第33話「旧体制派掃討作戦」

~翠歴1424年9月3日~



 正午、オルビアナとソフィアの滞在する宿舎に一報が入る。


――『ご機嫌ヨウ、ご両人! ハルジリアでの生活は如何かネ? さて、キミたちにとっては朗報だ、よく聞きたまえヨ――レイン・ロズハーツ属する “ 軍事作戦 ” について、オルビアナ・キルパレスとソフィア・パーカライズの参加を許可するコトにした。キミたちの望んだ通り、軍と共に護衛付きで僻地へ赴ける好機だ。当然来るだろう? 既に迎えを向かわせているヨ、直に到着する頃だろうからすぐ準備を済ませるように。では――』


 受話器越しの足早な言付ことづけが途切れたと同時に外でクラクションが鳴り響く。窓を開け放ち路地を見下ろすと、見覚えのある竜人が自動魔車オートマしゃの運転席からこちらへ手を振っていた。


「どうも御二方、2日振りですね」


「こんにちは。あの……どうして急に僕らを? てっきり、今回は留守番になるかと……」


「さあ……ただチャオ様曰く、『良い役回りを見つけた』だそうで。ま、詳しい事は城に着いてから直接聞かされると思いますよ」


「『良い役回り』……?」


「何にせよ、安全に街の外を調べられるのは助かるわ。あの大臣、良いところあるわ」



***



 オルビアナとソフィアにとって二度目の竜宮城到着。門が開かれ、出迎えた兵士らの先頭に馴染みのある顔を見つける。


「「レイン!」」


「おー、二人共! 久し振りだな!」


 作戦の全貌を把握するレインは、参加の可否が未定の異邦人らへの内通を防ぐという名目で竜宮城での滞在を余儀無くされていた。不便は無かったが、やはり仲間との再開は青年にとって何より喜ばしい事である。


「これで一緒に闘えるんだね!」


「あー、それなんだが……俺と2人は、別行動なんだ」


「――ソ! 悪いネ」


「「「!!!」」」


 音も無く突如顕現したのは、くだんの計画者チャオ左大臣。


「久し振りだネ、ソフィア・パーカライズとオルビアナ・キルパレス。ご足労頂き感謝するヨ。さ、早速作戦会議と行こうじゃないか」


 袖に隠された右手で青年らを手招き、場は城内議事堂へと移された。



***



 余りに広い議事堂を贅沢に占拠するのは、たった5名の人間たち。長机の両端に国ごとに分かれ席に着いた為、彼らが向かい合う余白には名状し難い距離感が生まれている。3人並んで座るレインらに対し、向こうは両肘を付いて左右の掌で顎を支えるチャオの後ろにシャオが佇んでいるという構図だ。


「さて、早速明日より始動する計画について――」


「明日?!」


「ん、まあそう言うと思ったヨ……元々レイン・ロズハーツのみを加えるつもりでおよそひと月前から練っていた計画だからネ、これでも支障が無い範囲で強引にキミらをねじ込める役回りを頑張って模索したんだヨ? 感謝してネ――で、その計画―― “ 旧体制派掃討作戦 ” についてだ。」


 ――作戦概要、『竜王の出産を執り行う旧竜王都こと中央区マンドラまでの経路の確保、及び道中と周囲の旧体制派国民の掃討』。


「まずはココ竜郡都市ドラグーンから旧竜王都マンドラまでの軌道を20等分し、各所に師団を配置。旧体制派の掃討と拠点の確保を目指すヨ。そして全箇所制圧を完了させ次第、竜王サマたち本隊が目的地へ向け進行を開始するって寸法ネ。予定通り行けば9月16日には本隊がマンドラに到着できる、その日のうちに出産体勢に入るヨ」


「もし予定より遅れれば……」


「中央区に着く前に出産体勢に入ってしまっては、魔力吸収の範囲内にある他国にまで影響が及ぶ。もちろん予定日より早まる事も有り得るだろうからネ、ソレも加味して順調に事を進めたい所だヨ」


