第22話「先陣」

~翠歴1424年8月3日~



 時は正子、新月は秒読み。ここはグリンポリス帥国東側海岸。一層深まる夜闇に色濃く象られた灯台の灯は、見張りの兵士らへ異邦人の来訪を告げる。


「ん……小舟……?」


 望遠鏡に映してみれば、そこで両手を振るのは見知った顔ぶれ――。


「あれは――サドン・パラナペス?!」


 モユルフォノーとウルオスへ仕向けた大将らとの連絡が途絶えた事から、グリンポリスは既にロズ・ノヴァ連合軍の意志を確認している。つまり今丸腰でこちらへ向かってくるのは、かつては飼い慣らし現在は牙を向いた狂犬の一角。


「奴らに対しては迎撃命令が出ている、サドンを狩る――」


 何故向かって来るのかも知らぬまま、一人の兵士は彼へ狙撃銃を構える――その際今一度覗いたスコープに、もう一つの人影が映し出された。彼の足元ですっかり気を失う男――。


「?! あ、あれは……〈千本刀〉のマルカトロス?!?!」


 抵抗の意思を見せる事無く近付いてくる敵にあらゆる疑念を向けつつも、そこに倒れる敵主戦力に今大戦の好機を見出す兵士たち。すぐさま総帥モスに報告を入れ、彼の一存でサドン第二王子の上陸は許可されたのであった。



***



 翌日、海岸沿いの基地から央都ネメシティへ招かれたサドンはグリンポリス軍本部にてモスやダルナゴアらと対面していた。


「――なるほど。つまりサドン王子、貴方は祖国を捨てこちらに着くと」


「そうだ! あんた達に歯向かうなんて父上たちは馬鹿な事をした……国でも家族でも何だって裏切る、だから頼む! 僕だけでも名誉グリンポリス帥国民として央都で平和に暮らさせてくれ……!!!」


「ふむ……」


「モスよ、流石に怪しいぜ」


「いや、彼は〈千本刀〉の身柄を差し出してくれました。信用に値しない訳でもありません……それにしても、見ない間に強くなりましたねサドン王子。魔力が見違えたようだ、それ程の力があれば〈千本刀〉を打ち負かしたというのも納得だ」


「ど、どうも……!」


「……解りました、とりあえず滞在を認めましょう。貴方はそれ程の働きをしてくれましたから――」


「!」


「――それと。監視案内役もお付けしましょう、ネメシティは広いですから」


「そりゃご丁寧にどうも……」


 丁重にもてなされグリンポリス軍の本拠地への滞在を認められたサドン。あからさまに信ぴょう性に欠ける意思表明ではあったが、それでもモスが彼を受け入れたのはそれ程までにマルカトロスの戦線離脱が与える影響が大きかった為だ。サドンが後にした部屋でモスとダルナゴア、そして気絶するマルカトロスを牢へ閉じ込めたもう一人の “ 元帥 ” が卓に着く。


「〈刀達天〉に次ぐ戦力であるマルカトロスを間接的に倒せた事はこの闘いにおいて相当優位です」


「どうする、奴はまだ眠っているが……今すぐ消すか?」


「いいえ、あれ程の人物です。秘密裏に消すより公開処刑にした方が諸国や協会への圧力になる」


「そしてそれがアンタら2人をより “ 神格化 ” させるって訳だ……!」


「オクタヴァの言う通り。見せしめの機会を伺い、それまでは気力を持たない程度に生かしてください」


 不穏な会話が織り成される中、言葉通りに地下牢で鎖に繋がれた不動のマルカトロスと、対極にグリンポリス帥国を闊歩するサドン。もちろんこれは連合軍の計画のうち――。


――『天術使2人は魔具を付けている。モスはペンダント、ダルナゴアは指輪だ。きっかけは不明だが、それらが光ると同時に2人の魔力の上昇を僅かに感じ取った』


――『グリンポリスに招集された時視たのだけれど……ある時間が訪れるとあの国の人々は一斉に祈りを始めるの。街中――いえ。国中に点在する、2人の天術使を模した銅像……さしづめ “ 樹神像きしんぞう ” と “ 地神像じしんぞう ” と言った所かしら……』


 2日前、そう語ったのは冴えた秘覚を産まれ持つフェン首席と鳥眼を操るトラリス大統領。以前より七国会議でネメシティへ招集された際、各々が察知・千里眼による目視によってこれら異変に気付いていた。これら情報を統合し、導き出された答えは『像が国民から魔力を奪い、間接的に魔具へ魔力を送り込んでいる。それによってモスとダルナゴアは本来以上の魔力を得ている』という事。ちなみにこれら像はノヴァを除く5つの従属国に神の像として設置させられているのだという。


――『でもモユルフォノーには祈る風習は無い。祈祷の目的が魔力の回収なら何故だ?』


――『恐らく距離の問題ではないだろうか。海を挟めば魔力が届けられないのだろう』


――『なら何故像は置かれた……? ノヴァに対してはライデン王子に自分たちの存在を知られてはいけないという名目があったから像を設置させなかったのだろう。だが僕達は明言こそしていないがわざわざ国民全員に樹と地の神の存在を認知させているみたいじゃないか』


――『何か理由があるって事……?』


――『その調査も含めて、サドン王子、頼んだぞ』


――『そんなあ?!?!』


 サドンに与えられた工作命令は『像の破壊』『地形把握』『敵軍実態把握』、そして可能であれば『徴兵中のノヴァ王国民への連絡・接触』。また、マルカトロスにも役割はある。


――『サドン貴様に俺の全魔力を渡す。貴様の実力で俺が倒れるのを待っていたら日が暮れる。一番手っ取り早く俺が気を失えるし、貴様は俺の魔力を得て一時的に魔力総量を誤魔化せる。敵を欺くには俺を倒せる器だという根拠が必要だからな』


――『ふん、ちょうどいい。ノヴァではお前に馬鹿にされたからな、倒れたあと思いっきり踏みつけてやる』


――『貴様……』


――『それより、お前一人で


――『はっはっは! サドン王子よ、マルカトロスは君の想像より遥かに強いぞ。かつてはかの四天王の者たちとも鍛錬を共にしていたのだからな』


――『余計な事を言うなドロス……まあ、貴様如きに心配されるほど落ちちゃいない。貴様は自分の事だけを考えていればいいんだ』


 計画の追加により、協同作戦の成否はサドンとマルカトロスのこれからの成果に大きく傾いた。時間を置いてロズ・ノヴァ連合軍、そしてモユルフォノーとウルオスの精鋭らも出港する中、残る3つの従属国もこちらとは相反する意志を持ってグリンポリスへ集い始めていた――。

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