第2話「望月 葵斗くん、何なのですか? 変態ですか?」

「桐哉くんにはもっと積極的になってもらいたいですね」


桐哉の想い人は柚姫であり、間違いなく二人は将来伴侶になると確信をもっていた。


葉緩が幸せを感じるのは、桐哉と柚姫が会話するのを眺めているときだ。


二人は両片思い状態で、ろくに目を合わせることも出来ない距離感にいる。


じれったさも良いと葉緩の口角は上がりっぱなしだ。


葉緩と桐哉は中学から縁があり、今も仲良くしている。


とはいえ、葉緩にとっては主従関係だが……。


出会った当初から桐哉は女子にモテていたが、恋愛にはまったく興味なしの堅物くん。


そんな桐哉が高校生になり、ようやく運命の人・柚姫が現れた。


一年生の時は声をかけるのが精一杯だったようだが、今は同じクラスとなり距離が縮まりつつある。


柚姫には特定の友達がいなかったようで、葉緩はクラスメイトとなるのを好機ととらえ接近した。


間近で眺める二人の恋物語に、葉緩は壁と一体化したい気持ちになっていた。


「いやぁ、主と姫は最高の夫婦(めおと)ですな。二人の想いが一つになれば……ぐふっ、葉緩は幸せでございます」


「葉緩だ、おはよ……」


「はわぁ!?」






壁に密着していた葉緩の背後に現れたのは、同じクラス男子・望月 葵斗(もちづき あおと)だ。


さらさらの黒髪に、いつも眠そうな目をしている。


目にかかりそうな長い前髪で気付かれにくいが、かなり端正な顔立ちだ。


ふわっと甘ったるい微笑みを浮かべ、葉緩の背後にポジションを取っていた。


桐哉と仲が良く、その流れで葉緩にもギリギリのボーダーラインで接してくる。


つかみどころのない行動に葉緩はいつも振り回されていた。




(な、なんたる手練! いつも気配がないですね!)


「望月くん、おはようございます……」


「葉緩は今日もいい匂いだね」


「何故!? 匂いを消してるのに!」


「あ、ダメだ……眠くなってきた……」


「え、ちょっと……!」


ずしっと葉緩のもたれかかるように葵斗は目を閉じる。


壁との間に挟み、葉緩の動きを封じていた。



「ふぬぬ、重い! 私はパワーではなくスピード特化型……」


ぐしゃりと、耐え切れずにその場に倒れる。






そこに駆け付けた桐哉と柚姫が目を点にして、足を止めた。


「寝てる……」


「寝てるのではないです~! 上の人が寝たんですぅ」


下敷きになった葉緩がバタバタともがくも抜け出せない。


しっかりと葵斗にホールドされていた。


これもすでにいつもの光景で、桐哉はため息をついてあきれ気味に葉緩に手を差し出した。


「まったく仕方ないなぁ。ほら、葉緩。手を出せ」


「ああああっ! そんな恐れ多いことは出来ません!」


「いいから! ほら、このままだと目立つぞ?」


「はっ! それはダメですぅ」


桐哉は葉緩の魂の主。


その手を煩わせることは断じて許すことが出来ず、葉緩はぐっと現状をこらえる。


「……葉緩ちゃん、数学サボりがちなんだからちゃんと出ないと」


「数字を見ると目が回るのです……」



柚姫の言葉に逃げ道を狭められる。


葵斗から脱出したい。


数学からも逃げたい。


だが桐哉に助けを求めるのは葉緩の矜持が許さない。


苦悩に唸っていると、桐哉と柚姫が目をあわせ笑い出した。



「なんで笑うのですかぁ!」


「……葉緩、黙って」


「んっ……ちょっと! どこ触ってるんですかー!?」


暴れる葉緩を抑え込み、擦り寄るように抱きしめてくる葵斗。


何をどうしたらよいかわからなくなり、目の前がグルグルと回転していた。



***


「なんだか今日はどっと疲れました。 2年生になってからというもの、望月くんが邪魔をしてきてばかり……」


葵斗は2年生になって転校してきた。


初めのころはイケメンがやってきたと騒がれたものだが、いつの間にか静かになった。


人に関心がなく、反応が返ってこないために女子たちは遠巻きに見るようになる、


転校して早い段階で桐哉と仲良くなり、いわゆるモテモテな二人組だ。


不思議な引力のある人だと眺めていれば、葵斗と目があい、今では葉緩に絡んでくるようになった。


じりじりと距離をつめられ、気づけばハグされるほど葉緩の動きが捕捉されている。


目立つことを良しとしない考えから、葉緩は匂いを消している。


気配に関しても周りに同調するよう、大きく目立たない様にしていた。


それも桐哉と柚姫の前ではその努力もむなしく終わりがちではあるが……。


二人のじれったさに興奮を抑えられない葉緩だった。



「ん?」




教室で一人帰り支度をしていたところ、ピタッと手を止める。


目を輝かせて口角をあげながら、教室の隅っこに大きく飛んで後退した。

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