第26話「幻日」

~翠歴1424年8月8日~



 見渡す限りの深緑。文明さえ忘れ去られたような常磐の中で、特異点が如く砦や要塞の点在する島国――それが “ 大樹海国 ” グリンポリス。空が青ければ降り注ぐ煌めきは木々に乱反射され、木陰とのコントラストが美しく映えるこの国も、今は夏の嵐の真っ只中。連合軍は野営を挟みながら着実に央都まで迫っており、遂に付近の森林内で合流を果たす。


「――! ドロス! ライデン!」


「よっ、なんや久しぶりやな。無事で何よりや」


 レインらはライデンらの後ろに控える見慣れない男に目を向ける。


「……アンタがサドンの言っていた――」


「バアイ・シュルーゼと申します。長くグリンポリスに身を置いていた私を加えて下さり感謝致します」


「おう、よろしくな」


 バアイはレインの差し伸べた手と固く握手を交わすと、続いてサドンへと歩み寄る。


「ご無事で何よりです、王子」


「そっちもな。それで、の方は――」


「ご安心ください、こちらは全て完了致しました」


「そうか。悔しいけど、お前の方が僕よりも魔力が多くて助かった」


「勿体なきお言葉……」


 サドンの視線に応えた後、バアイは第一軍の雑踏を見回す。


「やはり陛下はまだ……」


 オクタヴァ元帥の奇襲への対応を買って出た主君マキア。尾行させ招かせる原因となってしまったサドンは申し訳なさそうに俯く中、背後からレインが明るく声をかける。


「ああ。うちのロキも独断で残ったみたいだ。心配すんな、あの王様も俺の仲間も負けねえからよ! 今頃、勝って追いかけてきてるよ」


 その言葉にバアイは安堵と笑みを浮かべるのであった。束の間の安息を噛み締める一行、しかしここは本拠地の傍。ドロスは仕切り直さんとばかりに声を上げる。


「さて。オクタヴァ元帥の奇襲は不測の事態――もとい、ロキとマキア王が破ってくれる分好機とも言えるが、それ以外はバアイ君の垂れ込み通り。海岸からこの地点まで一切敵と遭遇しない快適な旅路だった訳だが、それは全勢力がネメシティで待ち構えている事の裏返しでもある」


「首都以外を明け渡すなんて、俺たちを信用しすぎだぜ」


「いえ、彼らにとっては国が荒らされようが民が人質に取られようが、今はどうでもいいのです。重要なのは『敵の全勢力をおびき寄せ、敢えて自分たちの本拠地で叩く事』、言い換えれば『襲わせた上で下す事』」


「何でそんな事を?」


「すみません、そこまでは私には……しかし勝ち方に拘っている事は確かです。その先にどんな意味があるのかは、元帥や大将しか知り得ないのでしょう。だからこそオクタヴァ元帥の独断専行はモス達には不慮の事故でしょうし、我々にとっては好都合でした」


「ふむ、真意は不明だが……舐められているにしろ、我々にとっては都合が良いからね。ありがたくお邪魔させて頂くとしよう」


「よおし、向こうさんがご丁寧にもてなしてくれるって言うんだからよ、こっちもご挨拶はしとかねえとな……ライデン!」


「おう! 一発お見舞いしとこか……!」


 ライデンは天高く右手を掲げ、空へ稲妻を逆走さかばしらせる。荒れ狂う曇天は一点を集中に渦を巻き、蓄積された電光は落雷の時を今か今かと待ち望む。


「勝負やグリンポリス!!!  “ 落雷アマリリス ” ――!!!」


 天然よりも遥かに無慈悲、神為的じんいてきな雷撃は森の向こうへそびえ立つ鉄の砦目掛けて降り落ち、爆発音と共に雷鳴が轟く。その音を皮切りに一行はネメシティへの突撃を開始。


(つまらん相手やったら今ので大半は落ちるやろ、でも――)


 樹林を抜け首都入口へ到達、一同が目にしたのは要塞から天へと不自然に積み上げられた岩の塔であった。


(――おもろい、討ちがいがあるってもんや……!)


