第32話「新しい光」

 時は翠歴1393年まで遡る。かつて存在した王国 “ カープ ” より刺客として送り込まれて来たヒト種ハオ・メイチャン。王都マンドラに到達した彼女は標的である “ 竜王 ” マーロン・ラストワンと邂逅を果たすも、火器の引き金を引く事が出来ずにいる。マーロンは出会って即座に、そんな彼女の心情を察していた。


(恐らく……彼女は自らの意思でここに来ていない――!)


「ハア、ハア……!」


 火器を携えた狩人は、得物を構えるどころかそこに立っていることすら精一杯で――仲間の死、異種族との邂逅、目の前の命を終わらせる使命……そのどれもが己の望みとは一切関係の無い事で、死地の最中ながら傲慢な権力者の我儘に振り回され続ける自身の人生に絶望していた。過呼吸と涙、震える体――。


「ハア、ハア、ハア……――?!」


 爆ぜてしまいそうな体を鎮めてくれたのは、己に擦り寄る巨大な竜の頭であった。


「――エ……?」


 権力者の命により殺さんとした標的が、仲間の屍を越えてまで討とうとした相手が――今なお自身へ突きつけられる火器など意に介する事無く、その頭を優しく体に擦り寄せて慈愛に満ちた体温を伝えてくれている。


「ア……――」


 ハオはそのまま気を失ってしまった。



***



「――ですが、――危険です!」


「――大丈夫です――、私は――信じて――」


 何かが聞こえる。目に光が射し込む毎に、内容がはっきりと聞き取れるようになる。


「しかし、万が一という事も……」


「衣服も武器も回収し、拘束までしたというのに何をそこまで恐れているのです」


喧騒に瞼を任せ目を開くと、視界には収まらんばかりの多彩な竜たちが集っていた。


「うわあっ?!?! ――アレ、手が……それに、足も……?!」


「おや、目を覚ましましたね。みな貴女あなたを疑うものですから、せめて枷をと……すみません」


「……! アナタは “ 竜王 ” マーロン・ラストワン……!」


「はい。良ければ貴女の名前もお聞かせ願いたいのですが……」


「ワタシは……ハオ。ハオ・メイチャン……」


「ハオ……どうか怖がらないでください、私たちはこれ以上危害を加えるつもりはありません。我々は貴女をしました」


「エ……保護? どしてネ、敵ヨ……?」


「貴女に敵意が無いと判断したからです。恐らく、上の命令を受けて乗り込まされたのでしょう。進む事もかたく、戻る事も許されず……自らの運を良いと想うべきか悪いと呪うべきか、何とか仇の元まで辿り着いた。しかし国に遣われただけで個人的な恨みを持っていた訳では無いのでしょう、言うなれば貴女も被害者です」


「解らないヨ、何でそこまで……」


「これまで様々な国が同じように部隊を送り込んで来ました。多くは明確な敵意を示してきましたが……貴女の様に使命と自我とで矛盾を抱え、それを振り切れぬままマンドラこの街まで辿り着いてしまった者も何人かいました。そんな彼らを我々は保護し、ハルジリア国民として迎え入れています。貴女も祖国に帰りづらければ、ここに滞在して頂いて構いません。歓迎しますよ」


「ワタシは……もう、戦場に行かなくて良い……?」


「もちろんです」


「……ワタシは、自由になれる……?」


「約束します」


「アァ……――」


 気付けばハオの両目からは大粒の涙が溢れていた。マーロンは彼女へと歩み寄ると、再び頭を差し出して擦り寄せる。さっきは衝動を抑えんが為に歩み寄ってくれた王の器が、今度は感情を抑えなくていいとばかりに触れ合ってくれる。ハオはマーロンの意思に応えるように、彼女の頭に抱きついたまま出せる全ての涙を流し尽くした。初めは敵意や懐疑心を向けていた周りの竜らも、この温かな時間の経過と共に次第にハオへと心を開いていった。



