第16話「誕生日」

 王宮玄関広間。マンジャ第二王女を引き寄せたレインは、階段上の彼女を見上げる形で臨戦態勢を取っていた。出方を伺うレインに対し、彼を見下ろすマンジャは訝しげな目でその顔を見回す。


「……え、あんたもしかして――」


 ぼんやりと見覚えがあった。しかし、ここにいていいはずがなかったのだ。それは国王である父がライデンを仕向け仕留めたはずの人間――。


「 “ 破壊の天術使 ” ……!!!」


「ああ、レイン・ロズハーツだ……!」


 賊の襲来を目前にしても保っていた涼しげな表情が、ここに来て初めて崩れる。しかして流石は王女の器。刹那の沈黙の末、再び冷ややかに敵を捉える。


「そう……じゃあ、この騒ぎもライデンが――」


「そうだ」


「……良いわ。それなら貴方の首を差し出して、あの子を諦めさせてあげる」


「あんたは今のままで良いのかよ?」


「……は?」


「国は苦しい、民は厳しい。そんな中、何の苦も無く甘い汁すすって偉そうに座ってるだけが王女なのかよ!」


「うるさい!!! 何にも知らないくせに……! こう見えても私たちは、生かしてるのよ!!! 家族を、人を、国を……!!!」


「? なら教えてくれよ、一体――」


 その時、レインの頬を砂の槍が掠める。一閃に付けられた切り口からは鮮血が飛び、拭ってもすぐに止まらないほどには傷は深い。しかし今の一撃は、レインが瞬発的に避けたからこの程度で済んだのだ。本当は――。


「……脳天ぶち抜くつもりだったな」


「言ったでしょう、貴方の首を差し出すと。貴方が生きていると、都合が悪いの……!」


「……解ったよ、立ち話はここまでだ」


 レインは片足を上げ強く地を踏みつけると、再び構えを取る。


「――ろう。それであんたっていう人間が解る」


 その言葉を皮切りに、マンジャは床一帯に砂を出現させ玄関広間を砂漠に作り替える。彼女が手を上に振ればレインの足元から槍のように硬化した砂が飛び出し、次にその手を前に振れば飛び出した砂の槍は敵を追うように軌道を曲げる。


「くそ……! 砂は壊せるイメージが出来ねえ!」


 槍を殴って勢いを相殺すると同時に空間を割って盾を展開、ダメージこそ無けれどレインは一向に敵に近づけずにいた。防戦一方な敵に対し、一歩も動く事無くそれを見下ろすだけのマンジャ。大層つまらなそうに彼を睨むと、痺れを切らしたように魔力を集中させ始める。


「ライデンは貴方を殺せなかったんじゃなくて、殺さなかっただけね……あの子よりもずっと弱い……!」


「?! 何だ……!」


 マンジャが右の掌を地に向け大きく開き、力を込めた五指を歪に曲げ震わせる。彼女のそれに呼応するように砂が躍動を始めると、レインを取り囲む様に無数の槍が天井に向かって伸びては彼に向けて軌道を曲げた。敵を捉えた砂の槍はお預けを食らった飼い犬の如く止まり、主人の合図を待っている。


「もういいわ……早く消えて、 “ 破壊の ” ……!!!」


  “ 錐砂雨ドリズル ” ――硬化した砂の槍の雨は、無慈悲にレインを貫かんと降り注ぐ。砂が砂に触れた時の柔らかな音では無い、硝子と煉瓦が強く衝突したかの如く硬質な音が鳴り響く。


「……これで一安心ね――」


 亡骸を確認すべく階段を降り始めるマンジャ。


「……――?!」


 広間を進んで数歩、足元に脆い感触を覚え咄嗟に回避を試みる――しかしそれも適わず、特異的に朽ちた床は崩れ去り彼女は地下へと落ちていく。


「――まさか、あの時……!」


 彼女が刹那思い返したのは、最初レインが強く地を踏み締めた瞬間。正しくその地点が落とし穴になっていた―― “ 破点マイン・ド・ブレーク ” 、レインは触れた地点に反応型の破壊を仕掛けていた。マンジャはそれを踏んでしまったが為に今になって床が破壊されたのだ。広く深い地下室を真っ逆さまに落下していく。着地地点に砂の緩衝材を敷こうと下を見下ろすと、そこには小さく人影が一つ見えた。


