第31話「依頼内容」

 遂に邂逅を果たしたレイン一行と “ 竜王 ” マーロン・ラストワン。互いに挨拶を済ませ、早速仕事の話を……といった空気を左大臣のチャオが遮る。


「ちょっと待つネ! レイン・ロズハーツ、どうしてそのコたちを連れて来たネ?」


 そう言ってチャオはレインの背後へ右腕を突き出す。袖に覆われて手元は視認できないが、オルビアナとソフィアへ指を指しているのであろう。


「この二人は相棒で、俺の仕事を手伝いに――」


「――それはさっき検問所と通信した時に国境警備兵から聞いたヨ。 “ 魔薬 ” と “ 革命軍 ” の手掛かりを探しているってネ……聞きたいのはそういうコトじゃないヨ、指名 ” をしたはずネ」


「! そ、そういえば……ダメか?」


「依頼書に記載した通り、今ハルジリアは大国でありながら国土の半分以上が反乱分子に占拠され文明が機能してないネ。かといってそれらの土地を放置すれば彼らが勝手に他国へ侵攻しかねないし、それが実現すれば我々からの攻撃と見なされて国際問題になる。最悪の場合、戦争になるネ。だから我々はその何も産み出さない膨大な土地にも抑止力として衛兵を派遣しなければならない。モノは作らず金にならない領地に、人財ひとと金を費やしているというコトだヨ。つまり財政難だ。レイン・ロズハーツ、キミには依頼書に提示した通り多額の報奨金を用意しているヨ。それに見合う仕事だからネ。ケドそれを二人分、三人分と用意するのは厳しい……そのコたちがどれだけの働きを見せたとて、お金は用意してあげられないヨ?」


 少し意地悪そうにチャオがそう告げると、ソフィアは力強く言い返す。


「私もオルビアナもお金なんて要らない! 私たちはあくまで私情で来ているんですもの、当然よ」


「―― “ 魔薬 ” 、ネ……」


「私はそう、それを調べに来た。領土の半分以上が国家の手に余っているのなら、で出回っている可能性は大いにあるでしょ?」


「……なるほど、を探そうとするのは妥当ネ。ま、いいヨ、それは勝手に頑張るネ。キミたちがそこまで言うのなら報奨金とは別にもう一つ。コレも依頼書を読んでもらったなら解っているとは思うけど、今回の仕事は我が国の存続すら左右しかねないデリケートな問題ネ。信頼に欠ける “ 部外者 ” という存在は、出来るだけ排除したいというのが率直且つ当然な理由だヨ。だからこそ、かの悪しき “ 樹 ” と “ 地 ” の天術使らを破ったというレイン・ロズハーツを、わざわざ “ 単独 ” で指名したワケで――せっかくの客人を無下に扱うワケにもと思ってココへ通したケド、キミたちを作戦に加えるか否かの判断は少々時間をもらうヨ」


 そう言ってチャオは青年らより更に後方へと相槌を送ると、ここまで案内してくれた竜人兵が静かに動き出しオルビアナとソフィアへ語りかける。


「さ、行きましょうオルビアナ様、ソフィア様」


「! オルビアナ、ソフィア!」


「安心するネ、別に牢にでも放り込んでやろうなんて気は無いヨ。あのコたち用に宿を用意したネ、しばらく観光でもしてるといいヨ」


 数名の兵士に囲まれ部屋を後にしようとする二人。


「オルビアナ・キルパレス!」


 最後にとチャオは見送る背中へ叫ぶ。


「もう竜王サマは拝めたんだ、くれぐれもそので覗こうだなんてしないでくれヨ? プライバシーがあるからネ」


「も、もちろんですよ!」


 オルビアナもA級ギルダー、所持する神眼の情報がギルドを介して他国まで伝わっているのは当然として、そこに掛けられた思いもしない疑いに少々焦り気味で答えるオルビアナ。その後、重く扉は閉ざされレインだけが竜王の間に取り残された。