 ライデンの不意打ちを察知し刹那の間に岩石を生成、雷撃を受け止められる程に構築したのは “ 防衛軍 ” ダルナゴア・ドボルガナフ元帥。地を見下ろす彼とその隣で腕を組み立つモス・カフス総帥、そして見上げながら並走して向かい来るレイン、ライデンとは、互いに視認し得ぬ距離にありながら偶然にもその視線を合わせていた。連合軍に立ちはだかるはグリンポリス軍にモクモ共和国、ピカキラー共和国、クラクロイ共和国を交えた3万の軍勢。


「こちらは2万、しかし敵は天術使を除く主力を欠いている! 臆さず進め!!!」


「「「おう!!!」」」


 ドロスの掛け声に鼓舞され、遂に全ての勢力がぶつかり合う――その時、砦の前に巨大な魔法陣が描かれ、そこにとある景色が映し出される。


「十字架――マルカトロス!」


 そして国中の拡声器が一斉に起動し、長の声を全ての人員へと届ける。


「お久しぶりです、ノヴァ、モユルフォノー、ウルオスのご一同。そして初めまして、ロズの皆様方。私はこの国の指導者、モス・カフスと申します。以後お見知りおきを……皆様方への歓迎の儀として、ささやかな余興をご用意させて頂きました――」


 十字架に張り付けられた不動のマルカトロスへ構えるダルナゴア、そして周囲には無数の火器を構える兵士たち――。


「余興の模様は国外にもお届けしております。さあ国民の皆様、外へ出て祈りを――〈千本刀〉への餞別です」


 レインらが通りかかった際は人影ひとつ無かった町々もロックダウンが解除され、建物から姿を現した人々は総帥の言葉のままに像の前で膝を付け始める。皆が立ち止まりその瞬間を見守る、国外の住民、さらには諸国に点在する “ 四天王 ” 達までも――。グリンポリスに住まう者たちが一斉に祈りを捧げる、モスとダルナゴアは魔具を光らせ、魔力を得る――そのはずであった。


「!!!」


 砦の上で高みの見物を決め込むモス達の目にもはっきりと確認できた、国中で爆破音と共に砂煙が上がる光景を――。


「へっ……!」


 レインはサドンもバアイへ振り返る。そして皆が強く頷く。モス達は刹那の呆然に苛まれる――瞬間、背後で兵士らの悲鳴が響く。


「長かった……――ようやく動ける」


「メイクルポート・マルカトロス……!」


 マルカトロスは鎖の拘束を力で断ち切ると、瞬く間に雑兵を倒し彼らの携えていた剣を拾い上げ、主将らへ向けていた。


「祈らせる事で国民から魔力を巻き上げていたのだろう。その魔力ははじめに像に集める――その魔力が、俺の仲間が仕掛けておいた術式を起動させた」


「……貴方もいつでも拘束を解けた訳ですか」


「当然、だが待った。適当に暴れては貴様たちを消しても雑魚が群がってくるからな……今なら外で仲間たちが相手取ってくれているおかげで貴様たち2人に集中出来る――」


「ガッハッハ、馬鹿を言え! お前一人で俺たちに勝てるとでも?」


「俺は〈剣神〉を超える男だ、貴様らなど通過点に過ぎん――と言いたい所だが、今日は後輩たちに花を持たせると約束してしまっていてな。俺は俺の役目を全うしよう――」


「〈千本刀〉……あなたの名声は大陸に轟いていますが、人の子が神に勝とうなどと思わない事です」


 その言葉を受けたマルカトロスは、剣先で背後を指していた――それは自身が張り付けられていた十字架。倒された今、それは横に傾き “ ‪✕‬《バツ》 ” を示している。


「……」


 ブリッジに指を当てモノクルを掛け直すモス。暗く曇るレンズの向こう、眼光は鋭く敵を見据えていた。


「行くぞ――」


 大きく踏み込むマルカトロス、力強く加速し瞬く間に敵の懐へ、今際の際というのにその距離を果てしなく感じさせる程悠然と立ちはだかるモスは刃に触れる寸前に地から樹を生やし攻撃を受け止める。しかしその一撃で大木を斬り裂いたマルカトロスは二撃目、三撃目と追い打ちをかける。モスは冷静にそれを躱し反撃の機会を待つ――。


「フン!!!」


 その背後からダルナゴアの声と共に迫り来るのは地を抉るように迫り来る岩壁の波、咄嗟に後方へ斬り上げ回避させようとするもとめどなく生成される岩は果てを覚えさせない。


「キリがないか」


 横方向へ飛び転がり、華麗に受身を決めると一瞬にして駆け出す体勢へ。その勢いのまま大きく飛び上がり地の天術使目掛け斬りかかる。床から飛び出た圧縮された岩石がその刃を食い止めるが、刀は徐々に防壁を侵食していく。


