第36話「光の結晶」

 天術使は皆体の一部に印がある。レインが右眼に “ 破壊紋 ” を持つように、彼女らは額に “ 光明紋 ” を――。


「 “ 光の天術使 ” ……!!!」


「――旧体制派も興が乗ってきたようだネ。サ、外が鎮まる前に終えてしまうヨ」


「……まるで敵襲もアンタの計画通りって感じじゃあねえか」


「――フッ」


「アンタ、一体何考えてんだ……?!」


「答える義理は無いヨ」


「……へっ、そうかよ。まあいい、アンタが黒幕だって事だけはハッキリしたぜ。何企んでるのかは知らねえが――アンタの計画、ぶっ壊してやんよ……!!!」


「『ぶっ壊す』、ネ……既に計画は狂わされたヨ。誤算は二つ。一つ目は『オルビアナ・キルパレス』の存在――予定外の来客だヨ。ドラコーンではどさくさに紛れて光線ちょっかいを掛けたケド躱されてしまったネ」


「オルビアナ……?! そういや交信した時、オルビアナは何かが引っ掛かっている様だった……」


「我々は天性を隠せない。ワタシの光に異常な天性を視出した時、既に彼の中に選択肢を生んでしまっていたのかもしれないネ……『 “ 天術使 ” がいる』という――案の定 “ 神眼 ” に融為天異魔修磨路を視破られ、ワタシたちは分断させられてしまった。こうなるのなら、やはり無理矢理にでも消しておくべきだったヨ」


 チャオは心底不服そうであった。


「――そして二つ目はキミと竜王サマが “ 契約 ” を結んだコト。キミが実質無制限の魔力供給を手に入れてしまったコトは、シャオとの分断も相まって痛手だネ……」


「降りるなら今のうちだぜ」


「フッ! 降りないサ、ソレでもワタシは勝つつもりでいるからネ――キミのこれまでの活躍については、協会伝いに聞いてるヨ。 “ 砂 ” のパラナペス家、 “ 樹 ” と “ 地 ” の天術使……そのどれもが触覚で感じられる、壊せるイメージが湧くものだ。ケド―― “ 光 ” は壊せるかネ?」


「……!」


「 “ 理解 ” ――いや、キミの場合は “ 理壊 ” とでも言おうか。天術の強みは『純天性製故の魔法に対する性質有利』、『司る概念に対し魔法陣の構築等魔学的観念を要さない為の術式展開の速さと、扱える技の自由度の高さ』、そして『与えられた概念を起点に出来ると理解した事は全て実現可能と言う不条理さ』……3つ目を発揮するに当たって、キミは対象を “ 破壊できるもの ” と確かに認識する必要が有るだろう? 改めて問うヨ――地を照らし、夜を晴らす……そんな “ 光 ” を、キミは壊せるかい?」


「……それが出来るなら、朝は来てねえよ」


「ハッハッハッ! 夜行性かネ?」


「どちらかと言えば、夜の方が好きかもな……良いんだ、今までもそうだった。壊せねえ相手を、闘いながら理解していく――それが俺のり方だ!!!」


「……宜し、では行くヨ――」


 言葉が途切れた後、空虚の音が届く頃にはチャオはレインの懐に入っていた――。


「――!!! はええ――?!」


「――キミが相手しているのは “ 光 ” ヨ?」


 防御さえ間に合わず、亜光速の打撃をもろに腹部に加えられる。その衝撃は青年を天井まで吹き飛ばし――。


「――逃がさないヨ」


 振り下ろされた脚部は瞬きのままに敵を床に墜落させる。


「――ぐおっ?!」


 チャオを追うよりまずは自身の座標を捉え続ける事に転じたレインは、相手の動きがどうであれ自身が蹴り落とされたという事実のみを認識し受身を取る。


「――くっ……!!! よっ、ほっ……ふー、危ねえ……!」


「油断しすぎネ」


(?!?! ……う、動けねえ――)


 レインを縛るものは何も無い――だと言うのに、身体は四方八方より押さえ付けられているかの如く身動きを許さない。


(――そうか、光か……?!)


 レインの考えた通り、彼を留めるのは辺りを満たす明かりだ。 “ 光 ” を司るチャオは色覚からその概念を拡大解釈し、空間に満ちた白色の物体として使役。


「眼球に接着した光も固形――そのまま目を潰そうかネ」


(クソッ、滅茶苦茶だ――でも!)