***



 夜風の吹くバルコニー。ハオは柵と景色を背にして丸まって座り、マーロンと向かい合う形で胸中を吐露していた。


「お父サンとは会った事無いネ。お母サンは産まれてすぐ亡くなったと聞いてるヨ。友達だっていない、というより生き残っている友達がもういないって言った方が正しいネ……独りぼっちだったワタシは子供の頃から戦場にいたヨ。駒としての価値がなければ、祖国では生かしてもらえないから……でも一人も手に掛けたことは無いヨ。なんだ、戦場ソコに。勇敢な仲間たちは二度も死地を潜る頃には全員もれなく消えていた。長く生き延びてしまったワタシは生存能力を買われてか、それとも全て察されていて厄介払いの為なのか……どちらにしても喜ばしくない理由で部隊の隊長に任命されてココに来たネ。今回の仲間たちはお世辞にも精鋭揃いとは言えないから……やはり後者が正しいのだろうネ」


「それにしてもカープ王国の権力者らは何の為に我々を標的に……?」


「 “ 竜の国 ” ハルジリア……外の世界からすれば、この国は解らない事だらけネ。カープ王国祖国は弱くて、周りのヒト国家に対しては勝ち目が無いという事は目に見えていた……せめて不透明な異種族の国の方が可能性があると踏んで、ワタシ達を先行させたのだと思うヨ」


「王国は弱さを自覚しながら何故そうも戦争を?」


「エラいヒト達の自尊心は、小さな領土に反して膨れ上がり過ぎてしまったネ。彼らは勝って、そして欲しいんだヨ。土地を、奴隷を、そして名誉を……本当、バカみたいネ」


「……あわよくばこの国を、と」


「部隊の皆、無謀だと解っていたヨ。戻れば殺される、進んでも殺される。実際、遭遇した乙種相手に皆は咄嗟に武器を振るってしまったケド全く歯が立たず返り討ちで……でもコレだけは信じて欲しいヨ! ワタシたちの中には誰一人、悪意を持ってこの国に臨んだ人間はいないネ! ただ、行き場を見失って彷徨っていただけで……!!!」


「解っています……カープ国王の思惑は、我々の他国への不干渉が招いた驕りとも言えます。他国との通行を拒絶している訳では無いのですが好き好んで来るヒトも稀にしか居ませんし、余計な騒動を生みたくないが故にこちらから出向く事もありません。しかしそういったこの国の不明瞭さが、時に都合良く使われ貴女たちのように不幸な境遇を生む事を知りました。すみません……」


「あ、謝らないで欲しいヨ! ところで、魔法協会への加盟は?」


「そうですね……それも含め、そろそろ検討しなくてはならないのかもしれません。ヒトとの――いえ、世界との共存を」


 夜空を見上げるマーロンの視界を追って振り返ると、満月が街を照らしていた。その後2人は他愛の無い話で夜を過ごした。


「――種は違えど、こうして話してみれば通じ合えるものです」


「コレも “ 世界共通語キャノル語 ” のおかげネ」


 その日は竜宮城にて床に就いた。そしてカープ王国に未練の無いハオは、竜王たちの厚意に甘えハルジリア国民としての時間を刻み始めた。このように迎え入れられたヒト国民らは、外国の異文化や技術を取り入れる助言士として重宝される。ハオも高度な話は出来なくとも、祖国の街並みや食文化、簡単な武器の知識などを伝え竜たちの知恵を刺激していった。こうして日々が過ぎる毎に笑い合えるひとが増えていく、同じような境遇でマンドラに住まうヒト国民らとも仲を深め、影で怪訝そうに見てくる一部の竜種は気になるがハオは充実した毎日を送っていた。しかしそんな満ち足りた日常に大きな影が落とされる事になる。それは彼女がこの国に来て1年が経ったある日の事――。