「なら前倒しして今日中にでも出発するべきじゃ?」


 ソフィアの問いかけに、沈黙を貫いていたシャオが反射的に口を開く。


「ソ、ソレは出来ないヨ……! 早過ぎても旧体制派の竜々ひとびとで溢れる外での滞在時間を延ばすだけネ……!」


「――そう、コレはマンドラの到着時間を出産体勢に入るギリギリで想定したスケジュールなんだヨ。早すぎても駄目、遅すぎても駄目……その事をよく頭に入れといてネ――という事で、部隊の振り分けだケド……当初の予定通り、レイン・ロズハーツはマンドラ担当師団 “ 第二十班 ” に配属する。解っているとは思うケド、制圧次第該当箇所の担当師団が滞在に回る関係で後になるにつれ掃討に当たれる班数が減っていく。特に最後のマンドラ制圧は第二十班のたった一班での任務になるヨ。最も危険な役回り……ハルジリアの為に命を捨ててくれるかネ?」


「命は懸けるが捨てるつもりは無えよ、任せとけ!」


「宜し。そしてソフィア・パーカライズとオルビアナ・キルパレス、キミたちはドラコーン担当 “ 第一班 ” に配属するヨ」


「ドラコーン?」


「ココから一番近い地点ネ。ドラグーンには竜王サマの護衛としてワタシたちも残るし、何かあれば光速で駆けつけてあげるから安心しなヨ。それともレインお友ダチと離れた事がご不満かネ?」


「いや、構わないわ」


「謝謝。調査とやらは好きにすると良いヨ。でも軍の目的はあくまで拠点の確保だからネ、くれぐれもキミたちのワガママで兵士を連れ回さないように」


「解ってるわ」


「――フフッ。では明日の正午より作戦を開始する、一時解散!」


 そして瞬く間に陽は回り――迎えた9月4日、ラカージュ山東口には連邦軍が総動員していた。普段は厳重に閉ざされたこの先に、旧体制派なる竜が蔓延っている。


「ハルジリアの勇者たち、そしてロズの若き騎士たちヨ……新たなる王の誕生の為、そして次の時代の為に――よろしく頼んだヨ!」


「「「おおおお!!!!」」」


 竜たちの雄叫びは地を揺らし、山が噴火を勘違いする程の躍動をもたらす。帯びた気迫はそのままに――精鋭たちは敵地へと足を踏み入れた。機動力の観点からロズの人間たちや小型の竜種、竜人らは中型以上の竜兵に騎乗し、足早に進行を進める。都から間も無く、レインは隣を駆ける連邦軍大将に一言尋ねた。


「そういえばチャオは『普段から警備の為に街の外に兵士を出している』って言ってたよな。アンタらにとってドラグーンの外は珍しくないって事か?」


「外での任務の際は野生の竜種に紛れる為、武装を脱ぎ捨て極めて少数での遠征を余儀無くされる。こうして連邦軍として堂々と侵攻するのは、拠点をドラグーンに移してからは初めての事だ」


「そうなんだな」


「貴殿は恐くないのか? 単純に外に住まう竜種全員を旧体制派と考えれば、軍全員寄せ集めても一切事足りない数の敵と対立する事になる……莫大な報酬額については聞かされているが、それを鑑みても雇われ外国人にとっては全く割に合わない職場だぞ」


「恐くねえさ。死ぬつもりは無えし、失うつもりも無え。わりい事は全部、俺がぶっ壊す!!!」


「ふっ、とんだロマンチストだ……だが、それにも今は救われる。軍の中には不安を抱える者も多い。異国の天術使として、貴殿には皆の憂慮を覆してもらわなければな」


「ああ、任せてくれ!」


 しばしの進撃を経て、一同は一つ目の中継地点である “ ドラコーン ” の集落へ到着。


「――妙だな」


 そう感じたのは大将のみならず、遍く兵士たちの中に均等に疑問符は配当されていた。


ひとっ子一体ひとり見当たらねえじゃねえか」


 見かけた軍以外の生体と言えば空を翔ぶ鳥くらいなもので――まるで死地の最中に立っているとは思えない程に、辺りは空虚を貫いていた。


「とりあえず制圧次第本隊へ報告だ、第一班頼んだぞ」


「はっ! お任せを!」


 大将の言葉に力強く敬礼を示したのは第一班を率いる師団長。それは束の間の別れの合図と知り、レインは同郷の仲間たちと言葉を交わす。


「オルビアナもソフィアもしばらくお別れだな」


「ええ。この国に来てからあんたとは別行動ばかりね」


「僕らは作戦に加えてもらえただけでも、ラッキーだからね……レイン、気を付けて。未だに敵を見ていないって事は――」


「――ああ。その分この先に集まってる可能性があるって事だろ? でも心配すんな! まだまだ味方も沢山いるしよ。それより、ここだって安全とは限らねえんだ。オルビアナもソフィアも気を付けろよ」