「こいつ……!」


「うおおお!!!!」


 岩を削りきる事に意識を集中させるマルカトロス。しかしその隙を見逃す将などいない――背後から緑のツタが伸ばされ彼の手足を拘束した。


「くっ……!」


「 “ 食物園ビアガーデン ” 」


 モスの詠唱と共にツタからはいくつかの芽が生え、それは瞬く間に巨大な食人植物へと変貌。明確に牙の着いた口を開け構え、赤紫の果肉は獲物へ襲いかかる。


「グギャァアァ!!!」


 拘束を解こうともがいていたマルカトロスも足掻きを止め、静かに食される時を待った――しかしそれは諦めではなかった、マルカトロスは花が迫り来ると咄嗟に首を突きだし食人植物の口周りの果肉に噛み付いた。


「グギィイイィ?!?!」


 そして強く噛み締めると、首の力に任せ大きく右後ろへ振り向き肉をちぎり取る。漏れ出た赤い蜜は鉄の味がした。拘束の一瞬緩んだ隙をついてツタを引きちぎると、噛みちぎった果肉を吹き出し口元を拭う。


(しまった、剣が――)


 両手が空いてしまった隙を狙い、周囲に生成された岩石の波が円の中央の敵めがけ押し寄せる。床から天高くそびえ立つそれは逃げ場を与えること無く、確実に敵を埋めたかに見えた――。


「ひい……――何?!」


 土埃の向こうから悠然と歩み出てたマルカトロス。


「この程度で俺を折れると思うなよ――」


 衣服は傷だらけ、本人も傷んでいるというのに眼光は衰える所を知らない。想定外の脅威にモスとダルナゴアはしばし静観、その間にマルカトロスは別の剣を拾い上げ体勢を立て直す。


「もっと本気で来い」


「……解りました――」


 モスの背後には鬱蒼とした樹林が、ダルナゴアの周囲には強固な岩石が現れ、それまで以上の殺意を露わにする。マルカトロスは二名を交互に睨んだ後、突き出した人差し指でこちらへ仰ぐように挑発する。


「来い」


 まさに神と呼ぶべき理不尽な力が一人の騎士へ襲いかかる、その様子は未だ途切れること無く国を越え届けられていた。


「俺たちも行くぞ!!!」


「「「おう!!!」」」


 主将らと贄、思いがけず繰り広げられる闘いに気を取られていた敵軍も気を取り戻し、ネメシティは戦乱に包まれる。


「レイン君、ライデン君! 砦までの道を開ける、着いてくるんだ!」


「ドロス!」


「僕も行きます!」


「私も!」


 すぐ側にいたオルビアナとソフィアも交戦中の敵を片付けレイン達の援護に走る。


「壁を作るわ!」


 ソフィアが自身の背後に二つ隣り合わせの魔法陣を描き出すと、そこから結晶の壁が自分達の両隣を塞ぐように伸びる。


「すげえ! ありがとうソフィア!」


「私今回まだ何も出来てないから……このくらい、任せて!」


 前方はドロスとオルビアナが切り開きながら進んでくれるおかげで順調に本拠地へと到達する。最上階からは常に激しい物音と煙が立ち、未だに神々と騎士による交戦が行われている事を告げていた。


「待ってろよマルカトロス――」


 その時、5名は花の香りが鼻腔をくすぐったことを覚える。その匂いに誘われ足元を見ると、舗装されていた通りはいつの間に花畑と化していた。


「魔法?!」


 変化は地面だけでは無い。自分たちを護っていた双璧には花々とツタが絡みつき、締め付けられた結晶は儚く砕かれる。粉砕して飛び散る翠色の破片の向こうには、一人の女性が立っていた。