「竜王様!!! 南方よりヒト種の敵襲です! その数、軽く2万に及ぶ大軍勢……!!!」


「南方……?!」


「! まさか――カープ王国……?!」


 竜王の間にて突然の報告を受けたマーロンとハオは、互いに顔を見合せていた。


「それも運良く連絡の取れない乙種の居住区を通って来たのか――僻地からの報告は無く、既に10キロメートル先に迫っています……!!!」


「たった10キロ……?!」


「――もし本当にカープ王国だとしたら……ワタシたちの部隊が全滅したから、とっくに諦めていると思っていたヨ……何故――何故ハルジリアは何もしていないというのに、何度も攻撃を仕掛けてくるネ?!?!」


「……ハオ。王国出身の貴女には申し訳ないですが、軍勢に明確な敵意があるのであれば我々は彼らに慈悲を掛ける事は出来ません――」


「構わないヨ――止めよう、ワタシたちの敵を!!!」



***



「進むアルよ国民共ォ!!! 標的、 “ 竜王 ” !!!」


「「「うああああ!!!!!」」」


 覇気とも喚きとも捉えられる哀しい咆哮と共に、痩せ細った軍勢が迫り来る。


「ハオ……」


「あの紋章……それに真ん中で叫んでいるのは――間違いなく国王、やはりカープ王国ネ……! 幸い、カープ王国では魔法が発達してない。数からして兵士だけでなく国民も寄せ集めているヨ、近接戦闘は素人と思って良い……銃弾を止められるで固めれば動きを封じられるネ……マーロン――」


「――解りました……連邦軍、守備へ!!!」


 ハオの言葉通り、銃弾などものともしない巨竜たちが空より舞い降りて大軍を囲む。動きを封じた所で二足歩行の小竜兵らも突入し、四方から順調に鎮圧を進めていた――束の間、事前の策か咄嗟の案か、他方を捨て一方向に向かって全てのヒト軍勢が波のように侵攻を開始する。


「ええいお前たち、命を捨てるアル!!! 私を前へ進めろ、竜王の所まで護るアル!!!」


 辺りに広がるヒト達は、自身が竜に襲われる事も省みず敵の向かい来る多方向を無視して前方一直線へなだれ込む。


「! マズいヨ、突破されるネ!!!」


 ハオの予感通り、肉壁に護られカープ国王とその周囲の近衛兵たちは無理やり包囲を突破して竜宮城へきたる。


「――ワタシが行くヨ!!!」


「! ハオ!」


 ハオはマーロンの呼びかけを遮って窓から街へと飛び降りた。武器は腰に忍ばせた小刀のみ――。


「ヒト?! いや、貴様は――ハオ・メイチャン?! そうか生き残っていたのか、流石はカープの不死鳥……――そうだ、貴様……いや、ハオ隊長! 一緒に闘うアル、敵はすぐそこアル!!!」


「……」


 ハオは無言で得物を国王へ構える。祖国にいた頃には見られなかったハオの強かな殺意を初めて目にし、国王は僅かに後ずさる。少し青ざめた彼の前に躍り出て剣を斜めに構えたのは、ハオも有象無象の一人として指導を受けた事のある近衛兵長であった。


「貴様……祖国に背くかあ!!!」


「ワタシは……ワタシは、ハルジリア国民ネ!!!」


 華奢な体と素早い足腰を活かし、避けは出来ども当てに行けない。


「ク……!」


「流石の身体能力だ……それがありながら俺に向かって来れないのは、今まで戦地で一人逃げ隠れしてきた証拠だ!!!」


(マズい――)


 兵長はハオの小刀を天高く弾き上げると、すかさず腹へ刺突を浴びせる。


「――グフッ……!!!」


 傷と口から漏れ出す赤い体液――ハオは項垂れる様に首を前へ倒すが、それは決して力尽きた訳では無かった。


「コッチからソッチの手元まで全体が血まみれで……滑りが良くなったネ……!」


(! まさか、剣全体に血を纏わせる為に――)


