそ笑む。
(姫以外のクッキーを食べさせはしません!)
忍術・風清弊絶、正しい意味は風習がよくなることである。
「風」が社会の習俗を差し、「弊」が悪事・害になるようなこと、「絶」は絶えると意味だ。
これを葉緩は独自解釈をし、忍術に置き換えて風を得意技とした。
桐哉と柚姫のイチャイチャ世界に「害」となるものから死守する。
つまり恋のライバルは二人の間を邪魔する「害」ととらえ、ワガママを貫いて鼻を高くしていた。
(これもお務めでございます)
動揺する桐哉のフォローはしっかりせねばと、葉緩は切り替えてニコーっと後ろに背を回して桐哉に近づいていく。
「モテモテですね。桐哉くん」
「葉緩か。……気持ちは嬉しいけど、やっぱり本命からもらいたいよね」
こういう時、桐哉はやたらと弱気で自信のなさが垣間見える。
柚姫の気持ちは目に見えるというのに、奥手すぎると葉緩は頭を抱えたくなる気持ちを抑え込む。
「だ、大丈夫です! ちゃんともらえますよ! 桐哉くん、カッコいいですから!」
「……そんなに出来た人間じゃないけどなぁ」
葉緩にとって桐哉は常に全肯定する人物だ。
行動すべてがやさしさから来るものだと知っているからこそ、一歩を踏み出せない。
あまりに繊細な恋心で、桐哉と柚姫が結ばれるのは至極当然と考える葉緩にしてみれば悔しい以外の何ものでもなかった。
柚姫の気持ちを知らない桐哉からすると不安でいっぱいとわかりながらも、どうしても背中を押したくてたまらなかった。
「葉緩は誰かにあげないの?」
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