「…… “ 破壊の ” !!!」


 落下途中で手を巧みに動かし地下室一体に砂を敷こうと試みるマンジャであったが、床は冷たい石レンガのまま。


「何故?!」


「見せてもらったぜ……『あんたの砂が壊れる瞬間』!!!」


 レインは先の “ 錐砂雨ドリズル ” が放たれた時、咄嗟に足元を破壊し地下へ落下していた。それを知らずに彼がいるはずの場所めがけて放たれた無数の砂の槍は、レインを捉えることなく互いがぶつかり合って崩壊していた。その光景に、 “ 破壊 ” を理解したのであった。そんなレインの足元にはひびが広がり、マンジャの砂の発生を破壊で妨害し続けていた。


「くっ……なら直接刺すまでよ!!!」


 マンジャが手を引くと背後に巨大な砂の槍が現れる。レインはそれに対し殴る構えを取る訳でも無く、ただ掌を差し伸べただけであった。


「 “ 破壊 ” ――もう、それは


 彼の余裕に違和感を覚えつつ、己の奥義を過信し放つ。一直線に敵めがけて飛んでいく一撃。その掌から彼の体を貫き、跡形もなく消し去る――そう思い描いていたマンジャであったが、彼女に目に映った景色は全くの真逆であった。掌に触れ次第崩れゆく砂の槍。柔らかく崩れさらさらと流れ落ちる訳ではなく、その存在を破壊するかの如く消し去っていく彼の手にマンジャは恐怖すら覚えた。


「あ……ああ……!」


 もはやこれ以上追撃する事も無く自由落下に身を任せる。レインはライデンを受け止めた時と同じように強く両足を踏み締め、彼女を受け止める。


「おらぁ!!! はあ、はあ……ふー! いやー慣れたもんだなこれも!」


「……何故助けたの?」


「いや、まだあんたが本当の悪人だって決まったわけじゃねえからよ。それに、ライデンの姉貴だしな」


「……貴方の仲間も、貴方くらい強いの?」


「ああ! オルビアナとソフィアは俺より戦い慣れてるし、ロキは……あんまり話した事ねえけど強かったし、ドロスは俺なんかじゃまだまだ勝てねえくらい強えんだ! マルカトロスも……んー、認めたくねえけど、やっぱり強えしなあ……」


「――ふふっ」


「ん?」


「いいえ。何か、私も託したくなっちゃったよ……ライデンも、同じ気持ちだったのかも」


「託す?」


「……貴方のお友達が私の家族に勝てたら全て話すわ。その時は私からではなく、ちゃんとパパの口からね」


「……おう、約束な!」


 玄関広間、及び地下室の闘いはレインの勝利に決着――。



***



 先刻レインとマンジャが部屋を飛び出した後、オルビアナも窓を破って庭園へと戦場を移していた。シンドゥ第三王女は木や柱に姿を隠しつつ、敵のいるであろう方向へ歩みを進める。


(始めは逃げ出したのかと思いました……その後、矢が送られてきて狙撃に転向したのだと察しました。しかし――)


 シンドゥは立ち止まり、じっと前を見据えた。そしてしばらくすると――シンドゥの顔の真横を矢が通り抜けた。動じずして避けた、否、止まる的を射止められない程に敵の狙いは杜撰ずさんなのだ。


(下手……ただ私に位置を教えるだけの射撃)


 シンドゥは敵の射撃の腕を見限ると、意を決して前方を走り出す。追い風の如く彼女に浴びせられる矢の連撃――当たらない、当たらない。どれも彼女の周囲を通り抜け、その回数を重ねる毎にシンドゥの心から恐怖は無くなっていく。


「虚勢もここまでです」


 いよいよ隠れる場所など一つも無い開けた場所に出て、狙撃など不可能だと断定する。


「……いない?」


 その時、前方斜め上より鋭く矢が向かい来るのを補足する。瞬間、シンドゥが手を上に振り払うとそれに呼応して出現した重い砂が矢を薙ぎ払う。今の一撃は難無く回避出来たが、それと同時に幾つもの疑問符が頭を埋め尽くす。


(あの矢は何処から放たれた……? ここは三方が高い壁に阻まれている。前から私の位置を正確に把握するのは不可能なはず……それに、仮にこの壁の向こうから狙撃していたとして矢の向きからしても相当遠くにいる。この一瞬で? 私だってすぐに追いかけた。向かって来る私を狙撃しながら、ここまで距離を取れるはずがない……!)


