第30話「竜の国」

~翠歴1424年9月1日~



 日が暮れれば宿へ、また昇れば駅へ。列車を乗り継ぎ目的地を目指す一行は、幾つかの夜と国境を越えウォーリー共和国という国に辿り着いていた。東のアストレア大陸に内陸国として存在し12の国と隣接するハルジリアだが、実は現在入国は西の検問所――つまり今いるウォーリー共和国との国境からしか適わない。


「こっからしか入国できはいれないせいでだいぶ遠回りになっちまったな」


「まあそれも、依頼書を読めば納得せざるを得ないから仕方ないわね……」


「おーい2人共! そろそろ発車の時間だよ!」


「おう、今行く!」


 オルビアナの掛け声と共に、一行は最後の列車へと乗り込んで行った。



***



 ハルジリアへと続く真っ直ぐな線路、その先に見据えるは壁の如き岩山。


「あれが世界最大の面積を誇る “ ラカージュ山 ” 。あの山を中腹で分断して内部と頂上をくり抜いた中に連邦の都市 “ ドラグーン ” があるらしいわ」


「す、すっげー!!!」


「流石に大きい……!  “ 天然の要塞 ” なんて呼ばれるわけだ……!」


 進行方向の景色へ目を向けながらパンフレットの内容を読み上げるソフィアと、好奇心に任せ車窓から身を乗り出しラカージュ山を眺めるレインとオルビアナ。大自然に内包された異文化に思いを馳せ、機関車はあっという間に検問所を兼ねた終着駅へ辿り着く。


「ここがハルジリアの入口……!」


 早速検問へ向かう一行は、そこに立つ2名の警備兵の姿に目を留める。胴体は鎧に包まれているが、露出させた頭部からは異種の姿が伺え――。


「竜人か?」


「いや、竜人は竜とヒトとの交配種だから肌や骨格がより僕たちに近いんだ。あの人たちは純粋な竜種だね」


 彼らに見受けられる二足歩行且つ人並みの体格といった意匠を除き、黄金色の強膜に草色の鱗、突き出た鼻口部と言った特徴は正しく竜そのものであった。


「パスポートを拝見します」


「ああ、これと……あとこれだな!」


 鬼、妖精、そして竜――この世界にはヒトとの交配無く文明を共に生きる種族が幾つか存在する。母数こそヒト程大きくはない為、自然に生活していては彼らと出会う機会の無い者も多い。しかしその存在自体は大衆に周知されている故、異種間での違和感は少なく感じるヒトが大半を占めるのだ。今レインと警備兵とが平然と言葉を交わしている様子が、まさにこの世界のそういった価値観を体現していると言えよう。


「――ロズ王国のレイン・ロズハーツ様ですね。お待ちしておりました」


 身分証と魔法協会支部発行の許可証に目を通した兵士らはその言葉と共に頭を下げた後、後ろに控える男女についてレインに尋ねる。


「あの、そちらのお二方は……」


「ああ、俺の仲間だ」


「オ、オルビアナ・キルパレスと言います!」


「ソフィア・パーカライズよ」


 二人は挨拶と共にパスポートを手渡すと、依頼の協力を兼ねて各々の “ 探し物 ” の調査へ来たことを告白。渡されたものに目を通しながら目的を聞き届けた二体ふたりの警備兵のうち、一体ひとりが壁に掛けられた電話で何者かと連絡を始める。


「――……はい。はい、分かりました」


 受話器を掛け直し、警備兵は改めてレインらに向き直る。


「確認が取れました、オルビアナ様とソフィア様の入国と竜宮城への立ち入りを許可致します」


「助かった! 行こうぜ、オルビアナ、ソフィア!」


 3人は1体ひとりの兵士の後に続き首都へ繋がる通用口へ。目的地はくり抜かれた山の中央という事もあり、今歩いている隧道トンネルは堆積した土や岩の内部。それ故の独特な冷たい空気に包まれる中、歩みを進める毎にその先から差し込む光に青年らは徐々に温められていく。そうしてしばらく足音を響かせた後、遂に一行は出口へ辿り着いた。


「「「――……!」」」


 橙色の照明と天然の陽光との明暗差に目を奪われた後、視界には賑わう街並みが飛び込んできた。


「すげえ……! ここが――」


 特筆すべきは行き交う住民らの大半が竜種か竜人であるという事。若干名ヒトも見受けられるが、街を埋めるほとんどが異種族というのはレイン達にとっては見慣れない風景である。


「――ここが “ 竜の国 ” ハルジリアの “ 竜群都市ドラグーン ” かあ……!!! ……お?」


 行き交う通行人の向こうに何か心にまる物が見えた気がして目を凝らしてみる。その先には、よく手入れの行き届いた銅像が建てられていた。レインの隣に立つオルビアナも、何かを凝視する彼につられてその視線の先へと眼を向けてみる。


「あれは……ヒトの像? ――って、レイン! 見て、空を飛んでるひともいるよ!」


「何、どこだ?! おおお!! 本当だ!!! 流石竜の国!!!」


 見上げるオルビアナの視線の先を追うと、青空を泳ぐ大勢の竜たちの姿があった。竜が浮かんでいる空など普遍的にも思えるが、知恵があり、かつ善性な者たちが通行の手段として翔けていると思えばその見方もまた一味変わってくる。彼らのように翼を頼りに飛ぶ者もいれば地に足を付け歩く者もいる、更にはその中でも四足歩行の者もいれば二足歩行の者もおり、ひと口に “ 竜 ” と言っても様々な属種が共生しているのだ。そこにはヒト種も当然の如く溶け込んでおり、街には家々の数だけ平和と理解が築かれていた。