 レインは体内で魔力を回し周囲の空間を破壊。過剰な罅割れは光を思いもよらぬ方向へ屈折させ――。


「何?!」


「よし、何とか回避は出来たぜ……」


「元気だネ。やはり竜王サマとの “ 契約 ” の有無は大きい……」


「だな。国中から魔力が消えただなんて嘘みたいに快適なもんだぜ……てか聞いてなかったけど、そういうアンタらもなんだろ?」


「ご名答。ワタシ、そしてシャオも契約を結んでいる。キミのお友達らは無事かネ」


「!」


「ケドまあ今は、自分のコトに集中した方が良いヨ。完成した融為魔修磨路を1とするなら、ワタシ独りでも7割は出せるくらい鍛錬したからネ――」


 普遍の摂理では余りにも不自然な瞬間移動、亜光速の天術使は敵の背後へ回り込み首へ手刀を繰り出す――。


「――?!」


 その手は青年の首に触れる直前、空間の罅割れに巻き込まれ表面を砕かれる――。


「痛ッ……?!」


「! 危ねえ、気付かなかった……!」


 当のレインが敵の存在に気付いたのは、自らの術式が彼女を負傷させた後であった。反射的に距離を取るチャオがまずした事は、差し出した己の手が原型を留めているかの確認であった。


(……フンッ!)


 僅かに赤く飛沫しぶく手を軽く振り、呼吸を整える。


「自動発動か……」


「 “ 破点マイン・ド・ブレーク ” ――衝撃に反応して時差で発動する破壊だ。それを纏わせれば死角からの攻撃も対応出来ると思ってな」


「成程、かなり魔法の神髄に近付いているネ……厄介だ――」


 徒手空拳の構え、踏み込み、助走、亜光速の加速――。


「フンッ!!!」


「速え――が!」


 目にも映らぬ速さで繰り出される一挙手一投足に、レインは徐々に拍子を合わせていく。


「何故だ……コッチは仮にも “ 光 ” ヨ……?!」


「ク――オラァ!!!」


 そして遂に青年の拳が敵の腹部にめり込まれる。


「……ウグッ?!」


 斜め上へと吹き飛ばされたチャオであったが、刹那の混乱を振り払い瞬きと共にレインの背後遠くへ復帰した。


「ハア、ハア……!!!」


「悪いな。俺の仲間はもっと速かった――」


――『時間と関わりなく――光より早く―― “ 電極ボルテックス ” !!!』


 思い出すのは光速を得た雷神の姿――チャオに重ねた彼の姿は、いつも彼女の僅か先を進んでいた。


「こんなんで終わらねえだろ?」


「フゥー、フー……フッ、言ってくれるネ――」


 ――瞬間、視界は暗転。部屋の明かりのみならず、雨雲の向こうよりきたる朧気な月光までも奪い去り――。


「!」


「キミが今まで出会ってきた天術使はこんな技使わなかっただろう? 概念の “ 発生 ” の真逆、 “ 消滅 ” ――天術使は概念を司る。それ即ち、生み出し、操るだけでなく、既にあるものを奪い去る事も可能ネ――」


 雨粒の弾ける音だけが感覚を刺激する暗闇――そこに生まれた一点の瞬き、撃ち出される閃き――それは見えたかと思えばその瞬間には柱の如く空間に停滞し、それを視認した刹那には消え去る。


「!!! ……ぐあっ!!!」


 脇腹に掠る熱線――それを起点に一方的な蹂躙が始まるかと思われたが、 “ 秘覚 ” をもってすれば暗闇であれど敵の場所は明確。これはまだ逆境では無い――。


「そこか―― “ 砲壊ブレカノン ” !!!」


 暗闇へ放つ罅の砲撃。


「――!!! 痛ッ……!!!」


 チャオはそれを受けた後、初めて敵が攻撃を向かわせた事に気付く。


「……! そうか、 “ 秘覚 ” ……!!!」


「まだだ…… “ 壊段ブレーク・ダンズ ” ―― “ 壊速急行ブレーク・ファスト ” !!!」


 足の裏に罅で着地点を作り、それを繰り返す事で空を階段状に登りゆく。そこに乗算される破壊を推進力とした加速術式――チャオは罅割れる音と足音を察知し出鱈目に逃げるが、レインもまたそれを高速で追いかける。


「捉えた―― “ 破拳ダスト・ボックス ” !!!」


 全てを終えるつもりで放った渾身の一撃は敵の腹部を突き、不意打ちに混濁するチャオは受け身も回避も取れぬまま壁へ打ち付けられる。


「グハッ……!!!!」


「光を出し入れ出来てもよォ、結局アンタだって光が無けりゃ何も視えねえ訳だろ?」


「……クッ!!!」


「アンタも秘覚で俺を狙ったようだが、さっきので解った。俺ほど正確じゃねえ……!」


 暗闇の中を向かい来る青年の足音。


(本当に不味い……やられる……!!!)


