第23話「虎視眈々」

~翠歴1424年8月5日~



 グリンポリスの滞在を認められたサドンは与えられた宿舎を起点にネメシティを練り歩き、目的達成に向け虎視眈々と景色へ目を配っていた。今日はその2日目。彼が最低限達成させるべき目標は『天術使らを象った像の位置の把握』。敵軍や地形、そして徴兵された元ノヴァ王国民らの情報把握は可能であれば達成しておきたいが、最悪出来なくても構わないといった所――とはいえ、結局信頼に値する筋から情報を得ない限りは像の位置の把握すら叶わないとなると、後者3つの目標も付随しているようなものである。


(グリンポリス軍は論外として、やっぱり信用出来るのは元ノヴァ王国の人間だけ……)


 18年前、最初期に徴兵された者の中には今幹部として在籍している者もいると聞いた事があるので、怪しまれないように情報さえ得られればその者から有益な話を聞けると考えていた。そんなサドンにとって唯一の気がかりは、案内役と称して付けられた兵士。


(くそ、邪魔だなあ……)


 今すぐ薙ぎ倒して逃げ出すこと自体は難しくないが、それではここへ来た意味が無い。脳内であれこれ策を巡らせながら歩くうちに、気づかず壁に激突してしまう。


「痛っ?! ――ん、ここは……」


 堅牢な石レンガ作り、要塞あるいは監獄のように強く冷たい雰囲気で気づかなかったが、看板を読めばそこは図書館であった。そこでサドンは閃く――。


( “ 図書館 ” …… “ 歴史 ” ……!)


 サドンは見張りに一つ要求する。


「おい! 僕はノヴァ王国の王子として、グリンポリスとノヴァについての歴史を知りたいぞ!」


「なら、図書館ここへ――」


「こんな一般市民の目にも付くような場所で深い真実が解るのか?! もっと軍の者しか知り得ていないような、正確な情報を得られる場所に案内してくれ!」


「……」


 兵士は明らかに怪しんでいた。


「……上へ確認させて頂こう」


 何者かとの連絡。相手はモスか? ダルナゴアか? 通信中も監視の目は対象から睨みを外す事は無い。


「――了解」


 通信を終えた兵士は、サドンをとある場所へ案内する。


「ここは――博物館……?」


「地下の “ 第3禁庫 ” への立ち入りが許可された。従属国に関する文献が残されている」


「!」


 入館した2人は奥へと進み、余りに長い階段を降り続けいよいよ禁庫の待つ地下通路へ。


「奥だ、着いてこい」


 左右に対を為す2つの禁庫を横目に、奥に構える第3禁庫の入口の前で立ち止まると兵士は今一度何者かと通信を始める。そして連絡を終えると装置が解除されるような物音と共に巨大な扉が開かれた。


