第19話「一握の勇気」

 こちらの侵攻に勘づいた敵の工作か、人影ひとつ見当たらない首都を練り歩く一行。その静けさは策略故、迎撃態勢の完成の裏返しとも言える。


「……おい、ロズハーツ」


「ああ。な……」


 大通りの先に溢れる陽光、それに照らされていたのは高貴な建物と武装した軍隊であった。


「お出ましか、グリンポリス!」


「……いや、あれはグリンポリス軍では無い――モユルフォノーの衛兵隊だ……!」


 マキアのその声を皮切りに、敵の軍団の先頭に立つ男は高らかに赤き旗を掲げる。


「降伏せよノヴァ王国! ここで留まれば命までは奪わない!!!」


 その言葉に応える者はいない。数刻の睨み合い――合間に鋭い風が吹き、互いが戦意を認める。


「行くぞモユルフォノー衛兵隊、僕の後に続け!!!」


「「「うおおお!!!!」」」


 迫り来る敵軍。それを見据え、マキアは静かに呟いた。


「独立を望むはずの彼らが我々に向かい来るという事は、やはりグリンポリス軍の幹部が来ているのだな……」


「へっ、ならそいつらをぶっ壊すまでだ――行くぞ!!!」


 レインの声を合図に、連合軍も駆け出す。官邸前大通り、青空の元で鈍く響き合う金属音。『手加減はしない』と切り捨てていたロズ・ノヴァの一行であったが、戦闘開始から間も無くその意識は “ 殲滅 ” から “ 保護 ” へと変わる――。


(大した事ないな……)


 達人マルカトロスのみならず、末端の団員らの脳裏にさえ同じ感情が過ぎってきた。実戦経験の豊富な連合軍にとって、モユルフォノー衛兵隊は素人同然。魔法、武術、体術、知略、体力――それらが兵力差と相まって、二者間には拍子抜けしてしまう程の実力差が生まれていた。


「うわあ!!!」


(!)


 しかし皆が皆、同じという訳では無い。敵軍で一際実力を発揮する男が一人――。


「フェン主席……!」


 その男は軽やかな身のこなしと共に素早く剣を振るい、たった一人で戦況を覆さんとばかりに連合軍をなぎ倒していた。


(やはり闘わねばならないのか……!)


 敵対する同志に哀しげな眼差しを向けるマキア――それらも見切る覚悟を付けんと思考に浸る彼の意識を戦場に呼び戻したのはレインであった。


「マキア!!!」


「!」


「アイツがこの国の頭だろ?! あんたが説得するんだ!!!」


「レイン殿……!」


「あんたが一番、アイツの気持ち解るだろ? 道、作るぜ!」


 そう言うとレインは標的をマキアの眼前一直線に移し、フェン・アイランドへと続く道を開く。


「……そうだな、助かる!」


「――来るか、マキア王……!!!」


 雑兵に対し砂の魔術で応戦していたマキアも、相手が主将とあらば見方を変え背中に携えていた槍を解放する。


「うおおお!!!」


 敵に対し剣を振り上げ飛びかかるフェン。そしてそれを見据え槍を引くマキア――振り下ろされた刃と突き出された穂先の衝突は数刻火花を散らし、周囲に軽い閃光を引き起こす。


「フェン主席よ、まだ間に合う! 止まれ!!!」


「! 何を……止まるべきなのはそちらだ!!! あなたがここまで頭の回らない男だとは思わなかった……グリンポリスに刃向かってただで済むはずがないだろう!!! 民は苦しくも命はある、あなた方が敗れればそれすら失われる! 今ノヴァはどうなっているんだ、王たるあなたがここで散れば、その先はどうなると思っていたのだ! 留まれ……まだ、戻れる……!!!」


「『敗れれば』、か……つまり貴殿も勝利への希望は見失っていないようだな――」


「!!!」


「『戻れる』……そうだ、戻る事は容易い。しかし――我々は、進まなければならないのだ! もはや止まる事など許されない “ 今 ” こそ、向かう道を選べる唯一の好機なのだ……! フェン主席よ、共に行こう! 民のため、国のため……独立するのだ! グリンポリスを打ち破り!!!」