「うん!」


「無事マンドラでまた会いましょ」


「ああ。ドラコーンここは任せた!」


 レインの突き出した拳に二人も拳を付き合わせ、連邦軍は第一班のみを残し再び歩みを進める。その後も怪しいほど順調に中継地点に辿り着いては周囲一帯に守備を配置して陣地を確保し、担当の班を残しては先へ進むを繰り返した。景色と共に日は巡り――ドラグーンをってから早5日、時は翠歴1424年9月9日の事。


「こちら第十九班師団長、予定通り “ リンドウ ” に到着」


『了解、旧体制派とは接触したかネ?』


「それが依然姿を見せず……確認できるのは無関係と思しき乙種くらいなものです、先手を取るべくこちらから索敵に繰り出しますか?」


『……いや、想定数に対してウチの兵数は潤沢とは言えないからネ、計画以上に行動範囲を広めて中央を手薄にするべきではないヨ』


「しかしやはり妙です、一本道とはいえ現首都から旧王都を辿っている訳ですし、甲種の一体ひとりすら遭遇しないはずが――」


『――何故まず軌道の制圧を完了させてから我々本隊がマンドラへ向かうという手順を取るのか……そのワケは説明したネ? 重要なのは竜王サマ移動中の襲撃を防ぐという事だヨ。キミたちは到着時の会敵より我らが主の護衛が最たる課題であるという事を忘れないように……今誰もいない事は明日誰も来ない理由にはならないからネ。寧ろ敵がいないなら拠点を張るチャンスだヨ、のびのび使わせてもらって備えようじゃあないか』


「は、はあ……」


『それじゃあ頼んだヨ、新たなる王の誕生の為に――』


「――師団長、チャオ様は何と?」


「変更は無し、計画通りと……」


「……まあ、敵に出会わないならそれに越したことはない。チャオ様の言うように、深追いして兵力を減らすのは得策とは言い切れないな――よし、予定通り第十九班は拠点設置を開始! 第二十班は私に続け、マンドラへ向かう!!!」


「「「はっ!!!」」」


 こうして第十九班の見送りを受けたレインら第二十班は、たった一班で最終地点 “ 旧竜王都マンドラ ” へと繰り出す。文明の崩壊を告げる実に空虚な大自然を、高貴な鎧に身を包んだ者たちが闊歩する。相反する要素が重なり合うその光景こそが、現ハルジリアの不和を顕著に示していると言えよう。


「――!」


 茜空に草原が焼かれ始めた頃合であった、レインの秘覚は唐突に微々たる反応を捉える。


「どうした、天術使殿」


「魔力を感じる――前の方だ、まだかなり遠いが……一個のデカい気じゃねえ、いくつも集まっている感じだ」


「! 旧体制派か……!」


「そういう事だろうな、竜種特有らしい神々しい魔力……だがアンタらとはちげえ、なんだか嫌な感じの気だ」


「 “ 敵性 ” と “ 悪性 ” か」


「そう言うらしいな、まだ単体だと見分けづれえが……あれだけ集まってりゃあ、俺にだって嫌でも違いが分かる……!!!」


 遂に散らされる火花を前に――兵士たちは心臓に合わせ、その駆ける足をはやらせる。日暮れと共に濃くなる黒――そんな空模様と矛盾するように、いつしか地平線の先に明かりの灯る地帯を見た。


「間違い無い、あそこが “ 旧竜王都マンドラ ” !!!」


「このまま突っ込むか?!」


「ああ――総員、戦闘準備!!! 標的、 “ 旧体制派 ” !!!」


「「「うおおおお!!!!」」」


 兵士たちの咆哮は地と空気を揺らし、目的地に巣食う悪しき竜らに存在を示す。


「! マーロンの軍か!!!」


「ガハハッ!!! テメエらが山篭りを終える日を待っていたぜ……!!! おい野郎共!!! 奴らを解体してラカージュ山に投げ込んでやれ!!! 竜王サマへの献上品だァ……!!!」


「「「グオオオ!!!」」」


 旧体制派の者共も灯りから這い出て、夜の荒野を迫り来る敵軍へと向かいゆく。上弦弱の月の下、都を賭けた闘いが幕を開けた――同時刻、こちらは第一地点ドラコーンを占拠する第一班。第二十班が戦闘前に流した全体連絡により、遠く離れたマンドラの地が混沌と化している事は全軍が把握していた。


