第28話「民」

 ロズ王国、ノヴァ王国、モユルフォノー共和国、ウルオス共和国による “ 連合軍 ” とグリンポリス帥国、モクモ共和国、ピカキラー共和国、クラクロイ共和国による “ 帥国側勢力 ” との大戦は、前者の快勝で幕を閉じた。歓喜に震える連合軍の一同、大敗を喫した後者の中にも支配からの解放に感謝する者も少なくはなかった。


「……見てくださいよマキア王」


「ああ……勝ったのだな……!」


 遅れて合流したロキとマキアも、戦場を見れば一目で状況を把握できた。


「これで……本当の自由を得たのだ……!!!」


 マキア王は喜びのあまり倒れこもうとしていた――そこをロキが抱え止めた。


「ダメっスよ、王さまが膝着いちゃ。さ、王さまが居なきゃ締まらないっスから」


 もはやひとつの闘いも起こりえない戦後の海国――その場で座り込むレインとライデンであったが、動かないのには訳があった。


「……よっ」


 覚束無い足取りで歩み寄ってきたのは、先刻吹き飛ばしたモス・カフスであった。


「何故生かした……」


「聞きたい事があるからや」


「……我々の目的か」


 モスは全てを諦めたのか、大人しく語り始めた。


「端的に言えば、私たちは『神に成りたかった』」


「え、それってなんや決め台詞とかやないん? ほんまもんの神になりたいっちゅう話なん……?」


「 “ 神格化 ” というスキルを知っていますか。人は慕われ、信じられ、崇められる事で己の “ 天性 ” を上げる事が出来ます……そしてそれを限界まで高める事で、ヒトは “ 人格 ” から “ 神格 ” へと進化する事が出来る――そうして魔力的観点から真に神と成った天術使は、『天術の譲渡権を得る事が出来る』のです」


「! つまり、天術を好きな奴に渡す事が出来るっちゅう事か?!」


「そういや天術って死んだら次の術使が勝手に選ばれるんだよな」


「天術使の絶命後、天術を司る神が次の継承者を選ぶと言われていますが、つまるところその神に自らが成れるという話です」


「そしてグリンポリスは “ 樹の天術 ” と “ 地の天術 ” を独占するつもりだった……今日大負けした姿を世界中に晒しちまったせいで、積み上げてきた天性もおじゃんだがな」


「我々の持論は力こそが統制を成し得るというもの、天術という強大な力さえあれば恐怖による絶対的な統治が叶うのです」


「でもまあ、悪い事してたって自覚はあるんだろ?」


「……認めざるを得ません。負けてしまっては、所詮我々も人の子なのですから」


 そう言って曇天を仰ぐモスの横顔は、どこか迷いが晴れたようにも見えた。雨は上がり、鉛色の空の隙間から陽さえ差し込む。生ぬるい風と灰の匂いがくすぐる中、苦しめられた全ての人々の心は勝利を持って晴れ晴れとしていた。


「で、お前らこっからどうすんだ」


「……協会の者が来るでしょう。国々は〈魔王〉に預けます……」


「そっか」


 もはや一切の戦意も感じ得ない、神などでは無いただ2人の諦めた人間がそこにいた。レイン達も協会の到着を待ち、今はただゆっくりと時間を過ごそうとした――その時であった。


「……ぐふっ?!」


「「「……?!?!」」」


 いつの間にか現れた見知らぬ少女、殺気も魔力も感じさせずどこからともなく出てたと思えば、モスの腹にナイフを突き立てていた。そしてナイフを引き抜き赤い飛沫を舞わせたと思えば、次はダルナゴアに飛びかかる――。


「待て!!!」


 彼女の腕を掴み止めたのはレインであった。


「……レイン――ロズハーツ……そう、こうなるのね……」


 大人しく手のひらを開きナイフを落とす。地へ突き刺さったそれを拾い上げようともせず、彼女は不可解な言葉を並べ始める。


「この2人はもうから――弱ってる今がチャンスだと思ったのだけれど、いいわ。これからはいつでも狙えるのだから――」


「……? アンタは一体……?」


「―― “ たみ ” 」


 それだけ言うと彼女は景色の中に姿を消して行った。


「?! え、どうやって消えたんだ?!?!」


「……驚いた、 “ 裏世界 ” から来たんか……?!」


「? 裏……それよりおい、モス?!」


「ぐふ……なんですか “ 破壊の ” 、敵の心配ですか……」


「心配っていうか……いや、今のは何かがおかしいだろ!!! 協会が来るまで死ぬな!」


「ふっ、神を目指した人間が……ナイフ一刺しで死ぬはずが無いでしょう……大丈夫、ハッタリじゃありませんから」


「モス……」


 その後、協会の応援がグリンポリス帥国を包囲した。裁く者の居ないグリンポリス軍の者たちであったが、幾百の加盟国の許可を得た魔法協会が彼らを裁く権利を得た。モクモ、ピカキラー、クラクロイの主導者らも同様に、国民の要請を得て協会へと連行されて行った。グリンポリスの支配から開放された六国は協定を結び、互いに支え合って再建していく事を誓ったのであった。



***



「遂にグリンポリスが墜ちたのね――」


 その言葉の主は、戦況を眺めていた〈魔王〉アリア・ベル・プラチナム――。


「非加盟国間の国際問題には協会は手出しできない……とはいえ見過ごしていて気持ちのいい問題ではなかったわ。ありがとう、ロズ王国――レイン・ロズハーツ」


 暗い一室に、今日も結晶のピアスが揺れる。



***



 これらの情報は協会最高幹部 “ 四天王 ” にも伝達された。数十年に渡り六国の覇者として君臨してきたグリンポリス帥国の崩落――そして “ 民 ” と名乗る存在。


「 “ 民 ” 、か……また仕事が増えそうだね……それにしても、ようやくグリンポリスが落とされたんだね」


 ここはロズの隣国ブルガリス帝国の騎士団寮。騎士団長パーシヴァル・エグゼビアは受け取った情報を咀嚼しながら、勇敢なロズの者達へ思いを馳せるのであった。



***



 今回の一件を終えロズ王国とノヴァ王国は契約通り正式な同盟を結び、友好国となった。多大なる恩義を感じているノヴァの者たちは、いついかなる時でもロズの味方となる事を約束したのであった。


「レイン!」


「! おう、ライデン」


「ようやっと終わったな」


「ああ。長いようで、意外と短かったんだな」


「レインはこれからも旅を続けるんやろ?」


「もちろん。今回のおかげで俺の顔が知れただろうからな、また代表に近づいたぜ」


「あんな、レイン! これから、俺もたまに連れてってくれへんか……?」


「?」


「協会って、やっぱすごい組織や思たんや。そんな組織の最高戦力 “ 四天王 ” ……それになれたら、俺はもっと確かな力で国を守れると思ったんや。だから――俺も世界に挑みたい、お前の冒険に連れてってくれ!」


「ライデン……おう、また一緒に闘ってくれ!」


 新たに一行に加わる事を宣言してくれたライデン。レインは固く握手を交わし、しばしの別れを告げたのであった――。

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