アロワナ


 好きな生き物、の答えなんて"人間"以外、口が裂けても言わない方がいいだろう。

 私が好きな生き物はミズダコであるが、もし天変地異でも起こって蛸が文明を創り上げ、もしくは乗っ取りでもしたら、いの一番に殺されかねない。「俺たちのことが好きなんだろう?よかった、俺たちも君を愛してる。食べてしまいたいくらいには」なんて触手に絞められながら言われる(蛸語が分かるかは別として)のが人生最期の記憶になりかねない。希死観念に揺さぶられていた頃には青臭く、それもまた良い、なんて笑えたかもしれないが、今では大変御免被る次第である。


 私の"美しいと思う"生き物は、アロワナである。

 アジア圏では金持ちの象徴とされがちなアロワナであるが、その権威を示すために、光輝く鱗を携え長い体を持っているわけではない。彼らは獲物を狙う際、その長い体を瞬時にS字に折り曲げ、体を伸ばした勢いで水上へ飛び出し、川に突き出た小枝で休む小動物らによく開く大きな顎で食らいつく。そうして一瞬のうちに水中に引き摺り込まれた獲物らを二度と陸に戻すことはない。

 私が彼らに魅了されてしまうのは、その"泳ぎ"にある。

 彼らは普段はピタリと水面に背を這わせるように、そして優美とも取れるほどに、ゆったりと時間をつかって泳ぐ。カサゴのように揺れ踊る部位もなければ、ベタのように華やかなヒレがあるわけでも無い。強いて言うなれば美しい鱗を持つ個体もいるが、私はその選ばれた美しき個体だけではなく、アロワナすべてに憧れを抱くのである。彼らは長い体を淫らに蠢かせることなんてなく、水面のすぐ下を滑るように私の目の前を過ぎっていく。水槽の端をターンする際の、滑らかに曲がり連続して光を反射していく鱗。口からほんの数ミリの泡を出して、まるでスローモーション再生のように。水が流れていることさえ、私らに気づかせないのだ。水族館で彼らに会う時は、いつだって時間を忘れてしまう。彼らが家にいたらどんなに心安らぐ空間になるだろうか。金持ちが彼らを手に入れたがる理由も頷ける。泳いでいる間は決して志向的な一面を見せない彼らが、獲物を確実に手に入れるために、その長い身体を、一瞬、ぐにゃりと歪めるのも美しい。獲物を口に入れた後は、二度、三度口を動かし、またゆっくりと泳ぎ始める。そうして、端に着くと、また簾が風に吹かれるように、ゆったりと弧を描いて反対を向く。彼らはそれだけを繰り返す。私らになぞ、毛ほども意識はないのだ。

 物言わず捕食を続ける彼らがこんなにも美しい。進化を繰り返してこうも美しき身体(大変人間本位の発言であるが)になるだろうか。そう、それ故に、かくして今日も私は鏡をついてため息をつくのである。私の先祖らは比較的暗いところに住んでいたのだろうか。どおりで視覚に頼らぬ目と鼻なわけだ。くそったれ。

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