「……何であんなこと言ったんだ」


「超常的な視力に加え魔力、更には魔修磨路さえ可視化する “ 神眼 ” ……なに、まだ彼を加えるかは決めていないからネ。盗みされないよう釘を刺しただけだヨ」


「オルビアナはそんな事しねえ」


「フン……ま、今実際に対面してもらったからには彼にとってコチラが得体の知れない相手というワケでもないし、興味本位で覗いてくることは無いだろうネ」


「その為に連れて来たのか……用心深いな」


「入国はおろか入城さえ許したんだ、思慮深いと言った方が正しいネ……さて! 長々と脱線させてしまってすまないネ、仕事の話に移らせてもらうヨ――」


 ――『竜王の護衛と反乱分子の掃討』、そして現在のハルジリア国内の情勢……それが依頼書に示されていた内容。ただし仕事の日時や場所などは具体的に記載されておらず――。


「俺に護ってもらうほど弱くは見えねえけどな。アンタら、相当強えだろ」


「キミの言う通り、本来陛下は誰かに護ってもらう必要なんて無い程とてもお強いお方ネ」


「やっぱりな。アンタらは魔力もデカい上に……なんて言うか、神々しく感じる。まるで天術使だ――」


「……なるほど、中々良い秘覚を持ってるネ。竜種は妖精と並んで神に等しい種とされている。ソレは天性の高さ故ネ。秘覚のあるキミにとって、竜やその血を宿す竜人で溢れるこの国は何処どこ彼処かしこもキラキラして見えているはずだヨ。そんな竜たちの “ 王 ” として君臨する陛下は、当然 “ 神格化 ” も済ませてる。神と見まごうのも当然ネ」


「 “ 神格化 ” ……?!」


 それは “ 樹の天術使 ” モス・カフスと “ 地の天術使 ” ダルナゴア・ドボルガナフが国々を支配する事で得ようとしていた “ 状態スキル ” 。竜として元よりヒトとは比べ物にならない程の天性を所持する上に幾百年と大国の王座に君臨する竜王マーロンは、それを成し遂げていたのだ。


「とんでもなく強えんだな、竜王ってのは……!」


「だからお強いお方だと言ったネ! ケド、今は少し事情があってネ……その力も半減しているんだヨ」


「事情?」


「ココから先はとりあえずあのコたちにも口外禁止で頼むヨ、漏れると大変な情報だからネ――実は今、竜王サマは子を身篭っている。そして約2週間後に出産を控えている……竜種は子を産む際、膨大な魔力を必要とするネ。その為に、出産態勢に入ってからの数日間は周囲の魔力ソレを独占的に吸い尽くす事になる……加えて陛下のように巨躯で頑強な属種なら、その消費量は通常のソレとは段違い。我々の見立てでは、街はおろかその周囲の魔力さえ数日に渡って独占してしまう予定ネ。それを連邦西端のドラグーンこの街で行おうものなら、どうなってしまうかはキミにも解るネ?」


 レインは大陸の地図を思い出していた。竜群都市ドラグーンは連邦の西端、出張った箇所に位置している。


「国の外の魔力まで奪っちまうって事か……?!」


「その通り、余波は一国家規模とされているネ。場所を誤れば隣のウォーリー共和国のみならず、隣接する数ヶ国の魔力を果てさせる事になる……それこそ国際問題に発展しかねるネ。しかし幸いにも、ハルジリア連邦は世界屈指の大国。国の中心で出産を執り行えば、ギリギリ他国に影響が及ばない事が解ったヨ。ケド――」


「…… “ 反乱分子 ” 、か」


「その通り。さっきも少し触れたケド、竜群都市ドラグーンの外は竜王サマに反感を抱く竜々ひとびとに占拠されているヨ。彼らのせいで国の大半は文明が滅びているも同然。今も竜王サマの首を狙って好機を待っているような連中のひしめく都市の外へ、出産直前で弱っている陛下が繰り出そうものなら……もっと言ってしまえば、出産中は全くの無防備なワケで。身動きすら取れない王がただそこに横たわっていれば……反乱分子彼らは間違い無く、その瞬間に狩りに来るネ――そこで! キミには無事出産が終わるまでの間、陛下を護って欲しいんだヨ」