 チャオは負けを超え、死すら悟る。相手は忌むべき “ 最恐破壊の天術 ” を司るのだから――。


(想定外だが……使うしか……!)


 チャオは満洲服ドレスを探った。最後の頼りを巡って――。


「……? 何だ……?!」


 僅かに衣類の擦れる音、そして軽い瓶の転がる音、どこかで覚えのある匂い――その末に秘覚に訴えかける、圧倒的に増幅する魔力量の上限――。


「!!! 魔力の底が上がった……?! アンタ、一体何を――」


「……認めるヨ。キミはワタシ独りよりは強い――」


 次の瞬間、視界を満たす黒は白へと変わる――その全てはチャオの放つ輝きであった。辺りから撃ち出される光線、そして彼女自身も限り無く光へ近付いた速度で敵を討つ。


「グハッ……やべえぞ、追いつけねえ……!!!」


 そこからは一瞬の出来事であった。不意に背よりきたる光線は青年の腹を貫き――再びもたらされた暗闇で六感に訴えかけるのは、彼の肉体が焦げる香り――次に一人が虚しく倒れる音――そして足元に伝わる赤黒の波――。


「ゆっくり眠ると良いヨ、レイン・ロズハーツ――」



***



 レインの力尽きる少し前、竜宮城下層階大広間。同じく “ 光の天術 ” を統べるシャオ・メイチャンであったが亜光速の利は無い――。


(全て視切られる……アノ “ 眼 ” に……!!!)


 オルビアナの神眼は相手の肉体や魔修磨路の動きを視る。故に如何に速さで圧倒する相手でも、 “ 起こり ” と “ 向き ” さえ視抜ければ対応可能。


(厄介なのは神眼だけじゃない……あのコも……!)


 ソフィアはシャオを目で追えないなりに、彼女が光から解け視認できた瞬間にその場を結晶で狙撃。シャオは移動中しか光に融け続ける事が出来ず、また思考の整理には一定時間の実体化を要する。それをする為に出鱈目に距離を取って実体化すれば魔修磨路を追う事の出来るオルビアナが的確に狙撃、しかし肉弾戦に持ち込む為に長い事実体化していれば結晶の弾丸が撃ち込まれる――。


「やっぱり――ひとりでは本領発揮出来ないんだわ……!」


「無理やり引き離して正解だね! でも、このままじゃ先に限界が来るのは……!」


 竜王が出産態勢に入った事で新規の魔力供給は不可能に等しい。魔力を作り出す世界樹産のオルトロスを持つオルビアナは別として、今ある貯蓄魔力を切り崩していくしかないソフィアには限度がある。


「限界を怖がってるんじゃ勝ち目は無い――出し惜しみはしないわ、短期決戦を狙うわよ!」


「解った……!!!」


(魔力切れを恐がっていない……ワタシには竜王サマとの “ 契約 ” があるというのに――今追い詰められているのは、ワタシの方ネ……!)


  “ 融為魔修磨路 ” ――ベルクサンドリア・ギルドのベルクサンドリア・シスターズも該当する、二人で一つを共有する魔修磨路。揃えばその力は単なる1+1を超えるが、代償に片割れのみでは半人以下の実力しか発揮出来ない。そんな概念は、天術使特有の魔修磨路―― “ 天異魔修磨路 ” にも存在する。


「――そこだ!」


「グアッ!!!」

(ハア、ハア……ワタシは……弱い……――)


  “ 融為天異魔修磨路 ” の前例は片手の指で数えられる程度しか確認されていない。とは言えその特性は融為魔修磨路と同様、一人では概念を司るに十分な土台は用意されない。


(……ワタシはお姉チャンほど優秀じゃないから “ 光 ” を理解し切れていない、 “ 光 ” に成りきる事も、 “ 光 ” を消すことも出来ない――)


 半ば諦めながらも、シャオは両手を広げ6つの光源を生み出す。


(――それでも……!)


