第15話「反逆のマーチ」

~翠歴1424年7月19日~



 反乱軍は各所に点在する集落を周り、謀反の賛同者を取り込みつつ王都カルペ・ディエムを目指していた。


「各地に駐在する兵士達も今日と明日だけは王都の警備に招集されています」


「ははっ! ちょうど良いな」


 一つの集落を回る毎に十数人、また十数人と仲間は増えていった。


「ミサの話だと増えて1000人いくかどうかって聞いてたけど、かなり順調だよな!」


「うん、この調子なら予定よりも接戦に持ち込めるよ!」


「これでも全部の集落を回ってる訳では無いんだよな」


「ライデンが既に反乱に協力的な場所とそうでない場所を調べてくれているからね。僕たちが訪れなかった集落の人たちが、明日王都を出入りする生誕祭の来客になるって事」


「俺たちはそいつらに紛れて潜入するってことだよな。て事は、仲間じゃなくてもそいつらのおかげで俺らがって事だ!」


「! うん、勝つよ!」


 王都に近づくにつれ活気づいていく一行。遂に王都付近の待 “ コロニア ” に着く頃には、総戦力は7000を優に超える大行進と化していた。


「それでは、私は一足先に王都へ帰ります。明日、必ず勝ちましょう……!!!」


「ああ! そっちは任せたぜ、ミサ!」


 ミサはレインと固く握手を交わし、宮殿へと去っていった。時は既に黄昏時。予定では、彼女と入れ替わる形でライデンが合流する手筈だ。


「もうすぐ日が落ちる……ライデン君はまだか」


 その時、ドロスの背に小さな雷が落ちる。


「いやあすまんな団長さん! 遠路はるばるご苦労さん」


 瞬く間に一同の前に姿を現した雷神ライデン。各所より仲間入りを果たした者達に挨拶をし、皆の士気を高めていく。


「久しぶりやな、来てくれておおきに! あんたもだいぶ久しいなあ? しばらく会いに行けなくて悪かったわ。一緒に戦ってくれてありがとな!」


 パラナペス家の中では格別に国民に慕われているライデン第三王子。今回、反乱を計画するよりも前から何度も各所を訪れては市民との交流を欠かさなかったようだ。一行はライデンを温かく見守り、時を見計らって最後の作戦会議を始める。


「さて、これが最後の作戦会議になる。次全員が顔を合わせるのは全てが終わった後だ」


 ドロスの言葉に全員が固唾を飲む。


「計画通り第二、第三、第四部隊は王都の東、西、北の地点に回り込んでもらう。明日は各方向から宮殿に向け進行し国王軍の兵士を足止めしてもらうが、無理はしなくて構わない。あくまで陽動、兵士達の戦力を王都の外へと分散させ中核となる敵との闘いを確実に一体一に持ち込む為だ。第一部隊は南から侵入し宮殿までの道を作ってもらう。我々ロズ王国はその後に続いて侵攻しパラナペス家を相手取る。全員が戦闘配置に付けたのを確認したら第一部隊は合図を出してくれ。他部隊はそれをきっかけに中央へ移動、宮殿に誰も寄せ付けないよう守備を固めて欲しい。作戦は以上だ」


 各々は四部隊に分かれ、待機地点へと移動を始める。ロズ王国一行、そして元王族親衛隊隊長マジュールを含めた第一部隊はコロニアに滞在し夜明けを待った。そしてライデンもミサを追うように宮殿へ帰り、彼女と革命前夜を過ごした。


「姉ちゃん……いよいよやな」


「ええ……」


「……なんや、何年振りやろなあ、こんなのんびり話すんは」


「そうね……もう随分と昔になるわ。あなたと一緒に星を見たのは」


「……勝とうな」


「……ええ」


 二人は静かに拳を突き合わせた――。



~翠歴1424年7月20日~



 きたる革命の日。王都に繋がる東西南北の門は開かれ、第一王子の生誕を祝おうと砂漠の彼方より国中の人々が押し寄せた。一際賑わう市場と王族の演説を心待ちにする人々で犇めく宮殿前広間。来訪者の波は留まるところを知らず、遂に日は真上に登ろうとしていた。


「そろそろカメル第一王子の演説が始まる」


「王族が民衆の表に出るだけに、警備の目も広間に集まりやすい。潜入としてはうってつけという訳だ」


 冷静に好機を待つドロスとマルカトロス。しかし彼らが特異なのであって、一同は至って緊張を極めていた。


「ふー……いよいよだなあ……!」


「うん……!」


「早いものね……私たち、A級になってから2週間も経っていないのよ」


「はっはっは! 順調じゃねえか、俺たちの目標は……!」


「「……うん!」」


 3人は拳を付き合わせ、強く頷いた。その時、時計の針が真上を指す。


「時は来た!!! 第一部隊――行くぞ!!!」


「「「おおお!!!!」」」


 同時刻、他部隊も作戦を開始する。


「第二部隊、作戦開始!!!」


「第三部隊、行きますよ!!!」


「第四部隊、始めェ!!!」


 東西南北、数千の軍勢が押し寄せ王都中は大混乱に。賊と来客との見分けがつかない国王軍は、大いに慌てふためいていた。


「く……! 迂闊に手を出すな! 市民を傷つけてしまう!!!」


 南方はマジュール率いる第一部隊が切り込みつつ、その後方から市民に紛れたロズ王国一行が着実に宮殿へと歩みを進めていた。その頃、早々に騒ぎを聞き付けた宮殿ではカメル第一王子がやむを得ず演説を中止し、王族会議を始めていた。


