殊更に、朱

 ノコギリというのは、肌を切ろうが、どうにも、むにり、と滑ってしまって切りづらい。切ると言うよりは雑に引っ掛けたような跡になる。

 カッター、しかも数秒前にパチンと刃を折ったのなんかは、スーッと朱を引くように線が弾ける。まっすぐで引っ掛かりのない傷跡に見惚れていると、雨垂れのような赤が肌につくつくとできあがっていく。カッターならばこのくらいの塩梅が良い。腕や肩の曲線を伝うようなのは、見ていて忙しなく、情けないものだ。衣服、それも白いものに付けば最後、うっとりするような赤がマホガニーに早変わりだ。生ける証はたちまち錆びついた汚れになる。

 私が殊更に好いているのは火傷である。痛みを感じてる間に懺悔や自責を済ませられる点も良い。線を描くのは、どうにも素早くて、青臭い焦燥感がある。

 最初のうちは、反射で手を離してしまうだろうから少しずつ慣れていくのが良い。スプーンの先、8ミリほどをライターで炙る。一秒にも満たなくて良い。すぐに当てるべきところに押し当てる(きっと身体がすぐ離してしまうだろう)。炙る時間と推し当てる時間を少しずつ長くしていけば、すぐに"それ"が出来上がるだろう。

 きっと君はそれを見るたびに反省し、懺悔し、自戒の念を抱くことだろう。


 君は君を許せるか?

 私はまだ、一度も私を許せたことがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る