第35話「光の雨が降る夜に」

~翠歴1424年9月16日~



 竜群都市ドラグーンった竜王マーロン・ラストワンら本隊は、途中計19師団と合流しつつ会敵無しに目的地 “ 旧竜王都マンドラ ” へ辿り着いた。


「オルビアナ、ソフィア!」


「レイン!」


「お互い無事で何よりね」


「ああ! ……ん? ソフィア、その杖……」


「?」


 何気なく目に付いたソフィアの大杖。その先端にある翠色の宝玉には、いつの間にか糸のような亀裂が走っていた。


「! ――気が付かなかった……」


 一欠片の不安――しかし今は晴天に隠して見ない振りをした。


「レイン様、よくぞご無事で……」


「竜王様! 約束通り、生きて会えたな!」


「ドラグーンの民とあなた方ロズの騎士達のおかげです、感謝致します」


「おう! チャオもシャオも久しぶりだな!」


「ヤ、ご苦労だったヨ」


「ひ、久しぶりネ……!」


 メイチャン姉妹は相変わらず暖帽マハラから垂らした布で顔を覆っているが、その面持ちが街に居た頃より更に摯実なものである事は雰囲気から容易に伺えた。


「サ、竜王サマはすぐに出産態勢に入るヨ。皆、配置に付くネ」


「「「はっ!!!」」」


「おう!」


 一行が向かったのは街の中央にそびえ立つ旧竜宮城。20年もの間管理無く天の為すがままに雨の酸を受け止め続けても尚、その外観は荘厳さを欠かさない。


「新しい王を迎える場所だ、座標と言いココより相応しい場所は無いネ」


 兵士らの支える駕籠かごに乗り、竜王は最上階にある広漠な竜王の間に伏せる。


(……)


 朽ちて尚、その場所は亡き親友ともを思い出させ――寂しげな風穴から注ぐ光を浴びながら、マーロンは目を閉じた。直後、肉体が柔い輝きに包まれたかと思えば周囲から淡い光の粒を集め始める。


「始まったのか……?」


「アア、無事出産態勢に入ったヨ。ココから一週間かけて竜王サマは子を産む。直にこの街から魔力が消え、次に国の魔力を枯らす……勝負は我々が魔力を失った後。普段潤沢に漂う魔力が失われた中で奇襲されれば、互いの命はあまりに短い――ココからが本番ヨ、覚悟しとくネ」


 そうチャオは言い捨てると、次にオルビアナとソフィアの元へ歩み寄る。


「ドラコーンでの活躍はよく聞いたヨ、謝謝――その実力を見込んで、キミたちには前線部隊への合流を頼みたい。襲撃があった時、真っ先にそれを受け止める外壁だ。精鋭にしか務まらない……引き受けてくれるかネ?」


「はい! 任せてください!」


「やけに素直じゃない大臣。良いわよ、引き受けてあげる」


「始めは素人と決めつけていたケド……功績からして認めざるを得ないネ、キミたちは “ A級ギルダー ” の称号にたがわない強者ツワモノだ。最後まで宜しく頼むヨ、同胞――」


 二人の肩を優しく叩いたチャオは眠る竜王へと向き直り――。


「花でも摘んでくるヨ」


 そう言い残すとひとり竜王の間を後にし何処かへと降りて行った。その後オルビアナとソフィアは指示通り街の外へ。彼らを外周まで送り届けたレインは城へと帰る道中、気まぐれにマンドラの街を歩いていた。巨大な何かに踏みつけられたかのように、無惨に崩された廃墟の並――しばらく歩き回っていると、遠くに独りのヒトを見つける。


「? あれは……チャオか?」


 道の端にしゃがみ込み、瓦礫へと合掌するチャオ。その顔を隠す布は無く――。


「――ココはキミの配置じゃ無いはずヨ」


「! 気付いてたのか」


 歩み寄るレインにその表情を視認される前にチャオは改めて顔を布で覆う。そんな彼女の祈る先には可憐な花が手向けられていた。


「それは……」


「母への贈り物ヨ。ココで死んだ、ネ――」


 チャオはレインの方を見る事も無く、淡々と語り続ける。


「8日後の竜王サマの出産予定日――実はソノ日はワが母の命日、つまり20年前連邦が旧体制派に敗れコノ街を追われた日ネ。流石に縁起が悪いから黙っていたケド」


「! そう、だったのか……」


「複雑ヨ、王の誕辰と母の忌日が被るなんて……ケドきっと竜王サマも同じ気持ちネ、竜王サマとお母サンは家族同然だったから……」


「チャオ……」


 レインはそれ以上言及する事はせず、静かにチャオの隣でしゃがんだ。


「!」


 チャオが彼を見れば、自身と同じ場所へ向かい手を合わせていた。


「……良い人なんだネ、キミは」


 聞こえなくても構わないと思いながら小さく呟いた後、二人はしばらくの間共に亡きヒト種の英雄へと祈りを捧げた。


「予報だといずれ雨が降る。20年前、マンドラからドラグーンへ移る時も降っていた――敗走を嘲笑うような、痛々しい雨がネ」


「なら今回は、祝福の雨にしよう」


「ン――フフッ、ハッハッハ……!!!  “ 破壊 ” なんて物騒なものを司るにしてはやけにロマンチックな男なんだネ、キミは……アア、でもキミの言う通りだヨ。祝うべき日にしようじゃあないか、レイン・ロズハーツ――」


「おう!」


 チャオの突き出した袖に覆われる拳へ、レインは軽く小突いて応える。そうして二人が参拝を終え竜宮城へと戻った後、日は瞬く間に地平線へと沈んでいった。レインとメイチャン姉妹は計画通り竜王の側で待機。軍は常に張り詰めた空気を吸い続けるが、幾つ日を超えても平穏が脅かされる事は無く――6日後、チャオの言った通りこの街には雨が降った。この勢いだ、きっと明日まで続くだろう……しかしこんなものは取るに足らない日常の一幕だ。天気を特筆するしか無い程に、それ以外は何も起こらず――。