 チャオはレインを力強く指差す。その手元は相変わらず袖に隠れてしまっているが、レインは強かな相槌を以てそれに応えた。


「なるほど、解った。ちなみに――反乱分子って奴らは、竜王様を消したいんだろ? どうしてそこまで良く思ってないんだ?」


「……それは――」


「――私からお話致しましょう」


「「竜王サマ!」」


「少し彼と2人で話したいのですが、よろしいでしょうか?」


 竜王はそう言うと振り返ったチャオとシャオの顔を見回し、彼女らと優しく目を合わせる。その意図を汲んだ2人は袖に覆われた両拳を前で合わせ頭を下げると、竜王へ踵を返しレインの左右を通り抜けて部屋を後にする。


「……すみません、あの子達の前で経緯を話すのは少し酷なものでしたから」


「何かアイツらが関係してるのか?」


「ええ……とは言え、あの子達には罪はありません。そうですね、まずはこの国の成り立ちについて少し話しておきましょうか――」


 ――竜王が語り出すのと同時刻。オルビアナとソフィアはハルジリア連邦唯一の協会ギルド “ エクセドラ ” にて、暇を持て余していた竜人の受付嬢より奇しくも同じ話を聞いていた。


「ハルジリア連邦、通称 “ 竜の国 ” ――始まりは翠歴よりも前記元前まで遡ります。かつてこの地は国名も所有者も持たない荒廃した大土地だったそうで……そしてそこを統治しようと名を挙げる者も現れなかった。凶悪な知恵を持たない乙種の竜たちの巣窟になっていたからです。当時は魔法協会や、かの〈始祖の魔法使〉アール・アンロードもおらず、彼らを鎮められるような存在が居なかった為に手放しにされていました。それ故に周辺諸国にまで竜の群れが侵攻、定住する事も多々有り、そういった土地は手の付けようが無い事から揃って放棄される事になります。そして後にそれらも含めて治める事になるハルジリアが土地の所有権を事実上獲得した事で、この国は “ 連邦 ” の国号を冠する事になりました」


「なるほど……部分的にいくつかの国の領土を取った事で “ 連邦 ” になったんだ」


「そんな世界から見放された乙種の巣窟を治めたのは、突如現れた一体ひとりの智恵ある竜でした。その竜こそが、始まりの “ 甲種 ” にして初代 “ 竜王 ” 。彼の力と導きによって害為す竜らは民と成り、荒地は以来3000年に渡って続く大国と成ったのです」


「そんな国がどうして二分してしまったんですか……?」


「現在の対立構造が確立したのは、実はそう遠い昔ではないのです……今でこそ協会に加盟し、他種族の出入りや定住に対して寛容な風潮になっていますが、元は竜群大国という事もあって誰も寄り付かず、世界的には不透明な部分の多い国でした。そんな状況でしたから、当然ハルジリアを危険視した他国が攻め込んでくるという事も珍しくは無かったのです――」


 ――場所は竜宮城に戻り、竜王マーロンは懐かしむようにそれを語る。


「――31年前の事です、今は亡きカープ王国という小さな隣接国から部隊が送り込まれて来ました。それは微かな戦力ながら隊の一人を王都 “ マンドラ ” まで到達させ、私は彼らを率いた人間と見合う事になります。火器を手にした、か細い女性――彼女の名はハオ・メイチャン」


「ん、メイチャンって……」


「はい。チャオとシャオの母親に当たる人物です。彼女は齢18ながら隊長に任命され、私を討つ為だけにその身を戦地に捧げさせられたのです。震えるハオの服を染めていた血は全てヒト種亡くした仲間のもので、彼女が恣意的な敵意を持っていない事を見抜いた私たちはハオを保護する事にしました――」

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