「! 無理だ……モス・カフス、ダルナゴア・ドボルガナフ……彼らがいる限り、勝算は無い……!」


「だからロズ王国と組んだのだ!」


 マキアはフェンの刃を振り払うと、一人の男へ視線を向けた。フェンもその隙を突くような真似はしなかった。


「 “ 破壊の天術使 ” レイン・ロズハーツ殿……そして “ 雷の天術使 ” ライデン・パラナペス。こちらにも2人天術使がいる」


「!」


「現在、二手に分かれた内のもう一方の自軍がウルオス共和国に乗り込んでいる。交渉が成立すれば、彼女らも共に闘ってくれる――」


 ――マキアのその言葉と重なるように、ウルオス共和国でも同様の闘争と駆け引きが行われていた。混戦の中央では砂の魔術を組み込んだ剣術と水の門術とがぶつかり合う。


「トラリス大統領、共に闘ってくれ! 貴方たちとモユルフォノーが加わってくれれば、戦況は4国対4国に持ち込める……大きく独立に近づくんだ!!!」


「でも……私は……」


「変えるんだ、この行き場のない運命を……!!! 自国の戦力に自信が無いのか? だから支配に甘んじている節もあるのか? それだって変えようとしなければ変わらない……支配から発つんだ、旅立ちの時が来たんだ!!!」


「!!!」


 ――マキアとフェンの攻撃は未だ凪いでいる。混沌とした戦場の中で彼ら2人のいる間だけ時が止まったかのように、得物の触れ合う音が響き合う事は無かった。


「抗わなければ自由は無い。見えない檻に囲まれたままだ……」


 フェンは本当は気付いていた。彼らに乗るべきなのだ。もはや一国の話では無い。ロズさえも巻き込み、決して革命は敗戦一方では無くなっていたのだ。


「怖いんだ……今日の僕の判断が、この国を終わらせるのかもしれない」


「違う。今貴殿が堅く握りしめた誓いが、この国を本当の意味で始めるんだ」


「!!!」


 俯くフェンとトラリス。答えは既に胸中に形作られていた。後は喉奥から引っ張り出すだけ――


「僕は――」


「私は――」


 両者胸に手を当て己の意志を吐き出そうとした時、官邸より彼らと異なる装いの軍隊が姿を現す。


「「「!!!」」」


 手を止め、支配者達へと顔を向ける連合軍と衛兵隊。


「フェン主席……やはり手こずるか」


「来てしまったか……!」


「トラリス大統領、駆除に手をお貸しますよ」


「く……!」


 二国に現れた黒い軍服の男たちの中から、連合軍主将へ向け同時に飛び出した男たち――。


「マキア王、くたばれぇ!!!」


「倒れなー! カメル王子ー!!!」


 悠々と向かい来る敵へ構えたマキアとカメル。しかし敵の攻撃を受け止めたのは彼らでは無かった――。


「……! フェン主席!」


「トラリス大統領?!」


 赤き国の剣術使と青き国の門術使は、決意を言葉より先に行動で示してみせた。


「モユルフォノー共和国!!! すまないが……これよりノヴァ王国に着く!!!」


「ウルオスの民よ!!! 標的を変更するわ……グリンポリスを討ちます!!!」


 攻撃を止められた者たちは一旦後ずさり、手のひらを返した敵を鋭く睨む。そしてその奥で元首らを見据える大男達――。


「腹は決まったようだな……良いだろう、この機にしっかりと、立場を理解させてやる……!!!」


「なぁに、殺しはしねえさ。利用価値があるからなあ……だがこの代償はでかいぜぇ? なあ!!! トラリス!!! そうだ、ついでにロズもこの機に支配してやる……ヒヒッ、ヒッヒッヒ!!!」


 連合軍に各国衛兵隊も加わり好機と見えた戦況と、そこにすかさず差し込まれる黒幕の強大な手先。真の第一関門への挑戦が、今始まる――。

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