第34話「怒弓」

 オルビアナ・キルパレスの扱う大弓、 “ 〈怒弓どきゅう〉オルトロス ” ――それは不可侵の聖物 “ 東の世界樹オリエンタル・ツリー ” の生きた幹の一部を特別に削り出して作られた一点物。


(僕が隊長に任命されたあの日、副団長から譲り受けたこの弓――)


――『オルビアナ。就任祝いだ、受け取れ』


――『あ、ありがとうございます! これは……』


――『かつての知り合いが作った物でな。共通の友人伝いに受け取ったのだが、貴様も知っての通り俺の専門は剣術だ。とは言え、せっかくの業物に埃を被せるのは武術使として心が痛む……貴様なら適任だろう。弓術使としても、神眼術使としてもな』


――『……解りました。期待に応えられるよう、頑張ります!』


――『全く、アイツもどうせ寄越すなら剣をくれれば……と思ったが、オリエンタル・ツリー産の剣は既に “ メイオウ ” があるからな。それが完成した今、後継機は創りたくなかったのだろう……まあ、それはいい。横流しという形ですまないが、一流の術使が作った確かな名弓だ。俺のエゴだが、大切に使ってやってくれ――』


(――今なら解る。神眼術使の僕が適任だと言ってくれた理由が――)


  “ 世界樹 ” とは『術式を使う事無く、純粋な生理機能として魔力を生成する事の出来る』二種族の一角。魔力は全ての根源、当然それを産み出す者は神に等しく――その断片を朽ちさせる事無く、機能を保持したまま加工された物がオルトロス。微量ながら生成される魔力は空気を介さず術使の魔修磨路へと直接注がれ、放たれる一撃には世界樹の天性が上乗せされる――。


(神眼の天性にオルトロスの天性が加われば、竜種の天性を上回るはず……!)


 悪魔の持つ “ 悪性 ” を例外とし、複数の術式が衝突する時『魔力量が天地ほどかけ離れていない限りは、天性の高い方が打ち勝つ』というのが摂理。単純に竜に矢を当てるだけならば、敵の死角を掻い潜れば良い。しかし天性で彼らを超えられるなら――敢えて向こうの術式に衝突させる事で、敵の魔法を消滅させた上に一撃を加える事が可能。


「マーロンの下僕共……真の竜の畏れを知るといい!!!」


 敵軍の先頭に立つ巨竜は咆哮する口の奥に魔法陣を覗かせると、一帯を焼き尽くす大規模火球を放出。


「総員、迎撃態勢!!!」


「――僕に任せて、皆さん前進して下さい!!!」


「「「?!?!」」」


「オルビアナ?!」


「行くよオルトロス――」


 神眼代わりのスコープを左目に当て、今持てる全ての力を込めた矢を放つ――それが放つ曖昧な煌めきと確かな聖気は、竜たちを本能的に前進させた。


「――行くぞ……! 進め、第一班!!!」


「「「うおおお!!!!」」」


「なんだ奴ら、火球に向かって来るぞ?!」


「自暴自棄か?」


「……! いや、違う……!」


 特大の火球に隠され敵は接近に気付けなかった――その攻撃へと向かい来る神の気を放つたった一本の矢に。


「穿て――」


 オルビアナの確信そのままに――矢は飛び込んだ炎の星を渦巻かせたのち空へと解かし、勢いを殺す事無く術者へと向かい行く。


「!!! グオオアア?!?!」


 火をもって闘いの火蓋を切った巨竜は、聖なる矢に貫かれて倒れた。


「?! 何だ今のは――まずい、奴らすぐそこまで……!!!」


「あの人間やるな……!!! よし、前衛部隊、このまま突っ込むぞ!!! 連邦軍の底力を見せてやれ!!!」


「後衛部隊、撃ち方始め!!! 前衛を援護しつつ、後方の敵も牽制しろ!!!」


「ソフィア、僕たちも!」


「ええ! お願いね、兵士さんたち!」


「おう!」


「乗りな!」


 二人はそれぞれ翼竜兵へ騎乗し空からの支援を試みる。オルビアナの一矢を皮切りに触発した前線は連邦軍の優勢で進行。野に蔓延る有象無象では成し得ない、軍ならではの連携の取れた戦術をもってすれば同じ竜対竜と言えど格は不平等。ただ物量作戦で流れ込んで来る敵に対し、こちらは後方に兵器部隊を配置する事で戦況を一方的に掻き乱す。数では圧倒的に不利を取ったが、幾つもの知恵がその差を無きものとしているのだ。特筆すべき功労者は緊急で加わったヒトの子ら――その恩恵を兵士たちは十分に感じていた。


