第24話「イカロスの空」
~翠歴1424年8月7日~
「――はあっ、はあっ、はあっ……!!!」
土砂降りの夜を駆ける一人の男――ローブを深く被ったサドン・パラナペスであった。
(もうすぐだ……もうすぐ、皆と……!)
切らした息を整えると共に地図を確認するべく、木陰へ入り込み幹に背を付ける。
(港まであと5キロ……途中南北に町が3つか――)
目的地を見据えるとぬかるみを跳ね上げ泥道を駆け出す。木々のトンネルを走り抜け、足元が獣道からコンクリートに移り変わると一寸先に町を見た。文字通り鉄壁の囲いと内側へ侵入する為のたった一つの門。そこには火器を手にした二人のグリンポリス兵が雨に打たれながらも堂々と構えていた。サドンがこの町へめがけてきた理由はたった一つ、モスとダルナゴアを模した “ 樹神像 ” と “ 地神像 ” にある。
(ちっ、これじゃあ迂闊に入れないじゃあないか……あっ――)
木の幹に身を潜めながら向こうを睨むサドン。強襲を頭に過ぎらせたのも束の間、夜闇と雨に隠されていたがよく目を凝らせば門の向こうに像が設置されていた。
(結構距離があるけれど、今の僕なら行けるはず…… “
サドンが手のひらに発生させた砂は渦を巻いて圧縮され、夜空を流れて門の向こうの二つの像に取り付いた。術式はそのまま標的に溶け込むように姿を隠し、以降一切の変貌を遂げずにいる。しかし彼にとってはそれで良かった。
(よし、あと2箇所……!)
東西に分かれそれぞれ海岸を目指しているサドンとバアイ少将。こうして国中に点在する像を目掛けては術式を仕掛ける事を繰り返し、着々と浜へ歩みを進めていた。無数の標的に対する術式の発動と絶え間無く駆け続ける気力、サドンにとってそれらを実現させているのはマルカトロスより授かった膨大な魔力あってこそであった。
(全く、王子たるこの僕が
***
ウルオス共和国衛兵隊も交え、西側の海岸を見据えて待機するドロスら第二軍。望遠鏡の先に合図を待つライデンは、覗き映す景色に一人の男の侵入を確認する。
「! 誰や?!」
待機地点は雨天を計算して向こうからはギリギリ見えない距離を保っているはずで、的確に方角を当てられるのは自軍の人間だけのはずだった。
「どうした? ライデン君」
「いや、誰かよう知らん奴がこっちに手ェ振っとんねん……」
「見せてくれライデン」
続いて望遠鏡を覗き込んだのはカメルであった。
「……あれはまさか――バアイ少将……?!」
「! 何や知っとるんか?!」
「グリンポリスへ招集された際にすれ違った事がある程度だが、顔と名前は知っている。グリンポリス軍でも腕利きの幹部だとか――」
「ま、まさか、
「……話したには話したようだな、だが訳がありそうだ」
「え……?」
レンズの中央に映るのは、サドンの筆跡で『同胞』と書かれた旗を浜に打ち立てる男であった。カメルはドロスと顔を見合せ互いに頷くと、船を彼の待つ浜へ向け泳がせ始めた。
「おい兄ちゃん、大丈夫なんか?!」
「確率は限り無く低かったが……グリンポリス軍幹部に従属国出身の者がいて、我々との大戦の為に居残っている可能性も無くはなかった。仮にサドンがその者と結託出来たのだとしたら――」
第二軍が浜に着くと、ドロスが先行してバアイの元へ降りる。
「驚かせてしまい申し訳ございません、私はかつてノヴァ王国から徴兵されたバアイ・シュルーゼ。今はグリンポリス軍侵略軍で少将の座を預かっております」
「私はロズ王国騎士団団長のドロス・リーデル。大体の経緯の察しは着くが……一応、サドン王子の連絡を待たせて頂くよ」
「もちろん、構いません。混乱を避ける為、詳細は後ほど共有致します」
***
一方、東側海岸。モユルフォノー共和国を加えた第一軍は、荒波に留まりながら第二軍と同様に浜辺に同胞を見た。
「! おーい皆、サドンだ!!!」