 完全に敵の居場所を見失ったシンドゥ。冷や汗をひとつ浮かべ眼鏡を指で上げ直す。冷静を装っているが、内心混乱していた。しかしシンドゥに敵の居場所を掴めるはずが無かったのだ。何故ならオルビアナは――最初窓を割って飛び出した時、下に降りたのではなく屋根に上がっていたから。且つ、そこから一歩も移動していなかった。 “ 曲射 ” ――普通に思い浮かべるそれとは一線を画す。彼はシンドゥの進行方向遥か先へと矢を放った後、込めた魔力で軌道を変更。今シンドゥの居る開けた場所の上部、そして唯一閉ざされていない一方を通って逆走。あたかもシンドゥにその先から狙撃されているのだと錯覚させ、この場所におびき寄せたのであった。もちろんこれは、宮殿の敷地一帯を手に取るように見渡せる神眼あってこその戦法――。


(始めに少し武術を構えた時に解った。この人は普通に狙撃しても矢を止める。だから――あっと驚くような一撃で……!)


 オルビアナは屋根から降りるとシンドゥの背後数百メートルの位置で弓を構える。ありったけの力を込めて引き、そして放たれた一撃――その鏃は的確にシンドゥの耳のすぐ近くで破裂した。


「――?!?!?!」


 鏃に仕掛けられた音の爆弾はシンドゥの耳の限り無く傍で炸裂し、彼女を気絶させた。


「よし!」


 今回も血を流させる事無く勝利を収めたオルビアナ。神眼が解けると同時にどっと疲れが押し寄せ、その場に座り込むのであった。



***



 大広間でエメラルドの球体に身を包むのはソフィア・パーカライズ。砂を扱う王子王女らと異なり、泥を扱うバーバラ王妃は自らの術式で一方的に攻め立てていた。


「ほらほら、護るだけでは私には勝てませんよ!!!」


「この泥……一撃一撃が重い……!」


 ソフィアの脆い防御は度々崩され、その都度防御を再構築していたが当然魔力の消費は激しかった。


「 “ 割泥砲ワイルド・ドロー・フォー ” !!!」


 今までの小さな泥の散弾とは異なり、極めて重く固められた一撃。それはソフィアの盾を割り、そのまま彼女を壁へと吹っ飛ばした。


「はあ、はあ……だめ、私は……ちゃんと、勝たなきゃ……!!!」


 ソフィアは立ち上がった。そして床に散らばった決勝混じりの泥を見てふと思いついた。


「……あ。もしかして――」


 ソフィアは杖を構え、自身とバーバラ王妃との間に無数の小さな魔法陣を壁の如く敷き詰めて展開した。


「何? 物量作戦?」


「来なさい、泥の魔術使さん。返り討ちにしてあげるわ」


「!!! お望み通り……!」


 バーバラ王妃が杖を力強く振ると、再び散弾のように無数の泥が重く飛び出していく。対するソフィアは同時に攻撃を仕掛ける訳ではなく、待った。敵の攻撃と自身の魔法陣が重なる瞬間を。そしてその時が来た――。


「今!!!」


 泥が魔法陣に触れたと同時に結晶を出現させる。結晶は泥に内包され、主導権を奪われたかのように見えた――しかし、実際は逆であった。


「食らいなさい! 自分の泥を!」


 ソフィアが杖を突き出すと泥はバーバラ王妃めがけて返って行った。


「ななな何故?!」


「私とあなたの攻撃をぶつけあった時は互いに相殺されてしまったけれど……まず泥が結晶を包んだ後でそれを動かせば、泥ごとあなたにお見舞い出来るんじゃないかって! さあ、痛いし汚れるわよ!!!」


「あ、あーれー!!!」


 バーバラ王妃は自らの泥魔術にまみれ、加えてぶつけられた結晶の連撃を受け倒れた。


「ふー……まあ、ラッキー勝ちね……」


 微かに泥に汚れたソフィアは、女神の如く勝利に微笑むのであった。



***



 舞台を一度宮殿前広場へと戻し、国王軍と反乱軍の犇めく戦況へ。その中でも特異点の如く異彩を放つ猛者同士の闘いがあった――元王族親衛隊隊長マジュールと現国王軍総大将ジャンバッカだ。互いの剣技は観る者の時間を止め、彼らの周りには不思議と敵も味方も手を止めてそれを見入ってしまう支配力が生まれていた。


