タン一択


 美味しいものを食べたいのと、好きなものを食べたいのは話が大きく話が異なってくる。


 愛するものを食べてみたいと思ったことがある。大好きなもの。愛するもの。きっと食べ終わったって、消化や吸収に思いを馳せながら半日ほど、ずーっと笑ったり泣いたりして過ごすのであろう。実に幸せなことだ。

 食べるなら、噛みごたえのある部位がいいだろう。ふわっと舌の上でとろけるようなのは勿体無い。噛み続けてもあまり柔らかくならず、ぐむぐむと過去のページをめくるかのように噛んでいく。いよいよゴムみたいになって半ば無理やり飲み込むくらいのがちょうどいい。飲み込む時なんてとんでもない高揚感に痺れるだろう。すなわち食堂というしっかりした蓋を開け通り、愛するものは胃の中にころっと、しまわれてしまうわけだ。宝箱と構造は変わらない。いつの日か出ていって、記憶の底に眠るにすぎない。


 日本の食料自給率については、私がまだミミズを笑顔で掴めた頃から口酸っぱく言われてきた。皆の意識は変わったのだろうか。まあ、そんなことよりも、愛するものを口にする際は血抜きや仕込みまで自分でやりたいものだ。

 憧れたまま終わっていく方がいいものなんて、世の中に星の数ほどある。そのうち一つは、愛するものを食材として迎えること。星にしてしまったとしても、手にしてはいけない幸せもあるものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る