憧れはガラスの靴で踊ること
これは、ある友人のお話。
Aちゃんが華奢な爪先に彩られたジェルネイルをなぞりながら喋る。
「私ね、明日からが本当に楽しみなんだぁ」
いいなあ、海外。すごいよ。Aちゃんならどこでも大丈夫だよ、なんて友人は皆口々に感想を言い合う。
Aちゃんには、歳の離れたお兄さんがいる。確か、すごい実業家だった。お兄さんはAちゃんのことを溺愛していて、雰囲気が合わず会社を辞めるAちゃんに「自身への投資が大切」といってかなりの額を渡したらしい。それらを資金に、Aちゃんはマインドフルネスを学びに行くことにしたそうだ。私もミルクティーをかき混ぜながら話に加わる。
「偉いよ、ほんと。私なんか早く転職したいのに、ずるずるしちゃってもう五年目。それに比べて、Aちゃんは二ヶ月できちんと見切りつけられてさ……すごいよ、決断力。すごい」
「そーかなあ、お兄ちゃんがさ、会社なんて星の数ほどある、合わないなら切り捨てるのも大切、って。心を整える、って大事なことだと思うんだあ。しっかり勉強してきまーす」
グッ、と親指を突き立ててAちゃんはその大きな目で皆にウインクをした。
真っ白で凹凸の一つもない肌。目が大きくて、神様がちょいとつまんでできたような可愛らしい鼻。背がすらりと高く、長い指にはキラキラと宝石の光る指輪が並ぶ。まるでお姫様、シンデレラみたいだ。今日の靴だって、透明のミュールが銀色で縁取られて格好いい。Aちゃんはパフェを突きながら続けた。
「私、アメシズムの遣いなんだって。オーラで言えば紫と白の間で、絶対使命の数は三つ、えーと……あったあった。一個目が、セレネの糸車、二個目がフォアルスの銀糸、三つ目がディアソスの手綱。これは、えーと……私には、集めて照らす役割と、注目を受ける役割と、まとめて自然的に導く役割があるんだって、ことらしいんだー。」
友達の一人が言った。すごい当たってる感じしない?調べたの?Aちゃんは、ふふ、と笑って身をかがめ、声をひそめて話し始めた。
「お兄ちゃんの知り合いで、周りの実業家の人たちが決断する前に相談しにいくような占い師の人がいて、その人の連絡先もらったの。海外行くのはどうかなーって聞いてみたんだよね!」
私には何が何だかよくわからなかったけど、Aちゃんが注目の的にならなかったことなんて無いし、いつもAちゃんを中心に世界が回っているような気さえする。とりあえず、当たってるねえ、と相槌をうっておく。先ほど質問した友達はまた続けて、アメシズム、アメジスト、何だか似てるね。Aちゃんの誕生石じゃない?と友達の一人が言えば、すごい。物知りだね、と他の子が返した。Aちゃんは、えー、物を知ってても、それに価値がなきゃだめじゃない?と答えながらメニューを見ていた。すごいな、他の子はちゃんと理解して返事をしているようで感心する。よく知ってるなあ。プリン頼もうかなあ、なんて考えている間に、一人の子の終電が近づいてしまったので私たちは手を振り合って分かれた。
Aちゃんが日本を出て、二ヶ月。
最初の二週間はインスタグラムを毎日更新していたAちゃんも、次第に飽きたのか更新が少なくなり、ついに途絶えてしまった。市場に並んだカラフルなスパイス、現地の子どもと笑っているAちゃん、宿の近くでできた日本人の友達。カラフルで、元気をもらえるのに、どこかエモい感じもする。いいなあ、楽しそう。羨ましいよねえ、と隣にいた友達に見せる。
「本当だ。楽しそう。すごい、結構田舎の方に行ったのかな」
「えー、どうなんだろ、しらないや」
「中心地だと3階建以上の立物が多いイメージだけど…あんまり家もなくて、看板出してるお店もなさそうだね。でも、東京とは違って広い空なんだろうなあ」
やっぱりこの子はよく知ってるんだなあ。写真からこんなことがわかるなんて。
「よく知ってるね、でもきっと、田舎だろうね……あ、今日の集合場所って詳しく見た?」
いや、まだ見てないや、と言いながらその子もメッセージアプリを開く。自分も開いて、履歴を辿る。忘れていたが、Aちゃんのアカウントから返事が来ていないままなことが気に留まった。
「ねえ、Aちゃんからメッセージって返事来てる?来てないの私だけ?電波悪いのかなあ」
「いや、私も結構前に、日本帰る時欲しいお土産あるんだ、お金渡すからお願い、って送ったけど返って来てないよ」
やっぱりそうなのか。現地のことは知らないし、仕方がない。
私たちは今夜のディナーの場所を確認して、えー、カボチャのラビオリだって、馬肉もあるよ!と浮かれながらお店へ向かった。
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