 ハオは突き刺された剣をそのままに兵長へ踏み込むと、鎧から露出した首へ噛みつき勢いよく一部分を噛み切った。


「――うわあああ?!?!」


 抉れた部分を覆わんと兵長は思わず剣から手を離すが、ハオはそれを腹から抜こうとはしなかった。


「ハア、ハア――グハッ……!!!」


「ハオ!!!」


 瀕死の友を黙って見ている訳にもいかず、マーロンは死地へ舞い降りる。


「!!! 好機アル!!!」


 興奮に息を任せながら重火器を構えた国王は、マーロンの温かな瞳目掛けて放とうとした――。


「!!!」


 それを見据えたハオは咄嗟に腹から兵長の剣を引き抜くと、国王目掛けて投げ放つ――。


「うがあああ!!! き、貴様あ!!! ……――」


 国民を幾度となく戦場手のひらの上で踊らせてきた傲慢な権力者は、皮肉にも初陣で呆気なく散った。


「ハア、ハア……コレで本当に、オシマイ、ネ……――」


「ハオ!!! ああ、ハオ……!!!」


 ハオは擦り寄るマーロンの頭に身を預け、気を失った。腹部に大きな傷を負うも幸い一命を取り留め、ハオは竜王を救った英雄として祭り上げられる事になる。こうして連邦襲撃とカープ王国民の半生を曇らせた元凶は果て、意志無き敵兵らは一時監獄送りとなった。しかし地続きの平穏はまだ遠く……今までがそうであったようにその後も諸外国からの偵察と称した奇襲が相次いだ――。


「くそ、また襲撃だ!!!」


「任せるネ!!!」


「「「!!!」」」


 ――それらは不測の事態ではあっても、ハルジリアを脅威にさらすまでには至らなかった。元々の兵力の高さもさる事ながら、ヒト種の英雄ハオ・メイチャンが前線に加わったからだ。王国にいた頃、逃げ隠れに徹していたとはいえ数え切れない程の戦場で培ってきた彼女の身体能力は本物。加えてカープ王国との一戦でそれを活かす “ 勇気 ” を手にしたハオは、戦闘において巨竜に負けず劣らずの働きを見せ幾つもの勲章を受けた。


「ありがとうございます、ハオ」


「ココはもうワタシの母国ヨ、自衛に礼は必要無いネ」


 また特筆すべきは、彼女は訪れた外敵をただ打ち破るだけではなかったという事。真にハルジリアへの理解を試みる姿勢を伺わせた者には情勢を説き、時に同胞として迎え入れ、時に国家間を繋ぐ外交にまで発展させた。


「攻撃を繰り返すのは無知ゆえ……しかしソレは決して他国にばかり責任を問うものでは無いヨ。迎え入れた敵を叩き伏せるばかりでは外に実態が伝わらず、仲間が帰って来なければより恨みを買うのも必然ネ。もちろん防衛第一……しかし真に我々を知ろうとしてくれる者がいるのならソレに応える。対してコチラは相手が何に怯え、何を求めているのかを問う。対話そうして理解し合えば良い、我々は同じ言葉で話せるのだから――」


 そして月日は流れ、カープ王国の襲撃より4年後――あらゆる手柄を称えられ宰相として竜王の隣に据えられたハオは、特に外政において目覚ましい功績を挙げた。周辺諸国のみならず他大陸にまでハルジリアの情勢について発信し、魔法協会にも加盟。徐々に異邦人の出入り、定住も定着し、竜種国家ながら他種族も行き来しやすい現在のハルジリア連邦の基盤が作られたと言える。そして同時期、境遇を同じくしてマンドラに滞在していたヒト種と婚姻。その翌年の5月18日には遂にチャオとシャオの双子が生を受ける。