「徴兵されたノヴァ王国民の名簿はあるか?」


「ああ、それなら……」


 広間から四方に階段が伸び上へ上へと続いている構造。2人は2階、3階と進み……5階最奥の棚へ辿り着く。


「これだ」


「『翠歴1424年度ノヴァ王国徴兵に関する名簿』――へへっ、サンキュー!」


「ちなみに滞在は30分しか認められていない、それまでに済ませろ」


「30分?! 解ったよ……」


 急ぎ足でページをめくり、めぼしい人材を探す。その間、兵士にさりげなく質問をする。


「ところで、今徴兵された外国の人間はどこに……?」


「ノヴァの者はあらかた外へ出している。モユルフォノーとウルオスから来た者も今朝急遽出兵させた。お前の仲間達に感化されてしまわないようにな」


 そう言ってはいるが、彼の目は確かに訝しげにこちらを見据えている。


「そうかい、迷惑かけたね」


 視線を気にせんとばかりに名前に目を通すサドン、そして一人の男の名前に目が止まる。


「バアイ・シュルーゼ――侵略軍少将……?! ノヴァ出身の幹部だ……おい、こいつも今この国にはいないのか?!」


「いや、少将殿は大戦の要。まだ本部にいる事だろう……会いたいのか?」


「ま、まあ、同郷の人間として気にはなるな!」


「……解った。時間を頂けるか聞いてみよう」


「あれ、あっさり……」


「バアイ少将はグリンポリスへ多大なる忠誠を示し、反対に祖国を酷く嫌っている――パラナペス家に対しては特にな。会わせてはやるがどうされても保証は出来ないぞ」


「……!」



***



 その頃、モスとダルナゴアは〈千本刀〉を幽閉する地下牢前に来ていた。圧倒的な天性を纏い鎮座する敵将を前に、マルカトロスは臆する事無く顔を上げる。


「……俺を狩るなら今のうちだぞ」


「現在諸国へ遠征させた者たちへ中継の準備をさせています。大陸に、そして協会に――貴方の散り際を見せつけるのです」


「ふん、派手な葬式は好まんな……」


「協会との闘いもそう遠くない、貴方の首が大戦の幕となる訳です。切って落とされる、ね……」


「大層な首輪を付けられたものだ、上手くいくと良いな」


「……ふん。行きますよ、ダルナゴア」


「ちっ、生意気だなあ! あのガキ」


「活きが良いほど死は映えるもの、その明暗が色濃い脅威となり、さらに我々を神に近づけるのです……」



***



 その日の夜、バアイ少将との面会を認められたサドンは侵略軍基地へと踏み入っていた。何人もの衛兵に取り囲まれ、一室の前へと案内される。


「この先で少将殿が待っている」


「お、おう」


 軽くノックをしようとすると、その指が扉に触れる前に部屋の中からこちらへ呼びかけられる。


「お入りください」


「! し、失礼する!」


 ドアの向こうには窓の外を眺めこちらに背を向ける一人の男がいた。


「お待ちしておりました、サドン・パラナペス第二王子……本当に――」


「!」


 彼が振り向くと同時に鋭い殺気がサドンの胸を貫く。そして扉も閉めぬまま、バアイの不意打ちが彼を襲った。


「 “ 砂爆サンドバック ” ――」


 彼の手から発生した砂は瞬く間に敵を取り囲み、一斉に爆散を始める。


「うわああ?!?!」


 サドンも咄嗟に砂の壁を形成するも、彼の放った術式は確かにこちらを屠る意志を持っていた事を悟る。


「な、何を……?!」


「部下から聞いたのでしょう? 私はパラナペス家が憎くて仕方ない……この私を幼くして家族から引き剥がしたパラナペス家がね――」


「違う! それはグリンポリスの指示で――」


「それでも全員が全員徴兵に出した訳では無いでしょう。無作為とはいえ私をそれに選んだのは貴方達。だからこうして報復できる時を待っていた……私はもはや家族の顔さえ思い出せないというのに、その最中でのうのうと生きてきた貴方たちへと!!!」


 眼光を向けたまま、バアイは怯む敵へと歩み寄る。しばらく相手を見下ろした後、扉の外の通路でこちらを伺う兵士らに目を配る。


「巻き込まれたくなければ立ち去れ」


「「「!!! は、はっ!!!」」」


 そう言って逃げ出す兵士たちは強い殺気と魔力、そして多大な砂を人へ打ち付けた音を背後に感じより一層速く駆けるのであった。


「……行ったか」


「……!」


 バアイの放った術式はサドンをぎりぎりで躱す形で部屋一帯に砂を放ち詰めていた。軍の人間の目が消えた事を確認すると、先程と態度を一転させバアイはサドンの前で膝を付き頭を下げる。


「失礼致しましたサドン王子、御無礼をお許しください。こうでもしなければ警戒は解けなかったものですから……」


「! バ、バアイ……?」


「本当にお待ちしておりました……! いずれ祖国がグリンポリスへ反旗を翻す日に備え、私はこの軍でここまで上り詰めてきました……王子の意図は既に把握しております、情報をお教えしましょう」


「!」


 バアイはサドンへと情報を託した。像の位置、陣形、比較的警備の手薄な方角と有用な侵入経路を――。


「……よし、これだけ解れば十分だ! ところで、お前の権限でノヴァ王国民を遠征から戻す事は……」


「申し訳ございません王子、それは難しいでしょう……彼らを指揮するのはグリンポリスの士官、ノヴァ国籍に対する不信感が高まる現状では私の権限も及ばないかと……」


「解った。殺されていないのなら大丈夫だ、全部終わったら僕たちで助けよう!」


「王子、どうかご武運を……」


「? お前も来いよ!」


「え?!」


「僕は今夜中に街を抜けて海岸を目指す、そして明後日は僕達の本隊と合流する予定だ。もうここで燻ることも無いんだ!」


「しかし……! 私はこの日の為とは言え、昇任と信頼を得る事を目的に数えきれないほど手を汚してきました……建前はあれど既にグリンポリスの連中と変わらぬ穢れた人間、私はここで軍と共に散るべきなのです」


「本当に母国くにを想うのなら、一緒に来てくれ! そしてお前を汚させたグリンポリスを倒して、僕たちと一緒に胸張って帰るんだ……僕達の故郷に!!!」


「! ……有り難きお言葉、仰せのままに……!」


 サドンにとって、そして加わった仲間バアイ・シュルーゼ少将にとってグリンポリスで時間は残りわずか。本隊合流の時は刻一刻と迫る、夏の風物詩 “ 積乱雲 ” と共に――。

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