「ジャンバッカ、貴様なら解るはずだ……どちらが正しいのかを!!!」


「私は……!! 私は、王の命令に従うだけだあ!!!」


 自らに言い聞かせるかのような悲痛な叫び声。それと共に振り下ろされた刃には、力こそ籠れど覇気は無かった。


「……今ので解った。安心しろ。貴様が背かずとも、国は正しく生まれ変わる……!!!」


 マジュールの一撃はそれまでよりも重くジャンバッカを押し、遂に彼の守りを挫いて弾き飛ばしてみせた。


「うわああああ!!!!」


「貴様の誇りは汚させない……生まれ変わった国で、また共に高め合おう……!!!」



***



 王宮前通路では、武器を捨てたロキがナグール大臣と殴り合いの勝負をしていた。


「はあ、はあ、ほろほろ倒れららどっふか……」


「はあ……はあ……貴様ほほ、はっはほふはばってしまへ……!」


 頬に大きなコブを作り言葉も聞き取れないような発音しかできなくなっていた彼ら。顔や体中に痣を作りながら、両者互いにいつ倒れてもおかしくない際どい闘いを繰り広げていた。どちらかが殴ればもう一方が反撃、それを繰り返す事数十分。しかしその幕引きももう近い。


「はあ、はあ、気付いてるふか?」


「はあ……なんをら?」


「怪我の割に痛くねえなあっへこほっふ」


「!」


  “ 痛み ” ――それは精神力に大きく左右する。今、ナグール大臣に痛みはほとんど無かった。言葉を保つのがままならないほどのコブを作っても、身体中に青ざめる箇所を作ろうとも、さして痛みを感じていなかった――それは、ロキが消していたからであった。ロキは “ 無痛イブ ” という魔術を使える。それによりナグールの痛みをかき消していたのだ。もしそれを今解除しようものなら、今まで彼が気づかなかった――否、気付くことの出来なかったダメージの蓄積分が一気にナグールを襲うだろう。


「さへ、そろそろ終わりにしまほうっふ――」


 ロキはナグールに掛けていた術式を解いた。瞬間、ナグールを襲う全身の激痛!!! それまで無視させてもらっていた痛みの応酬は、既に疲労し切っていたナグールを撃沈させる要因として十二分であった。


「はあ、はあ……強かっはっふ……」


 ロキも続けて倒れ込み、仰向けで眠るのであった。



***



 ここは王宮内の廊下。対峙しているのはマルカトロスとサドン第二王子。


「やーいやーい、どんなもんだ! 僕の古流剣術!!!」


(なるほど、伊達にこの国の王族ではないか……見た事のない動きをする。ノヴァの古流剣術、手強い……しかし)


 マルカトロスは剣先をサドンに向けると、顎を上げて彼を見下す構えを取った。


「流派自体は悪くない。だが肝心の使い手がこのザマじゃあ意味が無い」


「! な、何だとォ!!!」


「ここに来るまでに大勢の兵士を見てきたから解る、貴様には覚悟が無い。信念もまるで感じられない。他の人間は何かしらの意志を持ってこの救いようの無い国を継続させている事が伺えたが、貴様は持って生まれた地位を手放すまいと固執し、甘えているようにしか見えない」


「何ィ〜?!?!」


「おや、違ったかな」


「……ふん、好きに言えばいいさ! 贅沢な暮らし! 快適な家!!! 君みたいな平民には分からないだろうけどさ、これを手放してたまるかってんだ!!!」


「……」


 ゆらりと歩み寄るマルカトロス。すかさずサドンは指を指し術式を唱える。


「 “ 砂爆サンド・バック ” !!!」


 マルカトロスの眼前に瞬間的に出現した砂の塊は、爆弾の爆発の如く華麗に弾け飛んでみせた。


「あっはっは!!!」


 敵の負傷を確信し高笑いするサドン。しかし立った砂埃に揺らめいた人影は腕を振る動作を見せると、実際に刀で煙を振り払ってしまった。マルカトロスは至って無傷であり、感情の起伏も感じさせなかった。