「おぎゃあああ!!!!」


「ひっ、ひっ、うぅぅああ……!!!」


「ああ、ワタシのカワイイ天使たち……!」


「おめでとうございますハオ、なんと喜ばしい事でしょう」


「ええ、本当に……今日という日を迎えられたコト、これ全て竜王サマのおかげネ」


「いえ、私は何も……貴女が自ら掴み取った幸せです」


「――ハハ……ワタシ、幸せモノネ……!」


 こうしてハオは母と宰相の二面性を両立させ、家族と共にいつまでも幸せに暮らしていくはずだった――しかし歪みは起きてしまう。それは先より5年後の翠歴1404年の事。


――「我ら竜種こそが至高!!! のさばるヒト種は殲滅だ!!!」


――「劣等種ヒトと対等にあろうとする竜も同罪!!!」


――「竜の畏れを取り戻せ!!!」


――「「「うおおおお!!!!!!」」」


 異国からのヒト種の参入、下等なヒト種の血が混じる為に下賎な存在と考える竜種も少なくはない交配種 “ 竜人 ” の増加、ヒト社会の文化・文明の発展による竜種本来の野生的な生活を捨てヒトらしい生き方を推し進める風潮、魔法協会という絶対の存在の息がかかり続ける現状、何よりヒトが宰相として大国ハルジリアの実権を握っている事実――。


「いつかはこうなると解っていたヨ……」


「ハオ……」


「3000年の歴史において竜種国家としての体裁を貫き続けてきた理由――コレは竜種彼らの本能か、それとも教育か……いずれにせよ、いにしえより竜種というのは大半が “ 種族至上主義 ” を掲げる選民思想家ネ。砂利が数粒混じる程度なら許せても、ソレが大半を占めるどころか文化を侵食し、文明の基盤となり、あろう事か王の隣に鎮座する……今のハルジリアを、思想が磐石化した国民たちが許せるはずないネ」


 悪戯に笑いながら語るハオ。全てをかいし開き直ったようなその姿に、マーロンは戸惑いを隠せなかった。彼女の次の言葉が、解ってしまった気がして――。


「――ワタシが行こう」


「ハオ!」


「どの道彼らの狙いはワタシ……その隙に竜王サマたちは避難するネ」


「しかし……!」


「フ……なーに! 別に独りで犠牲になってあげようだなんて思ってないヨ。先頭に立つ部隊に合流する、上手くいけば勝てるかも――そうすれば、また平和に暮らせるネ」


「……部隊彼らを案じての事ですか」


「……」


「貴女はあわよくば部隊すら救い、人柱となってこの場を収束させようとしているのでしょう……?!」


「……ま、それもあるネ。ハルジリアへ来てからの5年間、ワタシは他国からの襲撃がある度に前線に立ってきた。その実力は竜王サマもご存知ネ? 宰相としてここで燻っているよりも、仲間の応援に向かう方が余程生産的ヨ」


「!!! 貴女は……貴女はもう、自分の命を他者の為に費やさなくて良いのです!!! それに、貴女には帰るべき場所が……――!」


「――フッ」


 ハオは一切の濁りの無い笑顔をマーロンへ見せつけると、憂う彼女の頭部に抱きつき最後の願いを託した。


「竜王サマ――いや。一つお願いがあるネ」


「!」


チャオとシャオあのコたちを任せたヨ。まだあんなに小さいのに、ワタシのせいでコレだけの地獄に巻き込んでしまったんだ……もうヒトにも竜にも傷つけられないように、あのを守り続けてくれないか」


「……」


 この時ハオ宰相は29歳、シャオとチャオはまだ5歳である。


(止めるべきだ――あの子たちの未来の為にも――)