「やれやれ……二人共すっかりはしゃいじゃって、これだから男の子は……それにしても、どこを見渡しても笑顔で溢れてるわね。とてもとは思えないほど平和な光景……」


「! ああ……」


 レインは改めて依頼書に綴られたこの国の背景に目を通していた。街の中には “ 種族の壁 ” を超えた平穏が在る一方、 “ 都市の壁ラカージュ山 ” の外には真逆の脅威が広がっている。それをおもんばかり神妙な面持ちで山の向こうの空へ目を向けていると、背後から警備兵に呼びかけられた。


「お待たせしております、迎えの車が到着致しました」


 現れたのは兵士の風貌を纏った竜人が操縦するクラシックな自動魔車オートマしゃ


「どうも、俺がご案内致します」


 運転手の挨拶を受け、乗り込んだ一行は “ 竜種の君主 ” が待つ城へ。


「驚かれたでしょう。ロズにはほとんど “ 甲種 ” の竜はいないでしょうから」


「甲種?」


「便宜上、ヒトと同等の知力を持ち得る属種の竜を “ 甲種 ” 、そうでない竜を “ 乙種 ” と呼び分けるんです。後者の個体差にもりますけど、甲種と竜人なら乙種ともある程度意思疎通が出来るのでこの国では大した格差はありませんけどね。ちなみに前者とヒトとはつがう事が出来て、俺みたいな竜人ハーフはそこから産まれてくるんです」


「へえ、そうなんだな!」


 助手席に腰掛けるレインはそう語る竜人兵の頭部の角や尖った耳、時々覗かせる牙などを見ながら彼との種族差を覚えていた。


「ところで……レイン様って、あの “ 破壊の天術使 ” なんですよね」


「!」


「安心してください、少なくとも壁の内側で禁忌の力その天術を非難する者はいません。こんな街ですから、外国よりも “ 個 ” に対する理解はあるつもりです」


「……そうか、ありがとう――」


 レインは〈最恐の天術破壊〉に対する理解に安堵すると同時に、協会にも明かしていない己の内包する残り2つの禁忌――〈最強の悪魔ハットベル〉と〈最悪の一族オズワルド家〉については流石のハルジリアでも容認してはくれないだろうと憂いていた。その後は他愛のない会話で間を潰し、気付けば車は高貴な建物の前で走りを止めて居た。


「さ、着きましたよ。ここが “ 竜宮城 ” です!」


「でっけー城だな……!」


「巨竜種も出入りしますから。ヒト種の国家と比べて、この城だけでなくどの建物も大きく造られているんです。さ、 “ 竜王 ” 様がお待ちです」


 その解説通り竜宮城内部は玄関はもちろんのこと、人間には有り余る程広く高い廊下が四方へ伸びていた。通路の両端には数多の巨大な竜兵が立ち並び、招かれた異邦人達へ目を光らせている。


「(流石にここまで沢山の竜に囲まれてると恐いね……)」


「(さっきから凄い視線感じるし、私たち食べられないかしら……)」


「? どうしたんだ二人共」


「「なんでもない、なんでもない!」」


 オルビアナとソフィアが若干焦った様子を見せた事で彼らの心境を察したのか、先導する兵士は悪戯に言葉を掛ける。


「大丈夫ですよ、竜郡都市ドラグーンの住民に食人の文化は根付いていませんから。最も、ラカージュ山の外はその限りではありませんけど」


「「! ははは……」」


 二人は変わらず体を強張らせながら、一行は “ 竜王 ” なる者の待つ間の前に辿り着いた。


「この扉の向こうに竜王様がおられます」


 そう言うと兵士は間髪を入れずノックした後に声を上げ、竜王なる者の合図を待つ。


「――お入りください」


 竜王の声は糸のような明朝体で記すのが相応しいような、高貴な女性のそれであった。そして重い両扉は開かれる――。


「「「――!」」」


 鎮座するは体格に相応しい王冠を頭に載せた赤き巨竜であった。こちらから見て左方の硝子張りの壁から差し込む白い光に眩く照らされ、女王は雄大な存在感と共に人の子らを迎える。


「あれが “ 竜王 ” ――」


 紛うことなき王の風格を放つ彼女にしばし目を奪われた後、広間をよく見渡してみる。重く大きな扉を引いて開け放ったのは両端に座すこれまた巨大な2体ふたりの竜であり、そこから間を置いて竜王の左右には2名のヒトが見受けられた。


「? ヒトの子供……?」


 黒い暖帽マハラに白い満洲服ドレスを纏った瓜二つの女性。両者共に被り物からは布を垂らしており額や目鼻は隠れ、口元だけを露わにしている。緩く大きな袖は手元を容易に隠しているが、両手を合わせている事は伺えた。


「遠路遥々お越し頂き感謝致します。改めて、私が第4代 “ 竜王 ” マーロン・ラストワン。こちらは左大臣のチャオ・メイチャンと右大臣のシャオ・メイチャンです」


「よろしくネ」


「よ、よろしくお願いするヨ……」


 赤き巨竜の女王と2人の小さなヒトの大臣。彼女らと巻き起こす出来事に、国と青年たちの未来は大きく切り拓かれる事になる――。

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