第25話「嵐の季節」

 龍神暴れ狂うような曇天の下、荒波の寸前で向かい合うマキアとオクタヴァ。ロキはマキアの隣で二人の視線が結ぶ点を見据えると言った状況。


「(――)」


 ロキは何かを呟くが、環境音がそれを他者に届ける事は無い。雨風に加え雷まで落ち始め、国全体がいよいよ神々の戦場といった風貌に包まれる。


「行くぞ!!!」


 先に動き出したのは槍術使マキア。風穴を空けんとばかりに無慈悲に突撃を開始すると、瞬きの間に間合いへと入り込む。対するオクタヴァは右手に魔力を集中させ、硬化した拳で穂先に抗戦しようという試み。


「魅せてみろ!!!」


 それらの衝突は閃光を放った後に停止、お互い間合いを図り直し――そのような展開になると思われた。しかし実際巻き起こされた展開は、槍を手放し吹き飛ばされるマキアと、体勢を崩した彼の腹にすかさず二撃目を打ち込むオクタヴァといった構図。


「ぐはあ!!!」


「マキア王!!!」


「ははは!!! 情報不足だったなマキア王よ!!!」


 ぬかるんだ砂浜にめぐりこむように打ち付けられたマキアは、与えられた痛みから状況を推測する。


(やけに重い一撃……いや――違和感。ただ強い一撃なら槍を手放す事などしなかった。そう、握る手の準備が追いつかないような……不意打ちをもらった感触――)


 マキアは浜に突き刺さる槍を抜き、再度構える。


「――暴いてみせよう」


「出来るものならな……」


「「はああああ!!!!!」」


 槍による高速の突き、対する両拳による連続打撃の応酬――両者残像すら生み出し、二者を跨ぐ地面には雨粒が落ちることすら許されない。初めは互いに防ぎ合った、しかし次第に敵の卓越した技々に魅入られ止めも躱しもせず、同時に己の撃を送り込む方向に向き直った。そんな無理な攻防がいつまでも続くはずがなく、数刻の末マキアの手数は徐々に減り始める。


(まるで効いていないかのような気力、仕留めきれない――)


 その隙を突くようにオクタヴァがここ一番の力を込めた拳を作り出し、懐めがけて引いて構える。


「終わりだ!!! マキアァ!!!!」


 瞬間――拳は斜め下に構えられた剣に阻まれる。


「てめえは――」


「ロキ殿!!!」


「急にすんません、貴方のおかげで解ったので――彼の術式」


「!」


 ロキが静かに睨みつけると、オクタヴァは一瞬過ぎる危機感から本能で間合いを取った。かのライデンと互角以上に渡り合ったマキアも、流石に元帥相手では血を流し息を荒らげている。オクタヴァの照準はそんな手負いの獅子から横入りしてきた青き挑戦者へと移された。


「『解った』、か……」


「貴方の術式は『自分の攻撃にそれと同じ威力の攻撃を重ねて与える事が出来る』んじゃないスか、しかも『打点を下にずらす事で衝撃の後の展開を予想しづらくしている』」


「! そうか、さっき私の槍を弾いたのも――」


「がははは!!! ただの青二才でも無かったようだ、良い目をしている」


「もっと眼の良い人が上司なもんで」


「で……解ったところでどうする?」


「そうっスね……観てた感じ、私じゃ敵う相手じゃないっス」


「潔し! だがもはや降参しても無――」


「――アンタが万全なら、ね――」


「――駄……ああ?」


「私の次の一撃は確実に貴方を刺す」


「言ってくれるじゃねえか……やってみろや!!!」


 マキアへ繰り出したのと同様に、横殴りの雨の如き連撃を浴びせる。ロキは間合いを図りつつ避ける事で手一杯であった。


(気力十分だとここまで動けるんスね……でも――)


「トドメだあ!!!」


 オクタヴァの最も重い一撃――瞬間、ロキは迎撃の体勢に入る。


「 “ 解術げじゅつ ” ――」


「?!?!?!?!」


 刹那、オクタヴァに激しい痛みが遅いかかる。彼に悲鳴に浸らせる暇さえ与えず、ロキの剣はその隙を的確に貫く。


「ぐおああ?!?!」


「王にあんだけ刺されてたのに痛い訳ないじゃないスか―― “ 無痛イブ ” 、あんたの感じる痛みを消してたんスよ。今の隙を作る為だけにね」


「……汚え真似しやがって――こんな勝ち方で満足なのかよ……?!」


「ハナから勝ちに来てるんス、私は過程は重視してないっス」


「……くそが――」


 ぬかるみの中へ倒れ込むオクタヴァ元帥。


「ふー……――マキア王……!」


 勝利も束の間、ロキは振り返り静かになったマキア王の元へ駆け寄る。目を閉じ、呼吸音さえ感じさせない彼にロキは酷く慌てた。


「王?! しっかりするっス、マキア王?!」


 ――その時、僅かに口元に空気の出入りを感じ取った。


「!!! 良かった、無事なんスね!!!」


 軽く気を失っていたのか、ロキの叫びに目を開く。そして自身を支える男の影に、先程まで己と死合っていた者の眠る影を見た。


「……すまない、ありがとうロキ殿」


「いいんスよ、これはマキア王の勝利っス」


「……先を急ごう、追いつかなくては」


「ちょちょちょ、無理しないでくださいっス! ちょっと休んでから行きましょう、そんな状態で歩いてったら血溜まりの中でお陀仏っスよ?」


「何から何まですまないな……」


 マキア王は掠れる視界を嵐の空へ移した。はじめに一勝、最初の峠を超えたというのにその景色は未だ荒れ狂い続けていた。


「……まるで “ 風神 ” と “ 雷神 ” がお怒りになられているようだ」


「そうっスね……」


 漆黒の空、灰色の雨に打たれ、東西に分かれた連合軍は央都ネメシティを駆ける。それぞれの先頭に立つレインとライデンは、きたる巨悪との闘いを見据え睨みながら――対するモスやダルナゴアらは、彼らの侵入を心得ながら悠々と本拠地でその到着を待ち構えていた。外の十字架に〈千本刀〉メイクルポート・マルカトロスを張り付けにして――。

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