羊を枯らして夜に叫ぶ


 幼い頃から、明晰夢を見ることができた。

 夢の中で過ごしていると、ふと気がつくのだ。あ、これは夢か、と。大概はそのまま夢が終わるまで待ち、悪夢や試験前などで時間の無い時には、これは夢だ、と数回唱えて意識を呼び起こし、夢を終わらせる。私は夢を忘れない方なので、いい夢も悪い夢も覚えている。そうだな、意思を持って終わらせたのは十回ほどだった。


 昔から幼稚園で昼寝の時間になっても、親に寝床へ連れて行かれてもなかなか眠らない子であったが、高校をすぎたあたりからさらに眠れなくなった。大学の途中でついに病院にお世話になり、今では薬なんかやめられない。数える羊はとうに尽きてしまい、ラベンダーで目が冴えるようになった。

 薬を飲み始めてから、金縛りを体験できるようになった。意図的にもできそうな気がするが、あまりいいものでは無い。

 私の身体が金縛りに合う条件は現在、二つだけわかっている。

 一つ目、薬を飲むか、大変疲れるかなどをして、"とても眠い状態"で起きていること。二つ目、その状態で考えごとをしながら"目を閉じて動かない"こと。さすれば、数分のうちに考え事が連想ゲームのように脈絡のないものになってくる。あとはもう、思考が映像に変化して、身体の動かぬまま短い悪夢が永遠に繰り返されるだけだ。金縛りの際に見る夢は必ず悪夢と決まっている。

 悪夢の概要はさほど変わらない。

 鍵をかけたはずの部屋に、顔の見えない知らぬ人が入ってきて、素手か刃物で襲われる。場所や襲われる方法は様々だが、このルールは変わらない。ここからは溶け合った現実と夢の境を泥を掻き分けるように探すだけだ。動かない身体を無理やり起こして、また悪夢に落とされて、起こして、何度も何度も繰り返される。そうして、やっと、声が出るようになったら思い切り叫んで、本当に目を覚ますことができる。本当に、一緒に暮らしている者には頭が上がらない。よくこんな奴と暮らしているもんだ。


 きっと悪夢は、私が恐れるものを映しているのだろう。銃が一切出てこないのには最近気がついた。日本人だなあと思う。

 明日も早い。この重たい脳みそのまま、穏やかに朝を迎えられますように。そしてこれが、長い長い悪夢ではありませんように。

 

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