~翠歴1424年9月23日~



「う……!」


「竜王様!!!」


 迎えた出産予定日前日の夜。事は順調に進んだようで、マーロンは最後の痛みに耐え始める。その瞬間、レインは自身の手元に淡い煌めきを感じた。


「これは――」


 指貫ゆびぬきグローブの密着を越え、微かに漏れ出す赤い光。取り去って素手の甲を見れば、竜王との契約の証たる “ 竜王紋 ” が真紅に瞬いていた。


――『その刻印は私の命に呼応して光るようになっています――』


「――竜王様……?!」


「慌てるなネ、それを光らせているのは陣痛のせいヨ」


「大丈夫なのか……?」


「……心配させてしまって、申し訳ございません……終わるまで眩しいかと思いますが……大丈夫、ですから……」


「竜王様……」


 想定通りまだ降り続ける雨は、屋根の風穴を塞いだシートを強く打ち付けている。呻き声と雨音が重なり合う事数刻、日はとうに跨ぎ予定日9月24日の午前3時を迎えていた。


「うあああ!!!」


「もうすぐなんだな……! 頑張れ、竜王様……!!!」


「そう、もうすぐネ……もうすぐに――」


 その様子を固唾を飲んで見守るレインに対し、チャオはどこか淡白な印象。シャオも穏やかでは無いものの、言葉を掛けることはせずチャオと共に竜王とレインから距離を取っている。


「おい!!! アンタらも竜王様の傍に――」


 ――その瞬間、外で爆音が鳴り響く。それを皮切りに始まる兵器の爆ぜる音、竜の雄叫び、悲鳴、それらは豪雨さえ掻き消す轟きと成り――。


「!!! こんな時に奇襲かよ……?!」


 景色を阻む壁があろうとも、反射的に音のなる方向へ目を向けるレイン――仲間たちの援護に向かいたいが、敵の標的である竜王の元を動く訳にもいかない。その葛藤が、床に付けた掌を震わせる。


「どうする……俺は、ここで……なあチャオ!!! ……?」


 共に竜王の間を護る味方の方向へ振り向くも、そこにあるはずの人影は無い。


「……チャオ、シャオ……?」


 刹那、右方向に強い発光――。


「?!」


 咄嗟に空間を罅割り壁を作って防ぐ。しかし光線は脆い盾を容易に貫き、青年を向こうへと吹き飛ばす――。


「ぐはっ――?!」


 曖昧な視界に捉えたのは、手を繋ぐヒトの双子――。


「アンタら、まさか……?!」


「「新たなる王の誕生の為……キミには消えてもらうヨ――」」


 再び手を伸ばし、光源を蓄え始める姉妹――しかし突如部屋に空いた風穴より矢が舞い込み、彼女らの攻撃を食い止める。


「「……クッ――!!!」」


 どこからともなく降り注ぐ狙撃は休息を覚えさせず――姉妹が巧みに防御を続ける内に、二人のヒトが竜王の間へと駆け込んで来た。


「そこまでだ、二人共!!!」


「「やはりキミか、オルビアナ・キルパレス……!!!」」


「オルビアナ!」


「レイン! 怪我は無い?!」


「あ、ああ! ソフィアも、どうなってんだ?!」


「話は後! 今はあの大臣、頼んだわよ!」


 オルビアナは照準をシャオ一点に絞り、執拗にチャオから引き離す事を試みる。怯える妹の手を掴み先導する姉。しかしその繋ぎ目を狙った結晶の弾丸に思わず手を離してしまい――。


「! シャオ!!!」


「お、お姉チャン!!!」


「今しかない……!」


 その隙に駆け出したソフィアはシャオを抱き抱えると、そのまま床に空いた穴から下の階層へと落ちてゆく。


「……あれ――お、思ったより穴が続いてる!!!」


「おおお、お姉チャン、助けてェェェ!!!!」


「ソフィア!!! ……ぼ、僕も!!!」


 降りゆく三人の悲鳴は最上階からは段々小さくなり……遠くで布に受け止められる音が幾つか続いた後、彼らは凪いだ。下層階の主要な部屋に雨避け目的で穴に掛けられていた布が、複数層に掛けて受け止めてくれたのだ。


「チッ! やはり消しとくべきだったヨ、オルビアナ・キルパレス……!」


「そんで、アンタは一体……?!」


 レインの言葉を受けたチャオは自らの顔に掛かった布を取り去り――。


「……そうネ、コチラも明かすのが “ 作法 ” ……ワタシは――」


「?! その印……そうか、それを隠す為だったのか……!!!」


 そしてシャオは下層階に墜落した衝撃で顔を覆う布が破け――。


「痛たた……わわわ、破けちゃってるヨ!」


「……オルビアナの言った通りね」


 彼女らと対峙する青年たちは、その額に共通した金色こんじきの紋様を見た。


「……敵襲に遭ってすぐ、たまたま神眼のまま竜宮城の方を振り返ったから気付けたんだ…… “ 融為天異魔修磨路とけたあまいましゅまろ ” に――」


「そ、そうだヨ……ワタシは……いや、ワタシは――」


 姉妹が各々敵を睨むと同時に、額の煌めきは一層強く輝く――。


「「―― “ 光の天術使 ” 」」


 雨の夜に明かされた瞬きは激しく、怪しく――真の敵は神をまやかす竜にあらず、うつつの神たる天術使。彼女らの指す “ 新たなる王 ” とは、一体――。

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