「死角からの攻撃も当たる前に矢が消してくれる……なんて洞察力だ、あの人間」


「おかげで目の前の相手に集中できる、助かるぜ人間!!!」


「いや、すげえのは金髪の兄ちゃんだけじゃあねえ。あの銀髪の姉ちゃんも中々やってくれるぜ……!」


 ――空を舞い放たれるエメラルドの砲弾。そして地より召される破片の集合は時に敵の懐を突き、時に盾となる――。


「ソフィア!!! 凄いよ、本当に……!!!」


「あんた程じゃないけどね!!!」


 竜の背を借り縦横無尽に翔けるヒトたち――しかし流石にそれを見過ごす程敵も甘くは無い。


「もっと上だ!!! 奴らを狩れ!!!」


「クソッ! やはり人間は竜の敵だ!!!」


 群れが一斉に上空を睨んだその隙に、地上の兵士らは畳み掛ける。


「その “ 竜 ” に命を懸けてくれたのだ、彼らはァ!!!」


「「「グアアア!!!!」」」


 オルビアナらの滞空する遥か上空へ飛び立たんとする者がいれば、軍は進んでそれを撃ち落とす。こうして空のヒトと地の竜とが手を取り合う内に、軍は敵の半数以上を伏せ終えていた。


「よし、このまま行けば……!」


 しかし事は一辺倒には終わらない――。


「――ウッ?!」


「!!!」


 敵の放った一筋の光線――それはオルビアナを乗せた翼竜兵を貫き、彼らを地へと落とす。


「すま……な……」


「!!! うわあああ?!?!」


 地までの余白を辿る途中、オルビアナは被弾の瞬間を思い出していた。


(あれは恐らく僕を狙っていた――)


 その直前に自分を乗せた彼が急旋回を試みたからこそ、着弾点が移ってしまったのだろう――。


「オルビアナ!!!」


「まずい!!! 彼らを救え!!!」


 地上付近を滞空していた別の兵士らが翔け付けてくれたおかげで事なきを得たふたり。


「! 無事ですか!!!」


「あ、ああ……翼に一箇所穴を空けられただけだ、すぐに治る……」


「すみません、僕のせいで……」


「何言ってるんだ……敵の攻撃だぜ? 味方アンタに非がある訳ねえだろ、これが戦場ってもんだ……」


「しかし……」


「アンタは空で十二分な働きを見せてくれた……竜一体ひとり怪我したくらいじゃとても返しきれない借りさ、感謝してるぜ……!」


 その熱い眼差しは、不本意にも異国間に生まれる心の距離さえ溶かしてくれるようで――。


「まだです……まだ、働きます!!!」


 オルビアナはその想いを纏い、改めて地に立った。


(こうなったら、言いつけを守っている場合じゃない!)


 東よりきたる敵軍に向かい、オルビアナは右眼を覚醒させる――。


「! おい、あの人間……!」


「神の眼……!!! 真の神たる俺たちに対する冒涜だぜ、こいつは!!!」


「「「グオオオ!!!!」」」


 旧体制派の者たちはヒトが神と成る瞬間を目の当たりにし、一層血を沸き立たせる。


「怯むな!!! 神眼術使殿を援護しろ!!!」


「「「うおおお!!!」」」


 竜対竜の抗戦は神の命を巡る攻防戦となり――しかして渦中のオルビアナは怯む事無く、敵陣へと走り出す。


(さっきの光線――威力といい天性の高さといい、他の竜たちとは格が違う……!)


 剣を取り、レインとの組手で磨いた接近戦術で雑兵を薙ぎ倒しつつ眼を働かせる。


「――!!!」


 竜種特有の煌めく魔修磨路を掻い潜り――奥に色濃く輝く糸を巡らせる者を視た。


(光属性――強い天性に高い魔力……アレか……?!)

「奥の黄金色の巨竜が別格です!!! きっと彼が親玉……討ちに行きます!!!」


「「「了解!!!」」」


「――まずい、連邦軍が奥に!!!」


「シイさんに辿り着く前に止めろ!!!!」


「「「グ、グオオオ!!!!!!」」」


(! 何だ、敵が焦り始めた……?!)