 そこから撃ち出される光線――しかし光速には程遠く、常人にも視認出来る寸前の速度できたる。


「ソフィア!」


「大丈夫、これなら……!」


  “ 晶壁ピース・ピース ” ――接線より速く現れる結晶の壁、光は明かりへと解かされる。


「――ッ!!!」


 片翼の天使は羽をもがれた心持ちであった。


「ゴメンネ……お姉チャン……」


 その時であった――街一体が暗転。月も星も見えない黒の世界。それはレインを狩るに当たってチャオが生み出した景色であった。


(! コレは、お姉チャンの――!!! 魔力の底が引っ張り上げられる感覚……まさかお姉チャン、もうアレを……?!)


「?! 何も見えない――?! ハア、ハア……それにしても、やっぱり魔力の回復が出来ないのは厳しいわ……!」


 その時、暗闇より無数の光線が生まれては飛び交い始める。


「きゃあっ!!!」


「ソフィア!!!」


「く、暗闇なら……ワタシにも……!!!」


  “ 光 ” を理解し切っていないシャオにとって、明るい世界を灯すのは白紙に白の絵の具を用いて描くも同義――つまり見える世界により強い瞬きを生み出し武器とするのは、シャオにとっては容易ではなかった。しかし――。


「さっきとは比べ物にならない威力と速さ……!!!」


 黒に白を塗り重ねるのは簡単な事である。暗闇でこそ、シャオは神へと近付く――。


(そうだ……お姉チャンを助けるんだ……!!! ワタシは……ワタシの役目を――)


「――そこ」


 ――己の繰り出した光線の煌めきに映ったのは、向かい来る一矢であった。それはシャオの肩を貫き――。


「クッ――!!!」


「! オルビアナ……!」


「暗闇でも魔力は視える……何よりも光る天異魔修磨路なら尚更――」


「 “ 神眼の ” ……!!! やはりキミは――!!」


 シャオは感情に任せ光を放つ。しかしそれは先の怒涛の閃光より目に見えて格が落ちていた。


(――?! 周りが明るい、いつの間に?!)


 亜光速へ逆戻りした一閃は歪な翠色の盾に堰き止められる。シャオが見下ろせば、そこには散りばめられた光の結晶の数々があった。


「あんたの光を私の結晶に閉じ込めたのよ……やっぱり、明るい場所だと威力が落ちるみたいね……!」


「――!!!」

(そうか、お姉チャンの奪った “ 光 ” は『自分以外のもの』だけ……! お姉チャンの、つまり天異魔修磨路を共有するワタシの光も消せない……!!!)


 神の閃きを内包した翠色の宝石。漏れ出す威光は結晶の歪な表面を介して乱反射し、その瞬きをもって敵を闇から掬い出す。


「もう、魔力切れが近いわ……私の最後の一撃……喰らいなさい――!!!」


 これで決着と目一杯の魔力を大杖の先に込める。結晶の根源に呼応し光を放った杖先の翠玉、しかし既存の細い亀裂が今になって更に激しく走り出し――。


「?! つ、杖が――?!」


 元よりありふれた杖、規格に見合わぬ酷使に耐えかねたのかそれは爆ぜゆき――。


「?! くっ……オルビアナ――!!!」


「――後は任せて、ソフィア!!! ――穿て……!」


 渾身の矢は闇に煌めく天使を捉え――。


「ア……お姉、チャン……――」


 強かな斬撃音の後、軽い体重の墜落する音と辺りに舞う埃の匂い。


「勝った――片割れだけど、天術使に……!!!」


「うん……僕たちの勝ちだ……!」


 一矢に報われ神は墜ちる。その表情に浮かぶのは遺憾のようで、しかしどこか安堵にも似ていた。


「はあ、はあ……ごめんオルビアナ、私……もう、魔力が……」


「ソフィア!!! ――そうだ、オルトロスこれを持って! 少しは魔力を回復できるはず……!」


「あ、ありがとうオルビアナ……レインは無事かしら……」


「そうだね……行かなきゃ……!」


 残す光はあと一つ。光の結晶に囲まれながら、若き騎士らは天井を見上げる。この瞬間、仲間は敗北を喫している事さえ知らずに――。

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