第4章「ハルジリア連邦」

第29話「導火線」

~翠歴1424年8月24日~



 グリンポリス帥国での闘いから十数日。ロズへと舞い戻った騎士たちは石造りの訓練所にて研鑽の日々に明け暮れていた。


「おい、あれ……」


「す、すげえ……!」


 照りつける日差しの下、百名余りが組手の稽古を行う中で一際視線を集める者たちがいた――。


「ふっ、ふっ! オラァっ! はあ、はあ……やるじゃねえかオルビアナ……!」


「レインも……二ヶ月弱で、ここまで強くなるなんて……!」


 天術も神眼も使わない自分たちの純粋な体術が周りの大人たちの目と時間を奪っている事にすら気付かない程、目の前の相手に夢中になる2人――そんな彼らの意識を闘いから引き戻したのは、貫禄ある手拍子と声であった。


「――ー!、――ーい!!、――おーい!!!」


「「――!!!」」


 視界を相手一点から訓練所一帯に広げられると、辺りの騎士らは揃って声の方向へと頭を下げている。白髪に載せられた煌めく冠――国王ミルドレア・バルハライトであった。


「へ、へへ陛下?!」


「ミルドレア!」


「ほっほっほ! やっと気付いたのう。お主らの組手見物させてもらったが――いやはや実にお見事! すっかり名誉最高騎士と隊長らしくなりおって、誇らしい限り……と言いたい所じゃが。ドロスから聞いたぞ? レイン君もオルビアナ君も連日鍛錬詰めとな。休日も二人して朝から晩まで訓練所ここに篭っていると聞いた……熱心なのは良い事じゃが、気張りすぎると体が置いていかれてしまうぞ」


「ああ……悪い」


「たまには気分転換でもしてきなさい。なに、今日一日休んだところでバチが当たるわけでもあるまいて」


 国王の厚意により、レインとオルビアナには午後から休暇が与えられた。しかし彼らが向かった先は遊園施設でも博物館でも無い。2人が足を止めた場所は “ ベルクサンドリア・ギルド ” ――天術使擁する大戦を白星で終えたばかりというのに、彼らはひと時の充足感を得る事も無く寧ろ日毎に募る焦燥感に駆られるばかりであった。レインは『魔法協会 “ 代表 ” と対面するという目的の為、これから更に激化する戦火へ幾度と身を投じるであろう』と考えていた。それと同時に『経験の浅さ故に着いて行けないかもしれないという不安から、一刻でも長く鍛錬を重ね強くならなくては』という使命感も抱いていた。そうして心臓に嫌な踊り方をさせているのはレインだけでは無い。


 ――『依頼されていた事項についてですが―― “ 魔薬 ” と “ 革命軍 ” に関する情報は得られませんでした』


 グリンポリス帥国従属国元首らとの交戦により眠っていたオルビアナとソフィア、彼らが目を覚ましたのは既に魔法協会の職員らがモスやダルナゴアを中央大陸モノリスへと連行した後であった。直接彼らへの聞き取りが叶わなかった代わりに、後から『取り調べの際、 “ 魔薬 ” と “ 革命軍 ” に関して知っている事が無いか聞いておいて欲しい』と伝えておいたのだ。そして後日返ってきたのが先の答え――あれほどの戦果を挙げて尚、2人は一歩も目的へ近づけずにいた。『もっと色々な国へ行かなくては』、「もっと様々な力と闘わなくては」――今オルビアナとソフィアに渦巻く気持ちは、これらに共通する。強くなりたいという願いが、巡りたいという想いが、研鑽を止めること無くレインらをギルドへと導いたのだ。


「よし、行くか!」


 扉を開け放つと、すぐにカウンター越しのベルクサンドリア・シスターズと目が合う。


「「れ、れれレイン様にオルビアナ様!!!」」


「よっ。シノにチノ、久しぶりだな!」


 双子は何やら慌てた様子で広げていた書類を見回し、そこから一枚ずつ手に取るとこちらへと急行して来る。


「じ、実はこちらからレイン様宛てに出向こうと思っていたところでして、ちょちょちょちょうど良かったと言いますか!」


「偶然と言いますか……!」


「奇跡と言いますか!」


「「――運命と言いますか……!!」」


 揃って言い終えると、シノとチノはそれぞれが持って来た文書をレインへと見せつけるように突き出す。


「……ん?」


「「依頼書です!」」


「レイン様は “ A級ギルダー ” として――」


「――国外より “ 単独指名 ” を受けたのです!」


「「!!!」」


「――レイン、遂に……!」


「指名――そうか、そうだよなあ……! この為にA級になったようなもんだ、よおし……!!!」


 協会を通しての指名、国外遠征――そうして挙げた武功はは “ 代表 ” へ近づく手がかりとなり、あわよくば “ 四天王 ” の在籍する国での活動が叶えばその出会い自体が大きく目的へと近づけてくれる。


「「受けていただけますか……?」」


「もちろんだ!」


「「! ありがとうございます!」」


「それでは我々は依頼が承認された事を報告致しますので、早速明日向かってください!」


「「―― “ ハルジリア連邦 ” へ!!!」」



***



 夕暮れ時。新たなる旅を前にして、レインはとある町へと訪れていた。そこはかつて “ カームタウン ” と呼ばれた地――。


「よっ――


 廃墟の群れを抜け、辿り着いたのは何の変哲もない丘の上。他人ひとから見ればただの地面でも、ここにはかのオズワルド家の血を宿した亡骸が眠っている。流石に〈世界最悪の一族〉の名を冠してしまっては、文字彫刻を施した石さえ建てられない。それでも彼女を埋葬したレインには、この地点だけが他の草原くさはらとはくっきり違って見えるのだ。レインは姉の眠る地面を踏まないようにしゃがむと、目を瞑り両の掌を合わせる。


「――ここからだ。必ず取り返す、もうちょっとだけ待っててくれ――」


 そうぽつりと語りかけた後は、日が暮れ切るまでその場から動く事はしなかった。しばしの再会にレインは気の済むまで浸るのであった――。



***



 翌朝、レインはオルビアナとソフィアを集め駅をった。今回は機関車での旅路となる。3人は改めて依頼内容を共有しつつ、早朝の列車内で各々の心境を表情に浮かべていた。


「今回も中々の大事おおごとになりそうね」


「団長も副団長も無しで大丈夫かなあ……」


「心配すんなオルビアナ! 俺も2人もグリンポリスあんな強え奴らに勝てたんだ、誰が来ようと負けやしねえ――全部ぶっ壊してやる!!!」


 どんな景色が広がっているのか、どんな出会いが待っているのか、そしてどんな闘いを迎える事になるのか――そんな想像を膨らませながら、車窓から差し込む陽光に照らされる青年達……そんな彼らとは対称的に、向かう先ハルジリア連邦の暗い一室にて不敵に笑う女性の影が一つ――。


「フフッ、待ち遠しいネ――」

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