「! 第二十班って――」


「どうしよう、レイン……!!!」


 廃墟を中心とした魔薬の痕跡や文献などの調査から帰ってきたばかりのオルビアナとソフィア。今日も今日とて調査の進展も会敵も無かったふたりは有り余る気力、そして平静に身を置いている事への焦燥感も相まってマンドラへの応援を強く志願した。その心持ちは彼らだけのものでなく、多くの兵が仲間の身を案じ応援に向かおうと試みる。しかし本隊からの指示は “ 全軍待機 ” であった。『今無闇に動けばせっかく制圧した拠点が奪われかねない』『マンドラの敵軍は囮で、全軍が迎えばその隙にドラグーンへ侵攻される可能性がある』『そもそも前半の班はマンドラまで距離がありすぎる』との理由で――。


「レイン、大丈夫だよね……?」


 そう呟くオルビアナが座り込むのは、かつては “ 街 ” と呼ばれたこの地の廃墟群を活用し建てたられた仮拠点の一角の屋根。遥か彼方へと目を向ける彼の隣に、ひとつの人影が腰を下ろす。


「! ソフィア……」


「大丈夫よ、レインなら。天術使相手だって勝ってきたじゃない、今更ならず者に遅れを取るほど弱いままじゃないわ」


「……こうしている今だって、レインは敵地の真ん中で――それもたった一師団ばかしの戦力で闘っている。それと比べて僕は何だ……! 軍全員でここを制圧した上、本拠地ドラグーンの一番近くでこうして燻ってる……僕はレインの相棒なのに……大事な時に一緒にいられないなんて……!!!」


「オルビアナ……」


 ソフィアは葛藤する仲間の肩に優しく手をかける。


「『ドラコーンここは任せた』――レインもそう言っていたでしょ。結果的に今ここは静かで、レイン達だけが闘う事になってしまっているけど……軍を見送ったあの日――留まる私たちも進むレインも、お互い同じ覚悟を持っていたはずよ。状況はちがえど、レインに託されてここにいるの。『何をしている』だなんて思い詰めないで」


「ソフィア……そうだよね、ごめん……」


「『街の外にいる竜種全てが “ 旧体制派 ” だと思え』って大臣も言っていたし、これだけ広い国の国民全員がマンドラのたった一箇所に集まっているとはとても思えないわ――レインたちが鉢合わせたのはごく一部に過ぎないと思う。残りがこの近くに潜んでいる可能性も否定は出来ないし……あ。そういえばオルビアナ、あんたどうして “ 神眼 ” 使わないのよ。それ使えば遠くまで丸見えでしょ」


「ああ、これはチャオ様に……――」


――『オルビアナ・キルパレス、ちょっと良いかネ? キミのその “ 眼 ” についてだが……この国にいる間は使わないでくれないか。神眼はその名の通り神の如き天性を持つ。無闇に力を解放しその神聖な魔力を晒せば、嫉妬深い竜たちを必要以上に刺激する事になるからネ……大丈夫、元よりキミら抜きで成り立つ作戦だ! 偵察は軍に任せておきなヨ――』


「――……って言われて」


「ええ……でも、神眼があればずっと遠くの敵にもいち早く気付けるじゃない! もしそれを使わなかったが為に近くまで攻めて来られでもしたら――」


 その時、ソフィアの言葉を遮るように警鐘と号令が響き渡る。


「――奇襲だァ!!!! 総員、迎撃準備ィ!!!!」


「「――!!!」」


 二人は屋根を降り、兵士らの集う拠点外周へ。皆が見つめる夜の荒野には、こちらへと向かい来る轟音とそれに呼応する土埃が容易に確認出来た。


「ソフィア!」


「ええ、やるわよ……!!」


 オルビアナは大弓を、ソフィアは大杖を構え戦闘態勢に入った。かけ離れた地で巻き起こる二つの騒乱、各所の報告を受けた竜王らは月へ願いを懸ける――。


「たたた大変ネ……! こうなるのは解っていたケド、やっぱり戦争は怖いヨ……!」


「ああ、兵士の皆様……どうかご無事で……!」


「慌て過ぎネふたり共。無問題、信じていればきっと大丈夫ヨ――そう、ワタシは信じているヨ……ハルジリアの民の力を、ネ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る