 竜王マーロンは葛藤する。この時、すぐに言えれば良かった。もっと相応しい言葉を――。


「ハッ! 竜王サマがそんなシケた顔しちゃ駄目ネ! ……良いネ? あのコたちは、ハルジリアこの国の “ 新しい光 ” だ」


「……解りました。2人は私が責任を持って預かります」


「謝謝、我が王ヨ――そして、ワタシの大切な親友ともだち……!」


「! ハオ……!!!」


 初めてこの国に来た頃を彷彿とさせる武装を纏い、ハオは窓から街へと降りていった。黄昏時の燃える陽が王都中で上がる爆炎と相まって、ひとり竜王が残された王座の間を地獄色に染め上げる。外で微かに鳴り響く一人分の足音はすぐに聞こえなくなり――民を守るという使命感より、友の覚悟を尊重したいという自我が勝ってしまった事を今更悔いて俯くマーロン。その時、部屋の外から二人分の小さな足が忙しなく遠のいていく音が聞こえた。音のもとへ視線を向ければ、いつの間に扉が指数本分開かれていた事に気付く。


「! まさか……?!」


「ハアッ! ハアッ! ハアッ!」


「待ってヨ、お姉チャン……!」


「シャオ、急ぐネ! お母サンを助けるんだヨ!!!」


 逃げ惑う民衆で犇めく路地を、2人の少女が逆走さかばしる。今と変わらず布で顔を覆い隠す彼女らは、拙いながら魔法を使い瞬きながら母を追った。途中、連邦軍の者たちに見つかり宰相の娘たちは死地へと駆ける足を止められそうになる。


「?! ハオ様のご息女方ではありませんか、どうしてここに?! ここは危険です、早く避難を――」


「ココを通すネ!!!」


「いけません!!!」


 憂う兵士らをかいくぐり、一層喧騒の大きな場所へ光の如く向かいゆく。


「シャオ、来るネ!」


 チャオは妹の手を取ると、民家の屋根へと登り家々の上を駆け始める。


「うう……迷い過ぎたヨ、どこネ……!」


「! お、お姉チャン、アレ……!」


「――アレは……」


 シャオが指さした方向に、遂に敵の本隊と思しき集団を発見する。


「! でかしたシャオ、きっとあそこだヨ! 待っててお母サン……!」


 ここ一番の加速度で軍の鎧を纏わない巨竜の群れへ接近。民家の影に溶け込んだ彼女らは壁伝いにそっと敵を見てみる。しかし少女らの目に写ったものは――。


「!!! あ、ああ……――」


 それは無慈悲にも敗れ、敵と味方の抗争の片隅で横たわる母の亡骸であった。


「!!!!! お母――」


「(待つネ、シャオ!!!!)」


 チャオは叫びを抑えた――それは自身の掌で抑えた妹のものだけではない、己から飛び出しそうな嘆きも喉元で堰き止めてみせる。


「……遅かったヨ」


 そう言うと彼女は布の上から自身の額を悲痛そうに押さえた。その隙間から流れる涙――それを見てシャオも声を殺しながら一層涙を流す。


「帰ろう。今は生きるんだヨ――」


 2人は竜宮城へと帰還した。マーロンは友より託された小さな命へ大切そうに擦り寄ると、双子もそれに応えるように抱き返す。


親友ハオ天使子供たち……遺された希望――この子達が、これ以上悲しまなくて済むように……!)


 竜王たちは協会の手引きの元、善良な民衆と連邦軍を引き連れ西端の街 “ ドラグーン ” へ避難した。ハルジリア全土には遠く及ばないが、小国程度の安全な領地を確保出来た一行はこの地を拠点に国を建て直す事を決意。他国と隣接し協会が大々的に支部やギルドを構えた新都市は以来反乱分子からの攻撃を受ける事も無く、この一角だけは勇敢なるヒトの夢見たヒトと竜とが共存できる社会を実現していた。