 異様に動揺し始める竜共。その焦りは隙を生み、思惑とは裏腹に自らを弱体化させた。ヒトを中心に快進撃を繰り広げる連邦軍に、親玉はより積極的に仕掛ける。


「来ルナ――」


 大きく開かれた口の奥底には、黄金に光る魔法陣が見えた。


「撃たせない!!!」


 溜めが発生しているその隙にオルビアナは一撃を構える。


「止めろ!!! シイさんの溜めは時間がかかる!!!」


 有象無象の一声を皮切りに、敵は本隊のみならずオルビアナの矢の軌道となる空虚にも多様な魔法を展開し始める。


「まずい、これじゃ……!」


 狙撃よろしく皮肉にも悪しき予感の的中率も確かなもので――流石に何重にも竜の術式が隔たれれば、神の矢さえも失速を見せる。


「――届かない……!!!」


「滅ビロ――」


 口中から漏れた光は夜を昼に変え、一閃は遍く生命を融かさんと放たれる――。


「!!! ――! ソフィア?!」


 何と光線はソフィアの展開した結晶の盾に阻まれ、夜に解かされていった。


「馬鹿ナ……ヒトノ門術如キニ……?!」


「はあ、はあ……これで魔力、使い果たしちゃったわ、よ……――」


 竜の背で眠り込むソフィア。決死の盾は活路と成り――。


「チャンスだ――行きます!!!」


 唖然とする敵軍を両脇に避け、猶予の生まれたオルビアナは竜兵へと騎乗し再び静かに弓を取る。一方奥義を閉ざされた巨竜シイ・オグンは今も尚迫り来る敵を目前に、もはや溜めなどせず微かな閃光を連発する事しか叶わなかった。


「グオオ、来ルナ……!!!」


「……そこ――」


 動じるシイに強かな一撃――それは確かに親玉を貫き、その小さな一矢をもって闘争は急速に終わりへ向かう。


「グ!!! グオオ……――」


「……強かった。でもさっき空で僕たちが狙われた攻撃の方が、ずっと正確で強かった……」


「あああ……シイさんが――主砲がやられちゃ勝ち目が無え!!!」


「逃がすな、全員まとめて殲滅だ!!!」


「うおおおおお!!!!」


 背を見せ狼狽える旧体制派らを連邦軍は瞬く間に薙ぎ倒す。こうして幕を閉じたドラコーンの大戦は、二人のヒトの功績を大きく讃えるものとなった。


「助かった、神眼術使殿、そして結晶の門術使殿!!!」


「いえ、僕は助けられてばかりで……」


「それを言うなら私こそ、援護しか出来なかったわ」


「何を仰るか。役割分担は戦術の基本……それを十二分に果たしてくれたあんたたちは、間違いなくこの闘いの英雄だ!」


 沸き立つ第一班の中心で、はにかむオルビアナとソフィア。師団が成果を本隊へと報告した後、それが全軍へと伝わったのかすぐさま第二十班から連絡が入る。


『オルビアナ! ソフィア!』


「「レイン!」」


『良かったぜ無事で! 他のひとたちはどうだ?!』


「多少なり負傷したひとはいるけど、死者も重傷者も出ていないわ」


『良かった……! やっぱり二人がいたのがでかいんだろうなあ……流石だぜ!』


「皆のおかげよ。それよりあんたこそ、マンドラは無事なの?」


『ああ! 最初は覚悟してたけどな……いざぶつかったら、敵は予想の半分もいなかったんだ。あっという間に俺たちの勝ちだ、全く……拍子抜けも良い所だぜ』


「そう、でもそれは良い誤算だと思うわ」


『そうかもな……そうだ、魔薬と革命軍の方はどうだ?』


「一向に手がかり無しね。せっかく護衛付きで見回れる機会なのに、残念だわ……」


『そうか……ま、こうなりゃ生きてるだけで儲けもんだ。旧体制派をぶっ壊した後で、一緒に探そうぜ』


「そうね、今は闘いに集中するわ」


「うん……」


『? どうしたオルビアナ』


「……いや、何でも無い」


『そうか? ま、とりあえずお互い無事で何よりだ! でも油断はするなよ、まだまだ敵はいるだろうしな……じゃ、またマンドラでな。おやすみ!』


「うん、おやすみ!」


 この平和が永遠で無い事は、皆が悟っていた。それを悟りながら、今は束の間の休息に浸るのであった。――。



~翠歴1424年9月10日~



「りゅ、竜王サマ! 準備が整ったヨ……!」


「ありがとうございます、軍の皆様にも感謝せねば……」


「そうネ、ロズのコたちも予想以上の強さヨ」


 一夜の乱戦を収め、旧竜王都マンドラまでの経路を制圧した連邦軍。軌道の安全を確保した竜王ら本隊は、遂に目的地へ向けさとを出る。


「行くヨ。次の王が生まれる地へ――」

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