「くー!!! いいさ、剣で勝負してやる!!!」


「……悪くない。基礎はそれなりに出来ている。しかしそれを昇華させる応用の鍛錬を怠っているな。出任せの剣は意思が乗りすぎる。だから読みやすい――」


 高速で繰り出されるサドンの連撃を、冷静に分析しつつ容易く捌いてみせるマルカトロス。数刻の攻防の末、マルカトロスは見切りを付け事を決着に運び始める。


「悪くなかった。貴様に良い物を見せてやる――この闘いを引き寄せてしまった己のこれまでの全てに後悔しろ、そして焼き付けろ。俺は〈千本刀〉のマルカトロス、そしてこれが “ 演武麗為流 ” の真髄――」


 清流の如く無駄の無い滑らかな動きで敵へ近づき、回り込み、得物を弾き、首元を狙ってみせたマルカトロス。瞬きの間に忍び寄った死の確かな輪郭にサドンは恐れ気絶してしまう。


「ふん、口ほどにも無い……」


 そう言いつつも、これまでよりかは幾分か満足げな眼差しを浮かべるマルカトロスなのであった。



***



 猛者の犇めく王宮で、何処よりも高度なせめぎ合いが行われていたのは、ドロス団長とカメル第一王子の戦場。広い宮殿を伸び伸びと使い “ 死合 ” を繰り広げる。


「これがロズ王国騎士団長ドロス・リーデル……強いとは聞いていたが、まさかこれ程とは……!」


「王子こそ、この分ならきっとどの兵士よりも腕が立つのだろう。久々に魂が震えているよ」


 互いに尊敬の念を込め刃を交える。そんな中でドロスはカメルの善性を見抜いていた。


「王子は聞いていた話ほど悪王の器には見えない」


「……それは、早計で……は!!! ふぅん!!!」


「おおっとっと! いや、何となく解っていたんだ。この闘い、真の悲願を果たすなら今日以降も続いていくと」


「?」


「まあ、終わった後でよく話そう」


「私の役目は貴方を討つこととみた……話して差し上げたいが、生かす保証はできない! この国を生かすためにィ!!!」


 サドンの使っていたものと同じパラナペス家秘伝の古流剣術がドロスを襲う。しかしその太刀筋はサドンより遥かに洗練されており、正しく達人の域であった。


「清く正しい太刀筋……こうして刃を交えれば解ることだ、その者の善し悪しくらい……!」


 ドロスは強く一歩踏み込むと瞬時にカメルの背後を取る。カメルは咄嗟に振り返りつつすぐ切り込める体制を整えるが、後ろを見れば既にドロスの突き出した剣先がカメルの喉元を捉えていた。


「うっ……!!!」


「大丈夫、生かすさ。それよりも、この国の実態について詳しく聞かせて欲しい。それはきっと、ロズにとっても無視できない話だからだ」


「……解りました。ですがその前に、ライデンと父上の決着を待ちましょう。あの二人が向き合う時間が、何より大切ですから……」


 そう言ってカメルとドロスは共に、開放された窓の向こうに広がる曇天の空を見上げるのであった。



***



 時間はやや戻ってライデンとマキア国王による戦闘開始前。背に帯びる大槍を構えたマキアに対し、ライデンは始めから出し惜しみせず猛攻を繰り出す。


「 “ 雷鳥ターミガン ” !! 行くでぇ!!!」


 雷の怪鳥を味方に付け、マキアへと迫る。


「 “ 電地エレキベース ” 、 “ 落雷アマリリス ” !!!」


 地に雷撃を充満させ敵を飛び上がらせた所で、落雷の決め打ち。


「なんの……!」


 しかし空中で回転しながら繰り出される巧みな槍術は、雷撃をいとも容易く天へと弾き返してしまった。そこに追い討ちを書ける雷鳥の襲来――それすらも指先を器用に使い回された槍にかき消される。極めつけは着地の時。電撃の充満する地面へ槍を突き立てるように構えると、そこから溢れ出した砂の洪水がライデンの術式を埋め立ててしまった。


「ほんま、滅茶苦茶や……!」


「次はこちらから行くぞ」


 突きの構えから突進してくるマキア。ライデンがそれを躱せば、それを読んでいたかの如くすぐさま軌道を変えて次の攻撃を繰り出す。槍は避けられてもマキアの目は常にライデンの行先を捉えており、回避を重ねれば重ねるほど行動の自由が制限されていく事を利用しているかのようであった。