「――マーロン、今日も勉強教えて欲しいネ!」


「ワタシも……!」


「チャオ、シャオ……ええ、もちろん良いですよ。このところ、一層熱心ですね」


「ワタシたち、この国の大臣を目指すヨ!」


「え……?!」


「お母サンのように、ヒトとしてハルジリアを平和にする――ソレがお母サンの願いだったと思うから……だから、もっともっと沢山、色んなコトを教えて欲しいネ!」


「うう、でもワタシ頭良くないから、お姉チャンの邪魔になっちゃうかも……」


「大丈夫ネ、シャオとワタシはふたりでひとつヨ。置いていったりしないネ!」


 マーロンは再び岐路に立たされていた。彼女らの言うように、ヒトが国の中枢を担う事はハオの願いだったであろう。それがヒトと竜との共存に大きく繋がるから――ならばそれを叶えてあげたい。しかし表に立たせれば危険にさらされかねない、それは自分に託してくれたハオへの裏切りでは無いのか? あくまでマーロン個人に託された願いというのは、彼女らを護る事――使命か、自我か……今一度己を苛まさせるその問いに、竜王は再び答えを出す。


「……解りました。沢山学び、私の隣に相応しいヒトになってください――」


「ハハッ、任せてヨ、マーロン……いや――!!」


「ワ、ワタシも……お姉チャンにもにも迷惑かけないよう頑張るヨ……!」


「ふふ……はい。共に頑張りましょう」


 マーロンは青空の向こうに、亡き友を想っていた。


(ハオ。貴女の言った通り、この子達がハルジリアの “ 新しい光 ” になろうとしていますよ――)



***



 舞台は現代、ギルド “ エクセドラ ” へと戻る。


「――あれから20年が経ち、チャオ様もシャオ様も大臣としてこの国を支える存在となりました……以上がこの国が二分されるまでの歴史です――って、大丈夫ですか?!」


「うう、ぐすっ……あの大臣、さっきは何よと思ったけど……そんな事があったなんて……うう……」


「ソフィア?! ほ、ほら! これで涙拭いて……それにしても、この国にそんな歴史があったなんて――ハオ・メイチャンさんは間違いなく、ハルジリアの歴史に残る英雄ですね!」


「はい! 街に入ってすぐヒトの銅像を見かけませんでしたか? あれはハオ様を象ったものなんですよ!」


 オルビアナはレインと共に見たヒトの像を思い出した。


「――あ! そういえば……あれがそうだったんだ……!! という事はこの街に住む人は皆、ハオさんを『国を分けた原因』ではなく『ヒトと竜との共存を叶えた偉人』としてしっかり認識しているってことですよね!」


「はい! だからドラグーンに住む人は皆、ハオ様やチャオ様、シャオ様たちの事が大好きなんです!」


 ――同時刻、竜王の間。


「元より国民の思想自体は二分されていました、それが情勢という目に見える形で浮き彫りになってしまったというだけの事。ハオにも、どのヒトにも、罪は無いのです……今度の作戦、彼ら “ 旧体制派 ” との闘いは避けられません。その上、目的地はかつての王都マンドラ。チャオもシャオも、嫌でも過去を思い出す事になるでしょう……レイン様。不躾な頼みとは解っておりますが、お願いです。 “ ヒト ” として――あの子たちの理解者となって頂きたいのです」


「ふっ――ああ、もちろんだ! 任せてくれ、竜王様!!!」


「頼もしいです。それとこれは、私からの提案なのですが……私と “ 契約 ” を交わして頂けませんか?」


「契約?」


「何度も申し上げている通り、出産を行うに当たって私は周囲の魔力を頂いてしまう事になります……しかし私と契約していればその者に限り、私が受けた魔力を共有させられるのです」


「じゃあ契約していれば、問題なく魔法が使えるって事か?」


「はい。しかし本来私の受け取る魔力は、その全てが出産に回すべき動力……可能であれば全ての兵士と契約を交わしたいのですが、それを鑑みれば多くて3人が限度といったところです」


「なら仕方ねえよな……んー、でも俺で良いのか? まあ必要に応じて好きに解消して貰えれば良いんだが」


「一応、『従者に魔力を分け与える』ような主従のあるものではなく『護ってもらう代わりに魔力を回復させ続ける』対等な契約になるので、成立すれば私の一存で解消できるものでは無くなります。でも良いのです、レイン様はかなめですから」


