心身、鬱蒼とした森
いつからだったか、私は、私の身に起きる出来事は全て私に起因している、と考えるようになった。テストの結果はもちろん、誰と出会うか、何処へ行くか、そして、星が瞬くのをこの目が捉えるか、葉の擦れる音に耳ををすませるか、雨に打たれるか、暑いか、寒いか、など。運命ではない、ワタクシが動いたり感じたりした時点で、私の身に起こる出来事は全て私が主体的に心身を動かして選択したものとなる。得たものは私の努力や積み上げたものの結果だと思っているし、失ったものは全て私の失敗からだと捉えている。
学生の頃は良かった。気にする結果など学業か、部活か、そのくらいしかなかったからである。私は勝負事が嫌いなので、結果が出る部活などには極力近寄らなかったし、うっかり入ってしまった時には、考えることをやめて仕方なく、目に見える結果以外を得ることに注力して過ごした。例を挙げるとすると、運動部に間違えて入った際には、一日の消費カロリーを上げるためだけに動いた。私は足も遅く、背も小さかったからである。皮肉なことに基礎練だけが上手くなって、筋肉量だけが上がった。
しかし、大学を卒業したあたりから、この考えは徐々に私を蝕んでいくことになる。
簡単な結論を述べれば、私が、様々なことへの適応が下手くそで、且つ自身の短所から目を背けたことが全ての原因、または落ち度であったことは間違いない。後述する、幼い頃からの違和感にもっと目を向けていれば良かったのだ。
私はいくらでも文字を書くことができた。
言い換えれば、想像力だけは人一倍なのである。頭の中で、言葉を発したり文字を打ち込む事の数倍の速さで物語が生まれていく。一つ落ちた物語の種は芽を伸ばし枝葉を広げみるみる大樹へと変わり、同時に幾つも枝分かれした根が大地——つまり私の心身を掴んでいく。例えば、ハムスターが喋ったらどうなるだろう、と考えた時点で、いくつかのパターン、未来、場面設定、登場人物の心身の形、それぞれの過去、他への影響などが同時に、ドミノ倒しのように連続して想い起こされるのである。
昔から、絶えず脳内で喋っている。書くより前に頭の中で作文が出来上がる。いくつもの物語の樹を抱えている。何処からか飛んできたそれらの種をまた植え、新しく物語が芽吹く。
ただ私は、この頭のつくりを、ただの趣味の一部、つまり生活を占める必要のない事として長らく捉えてきた。
それが間違いだったのだ。
伸び続けた大樹達はいまや一点の陽すらも通さないほど腕を広げた。遠く上の方でガサガサと音がして、木々がまだ成長を止めぬ様子が聞こえる。私はそれらを、木々が育つことを、ただ一種の娯楽に留まるのみ、と考えていたため、気が向いた時に伐採する程度であった。
私の文章は整ったものでもないし、上手いわけでもない。
しかし、書き続けなければ伸びた枝葉がチクチクと刺さり、日常生活に支障を来たす。成人からしばらく経って、私はようやくこのことに気がついたのである。この伸び続ける樹を、枝葉を、きちんと伐採し整え、時には何処かへ持ち出さなくてはいつか大地、すなわち私自身を丸ごと崩す脅威となり得る。
心に宿った物語の森に目を向けず、無理して自分というものをこさえるから帳尻が合わず、ガタがきて転ぶことになる。
転んだのは自分の責任だ、と自分を罰するために傷をつける。自身が削れていくのを見て、戒めを心身ともに刻めたと安心できる。この傷に、小さなことでも二度と同じ過ちを犯さないと誓い、ミスをするたびに再び罰を与える。私は私を一生許せないままなのである。
こんな馬鹿げたことをするくらいなら、目先の利益や体裁に拘らず伸び放題に育った森に手を入れてやればよかったのだ。しかしこの性分はもう当分治りそうにない。既に、失敗には罰を与えなければ心がもたぬほどに脆くなっている。ただ数時間、入眠できないというだけで、原因の追及に思考を巡らせ、その度自責の念は膨らみ、刃物かライターを手に取り、それらを取り出すために皮膚を破く。馬鹿馬鹿しいことこの上ないのだが、こうすることでしか、身体の内いっぱいに膨れ上がった罪を取り出せないのである。
これを治すには、何が必要なのだろうか。承認か、共感か、愛か。思いつくものはいくつかあるが、あいにく、すぐに手が届きそうなものは手元にない。ああ、青さが憎らしい。
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