「まっず、退かな……!」


 ライデンは雷となって距離を取る。彼の視界は一度放電に隠された後、移動した先でまた開ける。そこに広がる景色には、敵との間に余白が生まれているはずだった――。


「……な?!」


 そこには、目前まで迫るマキアの姿。武の達人は微かな放電の流れから雷速の逃避すら逃さない――槍を逆さに持ち替え、石突きでライデンの腹を強かに突く。


「ぐはぁ――!!!」


 マキアの反撃は止まらない。槍を突き立てたまま持つ手は変えず、体だけを更に前方へと進ませライデンの顎を蹴り上げる。無理やり体を浮かされたライデンが咄嗟に下を見ると、既にマキアの手は自身の胸ぐらを掴んでおり、そのまま地面に叩きつけられた。


「――かはっ……!!!」


「無駄だ。それでは勝てない」


 数刻仰向けで動きを止めたライデンであったが、曇りかけた表情を強く結び直し立ち上がる。


「やんなあ、やっぱ恐ろしく強いわ……これなら、やっても死なんやろ」


「……?」


 ライデンの体が稲妻を帯びると、彼の体と雷撃の境が曖昧になっていく。


「時間と関わりなく――光より早く――」


 それはライデンの奥義――。


「 “ 電極ボルテックス ” !!! ひと味もふた味も違うで、たんと味わいや……!」


 ライデンが手を差し出すと、一直線に雷撃が放たれる。


「懲りずに……――」


 一直線に放たれる上に発動の瞬間も指向性も示された至極容易な攻撃。しかしマキアに触れた途端それは五指の如く先が枝分かれし、彼に掴みかからんとする。マキアは避けた。今までの力でねじ伏せる戦法ではやられる事を予感したからだ。巨大な手の形の雷撃はマキアのいるはずの場所を握り潰すと、握りこぶしの形のまま砲撃の如く放たれる。


「行けえ!!!」


「!! ――」


 向かい来る攻撃なら槍でかき消せる。目の前の電撃を貫かんと構えたマキア――しかし背後に敵の気配を感じ取り、咄嗟に両方を回避すべく飛び上がる事を選択する。


「ライデン……!」


 マキアが彼をよく見れば、ライデンの腕は肘から先が稲妻に溶けており、まるでその先が今も雷撃となって揺蕩っているようであった。瞬間、マキアの首を何者かが――否、稲光より遠隔で出現したライデンの手が掴んでいた。


「ようやっと触れたで……!!!」


「! しま――」


 その手は激しく発光した後、有り余る稲妻を放出する。マキアは口から煙を吐き、前へと倒れ込んだ。


「へへ……どや、俺の奥義 “ 電極ボルテックス ” は……!!!」


 先刻突かれその痛みがまだ残る腹を抑え、ライデンは勝ち誇る。悲願達成、ようやく父を超えたのだ――かのように思えた。


「……なるほど。お前自身が雷となる事で自由に術式を使う、型に捕らわれない戦法か――悪くない」


 満身創痍ながらも未だ戦意は衰えずといった風貌でマキアは立ち上がる。


「んな馬鹿な……!」


 マキアは何も言わず、本気の槍術を持って攻め立てた。息付く間も許さない怒涛の攻撃。マキアはライデンの限界を見抜いていた。


「あの技は魔力の消費が激しすぎたようだな……さっき私を倒しきれなかった事が、お前の敗因だ」


「敗因……やと……?! アホ言え、まだ終わっとらん!!!」


「お前は悪くない。しかし、お前の思い通りにする訳にもいかない。国は生かす為、お前を挫こう」


「くそ……!!!」


 その時、ライデンは古き日の父の言葉を思い返していた。


――『良いかライデン。武を制す者、それもまた武を極めた者のみ。強者との闘いにおいてこそ、己が賜物のみに頼ってはならない』


 その記憶が、ライデンに閃きを与えた。


「……そうか、そういう事やったんか――ははっ!」


  “ 雷の天術 ” の弱点を挙げるとすれば、それは魔力消費の激しさ。その一撃一撃が野山を屠る破壊力を持ち合わせる分、防がれた時の消耗は桁違い。だが何も持てる技の全てがそうという訳では無い―― “ 身体強化 ” 。雷速化、根本の筋肉強化、動体視力強化……並外れた電気を、桁違いの器が受け止め循環させる事で人の形のまま人智を超えた能力を得る事が出来る。それに気づいたライデンの出した答え――。