「そうか? まあそういう事なら、よろしく頼んだ!」


 マーロンは両者を円の中心とし、床に大きな赤い魔法陣を展開。視覚的に呪文の駆け巡る光の中で、レインと竜王は契約を成立させていく。


「……ふふっ」


「? 何で笑うんだ」


「いえ、急に昔を思い出してしまいまして……名誉最高騎士ロズハーツ様の事を――」


「?! 初代って、700年も前の人間だろ?!」


「我々は長命ですから……シルフ・ロズハーツ。彼女が “ 使 ” と呼ばれる前に、一度ハルジリアへ足を運んでくださった事があります。私はまだ小さな子供でしたがよく覚えてますよ……まだハルジリアと外界とが事実上拒絶し合っていた時代。初代〈剣王〉メルシューガ・クリープハイツァー様、そして〈聖天〉オルガ・クリスタ様と共に3人でこの国を訪れた彼女らは、ひと握りの竜種の間にヒトに対する理解を芽生えさせ……それが徐々に花開き、現代において数は少なくとも確かにヒトとの共生を願う同胞を生んでくれたのです」


「そんなにすげえ人だったんだな、初代ってのは……! ははは、改めて俺みたいな奴が2代目になっちまって良かったのかな……」


「貴方には彼女の面影を強く感じます。優しく勇敢な者の――シルフ様と同じ匂い……レイン様ならきっと、シルフ様のような偉大なお方になれますよ」


「ははっ、ありがとう竜王様! まずは街の外の連中の企みをぶっ壊して、アンタもチャオもシャオもこの国も、全部護ってみせるぜ!!!」


「ふふ、期待していますよレイン様」


「……」


「? どうかされましたか?」


「いや、大した事じゃないんだけどな……聞く限り、初代名誉最高騎士ロズハーツは俺が思っていた以上の偉人らしい。それにアンタ、初代が “ 史上最強の天術使 ” なんて呼ばれてたって言ったよな。そんな初代が、ロズ王国ですらしっかり語り継がれていないのは何でなんだろうなって」


「確か、シルフ様の生涯は童話としてしか遺されていないそうですね」


「ああ。でもそれも皆が知ってるようなものじゃねえ。ハルジリアの英雄ハオ・メイチャンは、現に銅像まで建てられてちゃんと逸話として残されている。初代も同じように、もっと大々的に覚えられているのが普通なんじゃねえかと思うんだ」


「そうですね……シルフ様は紛うことなきロズの英雄です。もちろん、ヒトにとって700年という歳月は歴史を風化させるには十分な時間でしょう。しかし彼女ほどの人物が神話にならず象徴も打ち立てられていないという事は、違和感を覚えざるを得ません。これは私の憶測に過ぎませんが……恐らく何かしらの理由があり、シルフ様自身が伝承を拒んだのではないでしょうか」


「『初代が自分で』ねえ……うーん……――ま、いっか。とにかく、俺は初代を超えるすげえ人間になれるよう、頑張るぜ!」


「はい、その意気です」


 言葉を終えると同時に契約も完了。レインが右手にはめた指貫ゆびぬきグローブを取ってみると、マーロンとの契約の証として赤い紋章が刻印されていた。


「これが契約の印って事か」


「その刻印は私の命に呼応して光るようになっています。今回の依頼、側で護衛してくださるレイン様にとっては無縁の仕様かと思われますが……」


「解った、一応頭に入れておくよ」


 こうしてレインは、竜王の信頼を形として託され――。


「よし、やるぜ……!!!」


 ――分かたれたハルジリアに秘められた真相は、種族を交えた本能的な敵対であった。真実を知って尚のこと気を引き締めるレインと、共闘を望むオルビアナとソフィア。彼らを待ち受けるのは、一体幾つの思惑か。この日の夜空には、怪しく一筋の光が瞬いた――。

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