「ああ、神々に背く悪魔達め……主君よ、あなた方に代わり私の花が愚か者達を散らす事をお許しください……」


 足元の花々がレインらにまとわりつき自由を奪う、そして彼女の合図で毒針を備えたツタがこちらへ伸び迫る――。


「 “ 晶壁ピース・ピース ” !!!」


 咄嗟に唱えた術式で攻撃を防ぐと、ツタに砕かれた破片に再度指示を与え敵へ飛び散らせる。


「く……!」


 彼女の気と共に拘束も緩んだ。


「行って! この人は私が相手する!」


「ソフィア、頼んだ――」


 ソフィアは親指を立て、微笑みで見送った。


「さて――あなたは誰?」


「モクモ共和国 “ 元首 ” マイ・ギルツ――」


 ソフィアへ強敵を預け再度生まれた余裕、しかしそれを潰すように剣の雨が降り注ぐ。


「危ない!」


 ドロスの剣技がそれらを振り払った為に事なきを得たが、その圧倒的な速度と物量は一瞬の油断も相まって死を予感させた。


「……名乗りたまえ」


「クラクロイ共和国 “ 首長 ” ジャイロ・キリダンス――恨みはありませんが、恩義に報いてあなた方を討ちます」


「そうか。私はロズ王国騎士団団長ドロス・リーデル。こちらも貴国への恨みは無いが、刃を向けたからには報いを受けてもらおう――オルビアナ、2人を上へ!」


「団長――解りました!」


「ドロス、任せた!」


「頼んだで!」


「さーて。後は若い子達に任せて、私は外を片付けようか」


 先頭を任されたオルビアナに導かれ、遂に砦の扉は開かれた。開け放った先の広間には、強い殺気を放つ男が一人――。


「お前、モスでもダルナゴアでもねえな……誰だ!」


「ピカキラー共和国 “ 主宰 ” バトルウォー・ヨークテル、待ってたぜ天術使ィ……モス達には悪いが、先に味見させてもらうぜ!!!」


 その言葉と共に迫り来るバトルウォー。狙われたレインは防御の構えを取るが、攻撃の寸前に鋭い矢がバトルウォーの顔目掛けて飛び出す。


「――!」


 バトルウォーは首から上を急激に回避させ、その勢いで右方向へ転がる。受身を取り矢の飛んできた元へ視線を移せば、そこには目当ての天術使とは違う青年が立っていた。


「なんだテメェ……?」


「レイン、ライデン、上へ!」


 その言葉を合図に2人は階段を駆け上がり、今も尚マルカトロスが食い止める総帥と元帥の元へと向かう。


「おいおいおいおい、邪魔してくれたじゃねえかクソガキがよォ……俺は天術使と闘いたくてわざわざここで待ってたんだぜェ……?」


「そう……それなら――」


 オルビアナは神眼を解放し、見せつけるように目を合わせる。それを見たバトルウォーは満更でもない表情を浮かべ、怒気の代わりに戦意を剥き出しにする。


「――そうか、いいねいいねェ……神の眼か、寧ろ良い!!!」


 こうして従属国の主将らも連合軍主力と相対し、土台は完成した。後は天井を待つばかり、レイン達は遂にモスらの待つ最上階へ――。


「「マルカトロス!!!」」


 仲間は既にやられているのではないか……微かな不安と共に扉を開け放ち、その先に広がる光景を受け入れる――しかしそこには、未だ戦意を滾らせたまま三者が見合っていた。傷つきながらも弱化の予兆すら見せぬマルカトロスと、痛みを負っていないとはいえ息を切らし僅かに消耗しているモスとダルナゴア。


「来たか。俺は俺の役目を果たしたからな――」


 マルカトロスはそれだけ言い残すと後は託さんとばかりに窓を割って背面から戦場へ飛び降りた。そして投げ出した身を空中で整えると、先程まで死合っていたとは思えぬほどの快活さでそのまま入り乱れる敵軍を順当に斬り倒していく。こうして天術使のみが残された空間は、荘厳な空気感を放っていた。


「選手交代か――」


「と言うより、あなた方が本隊という訳ですね」


「そうだ」


 数刻の睨み合い。これが神々の闘争の前の最後の平穏となる事を、敵味方、そして魔法陣越しに見守る全ての人々が理解していた。理不尽、そして無慈悲な撃の応酬となろう天術使4名入り乱れる大戦の光景が、今世界へと届けられる――。


「……改めて名乗りましょう。 “ 樹の天術使 ” モス・カフス」


「 “ 地の天術使 ” ダルナゴア・ドボルガナフ!!」


「 “ 雷の天術使 ” ライデン・パラナペス――」


「 “ 破壊の天術使 ” レイン・ロズハーツ、お前たちの企みを壊しに来た!!!」

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