「おい! 、半分寄越しや」


 ライデンが指差したのは、マキアの持つ槍であった。


「……ふむ、良かろう」


 一般的な槍の倍近く長いそれは、実は二つの独立したものを一つに繋げたものである為に中央で分断が可能であった。マキアが大槍を両手でそれぞれ反対の向きに捻ると、中央の繋ぎ目が外れ二つになる。あえて穂の付いた方をライデンへ寄越すと、ようやく人並みの長さになった槍の石突きを敵に向け再び構える。一方投げ渡されたそれを受け取ったライデンは、今までとは異なり武術使らしい構えを取る。


「行くぞ!!!」


「来い!!!」


 ぶつかり合う二人の槍術使。決死の猛攻の中でライデンは悶々としていた。


(嫌やったんや、お前らと同じ武術を使うんは……でも散々丁寧に教え込まれたせいで体はよう覚えてしまっとる)


 ライデンは身体強化に電撃を使う事で魔力消費を極限まで押さえ込んでいた。基本は槍術のみで攻め立てつつ、時に軽めの雷撃を死角よりお見舞いする。マキアは押されていた。


「『武を制す者、それもまた武を極めた者のみ』ってのはこういう事だろ?!」


「!!! 覚えていたか、懐かしい事を……」


 一瞬だけ父と子に戻った二人であったが、直ぐに術使と術使に立ち返り睨み合う。目にも止まらぬ攻防戦は、いよいよ幕引きの時を迎えようとしていた。


「うおおおお!!!!」


「はあああ!!!!」


 遂に突きが決まった。その一撃は敵の腹部を確かに捉え、数刻の接触の末に彼方へと吹き飛ばした。遠くの壁にひびを入れるほど強く打ち込まれ、そのまま倒れた男は――ライデンであった。マキアは息を切らしながら倒れる息子を見つめる。勝ったというのに、そこに喜びは無い。かと言って、鬱屈とした感情に侵されているわけでも無い。ただ、嬉しかったのだ。マキアは幾度も敗北を感じ取った。その中には死への予感も含まれていた。それほどまでに緊迫した接戦であった。だからこそ、この勝利にそれらしい実感は無かった。


「はあ、はあ……強くなったな……ライデン!」


 その時、ロズ王国の面々が庭園へと駆け込んでくる。


「ライデン!!!」


「! あれがマキア・パラナペス……!!!」


 倒れ込むライデンをソフィアは抱え、ロキは痛みを感じ取らせなくする術式を掛け続ける。その他の面々はレインを筆頭に満身創痍のマキアヘ構えていた。マキアはしばらく一行を見つめた後、再び息子へと目を落とした。そして、気持ちに整理をつけた。


「私の家族に勝ったのか……」


「ああ! 全員ぶっ壊してやったぜ!」


「レイン君、言い方が悪いぞ?! あはは、全員無事ですよ、少し眠ってもらってますがね」


「……君が “ 破壊の天術使 ” か」


「ああ、レイン・ロズハーツだ!」


「君たちは何故この国へ来た」


「ん? そりゃあ色々あるけど、まずはそっちから仕掛けて来た訳だから黙っている訳には行かねえってのと……悪い奴らを倒すのは俺にとっても都合がいいってのと……」


 レインは少し考え込んだ後、曇りを晴らしたかのような屈託のない笑顔をマキアへ向け言葉を放った。


「――ライデンの為だ!!!」


 マキアは目を見開いた後、先程までの鬼気迫る表情を解き優しく笑った。


「……そうか。負けたよ――降伏を認めよう。そして全てを話そう、ロズ王国よ」


 その言葉にレイン達は互いの顔を見合せた後、全員が拳を空へと突き上げた。


「「「よっしゃあ!!!」」」


「俺たちの……勝ちだあ!!!」


 勝利を噛み締める一行。それを優しく眺めるマキアは、そのままライデンを見つめて想ったのであった。


「良い友達を持ったな、ライデン……」


 マキア国王は降伏を認め、国王軍へとそれを伝えた。レイン達も反乱軍へ勝利を伝え、王都カルぺ・ディエムの大反乱は死者を出す事無く幕を閉じたのであった――。

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