「「「!!!」」」
「本当か!」
一際慌てて望遠鏡を覗き込み息子の帰還を確認するマキア王。
「良かった、よくぞ無事に辿り着いた……!」
安堵に膝を着くマキア。そんな父の肩にミサは優しく手を載せ、胸中で共に無事を喜ぶ。順調に進む計画に対し歓喜に沸くデッキ、その熱を保ったまま陸へ船を着けたときレインは浜の向こう、森の奥へ脅威を察知する。
「――!!! サドン、乗り込め!!! オルビアナ、 “ 眼 ” を!!!」
「「「?!?!」」」
「――解った!」
唐突な指示を疑う事も無くオルビアナは右眼に宿る神を顕現させる、その瞳は迫り来る頑強な魔力を視た――。
「?! 誰か来る、敵意と――すごい魔力だ!!!」
全員が身構え、前線を張れる者らは船から降り態勢を整える。
「 “
横並びに立つ精鋭らの先頭へ飛び降りたレインは、掛け声と共に正面の空気を殴り標的目掛け空間に罅を入れる。森の中まで侵入した術式が大爆発のように破裂し木々を散らすと、土煙を縫って一人の大男が姿を現した。
「ひー怖い怖い、恐ろしいねえ “ 破壊の天術使 ” ――」
「! 貴様は……!」
その姿にいち早く
「おいミサ、アイツは……?!」
「……彼は侵略軍 “ 元帥 ” オクタヴァ・ソーホー……! 階級だけで言えば、 “ 地の天術使 ” ダルナゴア・ドボルガナフと同等よ……!」
「見せかけの階級じゃあ無え、実力もダルナゴアさんに迫るって自負してるぜ? へへっ、ロズの騎士団にパラナペス家……
大軍を前にしても圧倒的な余裕を誇る器。レインは拳を握り締め、今一度飛びかかろうと試みた。その時――。
「私が相手しよう」
「!」
手を前に出しレインを静止したのは、マキア王であった。
「済ませ次第後を追う、先に行くのだ」
「父上――」
「ミサよ。第一王女として民を導いてくれ」
「!!!」
ミサは今王女としてではなく娘として、国王ではなく父を、一人の漢を見ている――その覚悟を、自らの我儘で傷つける訳には行かない。
「父上……! ごめん……僕のせいで――」
「謝るなサドン。お前は使命を果たしたのだ、今度は私が闘う番だ」
「!」
「行きましょう、サドン……!」
「姉上……!」
悲しげに、それでも強く前を向く姉の横顔にサドンも走り出す。オクタヴァは自身の左右を駆け抜ける敵軍をあっさりと通してしまった――まるで走り抜ける彼らなどにも目もくれず、ただ目の前に立ちはだかった敵将のみを見つめて。
「奴らはどの道すぐ果てる――俺様が興味あるのは、『飛んで火に入る夏の虫』より『蜜で肥えた虫の王』だけだ」
「――」
「――」
強者同士の睨み合い――気の揺れすら許されないような張り詰めた空間、そんな神域を砕くようにか細い声が割って入る。
「そっちだって
「「?!」」
気配すら感じさせぬまま発された声に両者驚愕。振り返るマキアの視線の先にいたのは、存在を主張せんとばかりに己を指差す男――オルビアナ隊副隊長のロキ・ソプロフェンであった。
「
「あぁん……?」
「お主、なぜ?! 今すぐ走れ――」
「――ダメっスよ、貴方が命かけちゃ」
「?!」
「なんか、ここで終わろうとしているように見えましたから。でも、ダメっスよ。ここから始まるんス。貴方は生きなきゃ――だから、助太刀っス」
そのあっけらかんとした介入に、オクタヴァ元帥は虫の居所が悪かった。
「状況わかってんのかこの青二才が……!!! 今なら見逃してやっても良いぞ?!」
「うう、どうも船酔いが厳しくて……――休む口実ができて良かったっス」
「……てめえ、覚悟しろよ?」
「とっくに出来てるんスよ。さ、来いっス」
飄々と決闘に割り込んで来た男に対し、目口を開いて唖然とするのは隣に立つマキア。雨風渦巻く
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