「敵の数は? 目的は?」


「ざっと数えても5000以上」


「賊はノヴァの王都外に住む者たちで構成されているようです」


 何食わぬ顔で席に着くライデン。一方、ミサの姿はそこには無かった。


「そういえばミサはどうした?」


「今しがた混乱した自軍を指揮する為に外へ出ていったよ」


「3日前も別荘に行くと言い出し急にいなくなったと思えばやっと昨日帰って来て、まさか……」


「ミサが率いたと?」


 流れとしては好ましいものでは無かった。このまま矛先が外へ出ていったミサに向けば、各王族の配置も計画と狂い一体一に持ち込みづらくなる。ライデンは慌てて口を挟む。


「姉ちゃんが裏切るわけ無いやろ、どう考えてもに不満持った国民の暴動や」


「……ま、アイツが今更歯向かう事も無いか」


 何とか場を収め、ライデンは胸を撫で下ろす。


(もう少しや……落ち着いて座ってられるのも今のうちやで、レイン達が来れば全員笑ってる場合やない。そして――)


 ライデンは国王に視線を向ける。


(俺は、アンタを――)



***



 いよいよ広間に到達した第一部隊。それまでは順当に相手を足止めしていったが、中央に近づくにつれ腕の立つ敵が増えていく。


「懐かしの内地……流石に手強いな!」


 マジュールは久々の王都に思いを馳せていた。相手の格が上がるにつれ息も上がるが、流石は元王族親衛隊の隊長、未だ傷一つ付ける事無く先陣を切っていった。しかしその疾風はやての行進も留まる事になる。


「む……貴様!」


 マジュールの剣を止めたのは、現国王軍総大将の男――。


「ジャンバッカ・コーナン……!!!」


「あなたは……マジュール様?!」


 旧知の仲である二人は、敵としての再会に動揺を隠せない。


「そうか、この騒ぎ……納得だ。だが……あなたとは、こんな形では再会したくなかった」


「私もだ、ジャンバッカ……!!!」



***



 ここは王都の西に外れた地点。煌びやかな街とは打って変わり、人影ひとつ見えない砂漠の中だ。この虚ろな地に自軍1000名余りを引っ張って来たのはミサ第一王女。


「さて、ここまで来ればいいかしら――」


 『敵陣本拠地を叩く』という名目でミサに半ば強引に引き連れてこられた国王軍一隊は、すっかり王都から遠ざかっていた。


「ごめんなさい。内地の戦力を削ぐため、少し拘束させて頂きます……!」


  “ 干獄アントリオン ” ――ミサの詠唱に呼応して出現した幾つかの巨大な蟻地獄は、兵士らの足を奪う。


「「「うわあ?!?!」」」


「み、ミサ王女、何を……?!」


「大丈夫、命は奪いません……でも今は少しだけ、じっとしていてください……!」



***



 マジュールが兵士のかしらを、ミサが数千の兵を引き受けてくれたおかげで、遂に宮殿への道が開ける。


「行くぞ、ロズ王国!!!」


「「「おう!!!」」」


 ドロスを先頭としたロズ王国一行は正門を突破し、真っ直ぐに宮殿へ駆けていく。立ちはだかる雑兵はオルビアナ隊が引き受け、いよいよパラナペス家との闘いの火蓋が切られる。


「賊め! この先には行かせん!!!」


 勇ましく立ちはだかったのは、素人目に見ても一際風格のある男。


「ミサ王女の写真で見たな。 “ 国務大臣 ” ナグール・ケール!!!」


「私の出番っスね!!!」


 皆の前に躍り出たロキの突き出した剣と男の拳がぶつかり合う。


「おおっ?! 流石っスね……!」


「ふうむ、我が拳に触れても折れないとはやるな……!」


 一筋縄では行かない雰囲気が漂うが、ロキを信じ一行は階を上がり格王族のいる部屋へ。


「オルビアナ、俺たちはこっちだ!」


「うん!」


 これまた大きな扉を開くと、部屋には二人の王女がいた。


「なーんだ、やっぱりナグールじゃ止められてないじゃない」


「問題ありません、我々で片付けてしまえばいい話……」


 至って冷静な敵は、眼鏡を指で上げ直すと自身の周囲に砂を巻き上げて見せた。


「えーと、確か……あんたがマンジャ第二王女だな」


「ええそうよ」


「ではあなたがシンドゥ第三王女……!」


「賊の皆様。その身の程を知らしめてあげます」


 一方ドロス達は奥へと突き進み、宮殿で最も大きな扉を開ける。


「来ましたね……!」


「……」


「やれやれ、僕たちに勝てると思ってるわけ〜?!」


「……ソフィア君、バーバラ王妃を」


「はい!」


「マルカトロス――」


「ふん。不本意だが、第一王子カメルはドロスに譲ってやる」


「ああ。サドン第二王子は任せたぞ、マルカトロス」


 同時刻、ライデンは国王を庭園へと呼び出していた。


「何だ、こんな時に――」


「親父……いや、マキア・パラナペス。もう隠す必要もあらへん。この反乱の首謀者は俺や!!!」


「……そうか」


「なんや、もっと驚きや」


「いいや……いつかはこうなると思っていた。それで――私に勝つつもりか」


「はっ! もちろん……久々やろ、親子喧嘩も――今回は十分やで……!!!」


「そうか――来い。 “ 雷の天術使 ” ライデン・パラナペス……!!!」


 頃合を見て第一部隊の者達は狼煙を上げ、他部隊への中央集結の合図が送られる。外は反乱軍により守備が固められ、これ以上の雑兵の乱入は無い。こうしてライデン、そしてロズ王国の面々とパラナペス家による一人一殺の舞台は完成された。体制の存続か新生か――命運は王族戦に託された。

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