第5話「無差別”壁”襲撃です」
主のために動き、幸せを願う。
それが忍びの役割であり、その目標達成の壁を前に葉緩はあわあわする。
追いかけることも出来ず立ちすくむ桐哉、真面目でやさしく穏やかな性格だ。
恋に関しては奥手すぎるのがたまにキズで、普段の勇敢さは欠片も発揮しなくなってしまう。
(ああ……主様が落ち込んでいられる。どうすればいいの!?)
トボトボと落ち込み、歩き出す桐哉に葉緩は胸が苦しくなる。
陰に徹することで、堂々とした応援が出来ない。
これに関しては桐哉が自分で何とかすべき事項のため、葉緩になにが出来ると毎度葛藤してしまう。
主の子孫繁栄が第一であり、そのために恋路には全力でお邪魔虫を追い払うも、相手に接することは本人が頑張るしかない。
忍びが世話焼きをしてもろくなことはない。
くっつける演出は出来ても、忍びは無関係の人間側であり、手を出せばたちまち無力を痛感するものであった。
「我慢強く志しを変えないのは難しいよ。私は忍耐がそこまで強くないというのに」
壁に隠れて葉緩は自己嫌悪に陥る。
一心に桐哉と柚姫の幸せを願うも、二人に身分を明かせないと憂いてしまう。
(ん……? んんん?)
あまりに唐突な視界の変化。
気配に人一倍敏感な葉緩に気づかれず、あくびをしながら前を歩く葵斗。
いつも眠そうだが、今日は一層眠気が強そうで、ふらふらした足取りで歩いていた。
いつ倒れてもおかしくないと、葉緩は壁に徹し無表情ながらに葵斗の動きを観察する。
「……この匂い」
これほどまでにボーッとしているくせに、嗅覚がやたら優れているのか、すぐに鼻をスンと鳴らす。
おだやかに口角をゆるめて、匂いをたどり大股に進む。
「やっぱり、いい匂い。すごくキレイな澄んだ香りだ」
(あれ? 近いぞ? いつのまに望月くんが……)
迷わずこちらに向かってくる葵斗に目を奪われ、身体を硬直させる。
忍びとして匂いは消しているはずなのに、葵斗はいつも葉緩の足跡をたどってくる。
壁としてのポリシーがあり、意地で平静を装っていると、葵斗が壁に手をつき、壁に体重を乗せた。
「……もっと触れたらいいのに。そしたらきっと……」
誰もいない通学路。
チャイムの音が鳴り響く中、壁に重なったものがあった。
音が鳴むまでそれは動くことがなかった。
「遅刻だね。 ……保健室で寝ようかな」
クスッと珍しく声を出して微笑むと、葵斗はご機嫌な様子で去っていく。
姿が見えなくなるまで葉緩は壁と一体化し、ピクリとも動かなかった。
特殊な布がめくれ、顔を出すと葉緩は布を握りその場にしゃがむ。
頭をぐらぐらとさせ、赤くなる頬を誤魔化すように布に顔をうずめた。
(なになになに!? おかしいです! 普通は壁にキスなんてしませんよね!?)
いや、人間とは多種多様な生き物であり、このような奇行をとる人がいてもおかしくない。
だからといって納得できるものでもないが、壁に徹する葉緩に追及が出来るはずもない。
むずがゆいと口元に手をあて、布をはいで姿を現す。
「壁好き? 壁フェチ? そんなバカな……」
わけがわからない。
奇行というより、“新人類”と呼ぶべきか。
ツッコミどころが満載だと、普段はボケ側の葉緩が首をかしげざるを得ない事態だ。
「昨日は教室の壁。今日は外の壁。……はぁ! 無差別の壁襲撃!?」
今まで葉緩の壁に隠れる技はばれたことがない。
むしろその気配隠しは宗芭のお墨付きのため、葵斗にバレているとは想像もしない。
だからこそ余計に葉緩の思考はメチャクチャになり、答えにたどり着かないのだが……。
「なんだか複雑です。モヤモヤします。……壁とはいえ、擬態してるだけの私ですから」
悶々としながらも校舎に入り、どんよりとしながら教室の扉を開ける。
結局遅刻となり、葉緩は担任にこってりと怒られた。
***
時間は流れ、午前最後の授業。
選択授業の家庭科である。
音楽・美術・家庭の三種類の中から選択して実施するのだが、葉緩は躊躇もなく家庭科を選んでいた。
「葉緩ちゃん、頑張って美味しいクッキー作ろうね」
「お任せ下さい、柚姫!」
桐哉が美術を選択する中、葉緩は同じ授業にしなかった。
それはすべて桐哉の愛すべき伴侶(仮)の柚姫が家庭科を選択しているためである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます