第14話「利害の一致」
~翠歴1424年7月18日~
日付が変わったと同時に、砂漠に怪しき影が動き始める。
「行くぞ!」
レイン達はミサの案内でサンドーム監獄のある辺境地に訪れていた。周囲に生活の気配は無く、闇のオアシスの如く砂の海の中に堅牢な大監獄が築かれている。ロズ王国一行は地形に紛れる砂色のローブを羽織り、施設を取り囲む砂丘に身を潜めた。
「ミサ、頼んだ」
「ええ」
ただ一人普段通りの装いに身を包むミサは堂々と正門へ向かって歩き出す。見張りの看守数名は夜闇より向かってくる人影に火器を向けるが、高台から当てられた照明に正体が暴かれるとすぐに敬礼をした。
「み、ミサ王女?! 大変失礼致しました!!!」
「いえ、良いのです。それより会わせて欲しい囚人がいるのです、案内して頂けますか」
「「「……?」」」
「父上よりその囚人の処分を預かっています。通して下さい」
「は、はっ!!!」
こうして門は意図も容易く開かれた。ミサは看守数名に連れられ、冷たい煉瓦の海を進んで行く。一行はまず監獄長室へ。
「これはこれは、ミサ王女! いやはやこんな夜更けに何事ですかな」
「こんばんは監獄長。マジュール・サネワと会わせて頂きたいのですが」
「何……? マジュールですと?」
「はい、父上より彼への伝言と処分を預かってます」
「……ふむ、私は何も聞いておりませんが」
「何か問題が?」
「いえいえ! とんでもない、すぐに面会の準備をさせましょう。おい、お前たち!」
「「はっ!」」
「さて、我々も面会室へ――」
「その前に。宮殿に一報入れておきたいのですが、王室連絡用の電話を借りてもいいかしら」
「ええどうぞ、私の机のそれがそうです」
「……少し席を外してもらえるかしら」
「はい、では連絡が済み次第玄関へ来てください」
「ありがとう」
監獄長の足音が遠ざかっていくのを聞き届けると、ミサは電話に動作妨害の魔術 “
「準備はよろしいですかな?」
「ええ」
監獄長に連れられミサは面会室へ。壁の向こうにはくたびれた大男が腰掛け、彼女の来訪を待っていた。ミサは静かに彼と目を見合わせると、他の看守らに席を外すよう頼む。
「久しいですね、マジュール」
「ミサ様……今更何を――」
ミサは壁に顔を近づけ、相手が微かに聞き取れる程度の声量で真実を告げる。
「(ここの者達を解放しに来ました。この後すぐ仲間達がこの監獄を占拠します。2日後の革命に手を貸してくれるよう、あなたが皆を先導してください)」
「何……?!」
ミサはそれだけ告げると部屋を後にした。彼は唖然とした顔で彼女の背を見送ると、俯いて静かに口角を上げた。
「お早いですな、もうよろしいので?」
「ええ。ついでに施設を見学させてもらえますか?」
「王女に関心を持って頂けるとは光栄ですな! おいお前、案内して差し上げろ!」
「はっ! ではこちらへ……」
ミサは看守と共に監獄の奥へと進んで行った。監獄長らの姿も見えなくなり、各階を繋ぐエレベーターの中でミサは看守へと要求する。
「ではまず地下一階の――」
「それより、電気室が見たいのですが」
「え、電気室……?」
「よろしいでしょうか?」
「は、はいっ! では、地下7階へ参ります!」
ミサの目的は施設内警報装置を動かす第三電源の破壊であった。今すぐ看守を眠らせて電気室へと向かう事は容易いが、エレベーター内にも監視装置が付けられている以上迂闊に手を出せない。大人しく彼の案内で目的地に辿り着く時を待った。
***
一方外で控えるレイン達は、襲撃の時を今か今かと待っていた。
「まだかー?」
「早まるな、まだ予定の時間を過ぎた訳では無い」
「思ったんだけどよ、どうせ闘うならこんなこそこそ解放して生誕祭に乗り込むんじゃなくて、正面突破で助け出して王国軍が来るのを待っても一緒なんじゃねえか?」
「呆れる……俺たちの狙いが読まれた途端看守は囚人の処刑を始めるだろう、そして反逆者である事がバレればミサの命も危うい。ライデンも同じくな」
「計画通りに行けば当日、ミサ王女は不信感を買わないまま敵軍の一部を遠ざける役割を果たしてくれる。ライデンも当日は国王との一騎打ちになるけれど、それより前にレインの生存が公になればパラナペス家が総力を挙げてライデンを消しかねない。だから今暴動を起こしてはいけないんだ」
「なるほどなあ……」
その時、監獄の明かりが落ちた。
「「「!!!」」」
「やってくれたんだな……ミサ!!!」
電気室に辿り着いたミサは看守を眠らせ、全ての電源を破壊していた。
「頼みましたよ、ロズの皆様……!!」
看守らは慌てふためいていた。そんな彼らの喚き声に、監獄長は怒気を飛ばす。
「落ち着かんか!!! 予備電源はまだか!!!」
数刻後、予備の電源が入り施設内に明かりが灯る。しかしこの電源は予備というだけあって監獄内の照明とエレベーターの動作を数時間保つ役割しか持たず、宮殿へ通報する警報装置は全て沈黙を貫いていた。
「まさか――王女……!!!」
騒然とするのは囚人らも同じく。就寝時間故既に暗くなっていたはずの収容棟も予備電源の発動故に照らされ、人々は異常を察しどよめいていた。そんな中、ただ一人牢の奥で不敵に笑う男――王女と繋がりを持つ人物、マジュール・サネワ。
「ミサ様……!」
予定外のこの事態を予定していたロズ王国一行は、サンドーム監獄への襲撃作戦を開始する。
「行くぞ!!!」
ドロスの合図で駆け出す一団。外部からの襲撃に備え外に出てきていた看守らは、各々武具や杖を構え彼らを迎え撃つ。高台の見張りは敵の位置を明確にする為照明をレイン達に向けるも、それが彼に対する敵の攻撃を引き出してしまう。
「上――」
いち早く高台を捉えたオルビアナは背より取り出した弓矢を即座に構え、瞬きの間に敵に射撃を到達させる。
「ぐああ!」
肩を負傷した看守は照明の操作を誤り、再びレイン達は砂漠の夜闇に溶けていく。
「くそ……撃て! 撃ちまくれ!」
敵の号令が聞こえると共に、ドロスも仲間に呼びかける。
「レイン! ソフィア!」
「任せとけ! “
「 “
二人の遠距離術式は敵が火器を放つよりも早く到達し、正門前に立ちはだかる看守らは蹴散らされる。
「突入だー!!!」
一行は正門を潜り監獄へと駆け込んでいった。玄関には押し寄せるように大勢の看守らが立ちはだかるも、マルカトロスの切り込みは流れるように彼らを斬り伏せていく。
「「「ぐあああ!!!」」」
「! すげえなマルカトロス……!」
「 “
そうこう話すレインとドロスも互いに背を合わせ雑兵の撃破に勤しんでいた。
「にしても数が多いな……!」
一方、一人だけ運良く敵の包囲を潜り抜け一足先にエレベーター入口へと辿り着いていたロキ副隊長。それを見つけたオルビアナは、向かい来る敵を捌きながら彼に叫んだ。
「ロキさん!!! 先に地下へ!!!」
「ウス!!!」
指示通り一人地下へと向かうロキ。早る心臓は彼をあっという間に地下7階へと到達させる。
「――!」
エレベーターの扉が開き、彼の視界に飛び込んできたのは大勢で待ち構える看守とそれらに囲まれた監獄長の姿――。
「……あちゃー」
「がっはっは!!! まずは一匹!!!」
監獄長の大笑いを合図に剣を手にした敵軍は彼に刃を向ける。
「「「うおおお!!!!」」」
「隊長、終わったら褒めてくださいよ……?」
ロキは覚悟を決めたように剣を構えた。しかし向かい来る敵にそれを当てる事はせず、振りかざされた攻撃に合わせ大きく跳躍すると、看守らの頭を足場にして順々に跳び牢の立ち並ぶ壁側に到達した。そして迫る敵の得物をそれを上回る力で弾き自身の後方に飛ばし、いくつかの武具が一箇所に集まると檻を斬り裂いた。突然の事態に目を丸くしロキを見つめる檻の中にいた者達、彼はそんな囚人らに強く叫ぶ。
「武器を取るんス! 一緒に戦ってください!!」
「「「!!! お、おう!!!」」」
ロキはこれを幾度も繰り返し、武器を奪っては囚人らを解放し徐々に兵力差は無くなっていく。その様子を看守らの中央で観察していた監獄長は、自分の部下達に怒りを露わにする。
「何をしている、たかがネズミ一匹に!!!」
(アレを倒せば決着っぽいスね……)
ロキは一気に敵軍を伏せ、監獄長へと向かっていく。
「どこぞの賊風情が、大監獄サンドームの
監獄長の大斧はロキ目掛けて振りかざされる。器用に回避して見せるも、頑強な床を容易に破壊してしまったそのたった一撃で解放された囚人らは実力差を悟り怯み始める。ロキも周りの雑兵とは比較にならない強者である事を認識し、思わず距離を取る。
「簡単にはいかないスね……?!」
素早く後ずさったロキであったが、彼より速く迫り来る監獄長。彼の大斧を咄嗟に防ぐも、力量差で大きく吹き飛ばされてしまった。
「ぐああ!!!」
奥の檻へと叩きつけられたロキは、頭から血を流し牢に背をもたれ倒れ込む。
「はあ、はあ……――」
そんな彼へと歩み寄る監獄長の影。
(まずい……殺られる……!!!)
その時、背後から自分を呼びかける声が聞こえた。
「おい、あんた!!! 牢を斬ってくれ!!!」
ロキは僅かな体力で後ろを振り返る。そこには檻を掴み鬼気迫る表情を浮かべる大男の姿があった。
「はあ、はあ……あれ、アンタ――」
ロキは走馬灯を振り払い昨日の事を思い返していた。ミサの別荘にて、彼女が自分たちに見せてきたある人物の写真――。
「――はあ、はあ…… “ マジュール・サネワ ” ……?」
「そうだ、さあ早く!」
ロキはもう一つだけ深い息を吐くと、力を振り絞って立ち上がり背後の檻を斬り払った。その後会話は無くとも意図を察し、自身の剣をマジュールへと差し出す。
「ありがとう、後は私と同志に任せろ……!!!」
その言葉と共により活気に溢れた囚人らは、看守達を圧倒していく。そんな周囲の喧騒には目も向けず、監獄長はマジュールただ一人を淡々と睨んでいた。
「マジュール……!!!」
「行くぞォオ!!!」
監獄長はロキへ見せたよりも強く大斧を振りかざす。マジュールは冷静にそれを受け止めた後、更に地を踏み込み敵の得物を振り払う。
「何ぃ?!」
「
怒涛の剣技に監獄長は対応する。しかしマジュールの方が一枚上手であり、監獄長は徐々に壁へと追いやられる。
「くそ、くそ……!!!」
そして監獄長は背に壁を感じた。そこはエレベーターの中であった。
「――!!! そうだ、まだ私は!!!」
監獄長はここ一番の洞察力を働かせマジュールを蹴り飛ばすと、慌ててエレベーターを操作し1階へと上がっていく。閉ざされた扉を挟み、高笑いをする監獄長と悔しそうにそれを見上げるマジュール。
「大丈夫っスよ」
囚人らに肩を借りマジュールの元へと歩み寄ったロキは、怒りも悔しさも伺わせない目でエレベーターを追う。
「多分、すぐ戻って来るっス」
一方、何も知らず上へ上へと逃げていく監獄長。
「ぶわっはっは!!! 恐らく奴が賊の長!! 仲間が居ようともあれ程の手練れではない!!!」
そして上昇を止めたエレベーターの扉が静かに開く。
「がっはっは……は……」
そこには15名の無傷の賊と、彼らに合流したミサの姿があった。
「お、王女!」
「監獄長……!」
「! てことは、こいつを壊せば良いんだな?」
「はっ、賊の下っ端如きが!!!」
エレベーターを降りてレインへと歩み寄る監獄長。そして睨み合う二人は同じ瞬間に互いへ拳を振りかざした――。
「うおおお!!!」
「 “
空間破壊による推進を得た攻撃は付き合わせてきた拳に留まらず監獄長の本体を再びエレベーターの中へ吹き飛ばした。
(な、ななな何今の〜?!?!)
レインは敵へと歩み寄る。慌ててエレベーターの下降ボタンを連打する監獄長。やっと扉が閉まってくれたが、それすら破壊して侵入してくるレイン。
「待って待って待って待って、あああ!!!」
「うるせえ!!!!」
レインは勢いよく監獄長を殴り伏せ、見事地上の看守の制圧を完了させた。
***
地下7階へと向かう一行。そこには自由の身に喜ぶ囚人たちと、倒された看守らの姿があった。
「ロキさん!」
「マジュール!」
「! 隊長!」
「ミサ様!」
オルビアナはよろけるロキを抱えた。
「ありがとうございます、全てロキさんのおかげです」
「へへっ、ありがとうございますっス……!」
ミサとマジュールは改めて再会を喜んだ。
「流石です、 “ 元王族親衛隊隊長 ” マジュール・サネワ」
「いえ。あの男と、同志たちのおかげですよ……」
一件落着に団らんとする一同――という訳でもないようで、囚人たちはミサを睨んでいた。武器を向ける者もいた。それに気づいたマジュールは咄嗟に皆を牽制する。
「待ってくれ! ミサ様は――」
「マジュールさん……あんた、俺たちの味方じゃなかったのかよ!!!」
「パラナペス家のせいで俺たちはこんな場所に何年も閉じ込められていた……!」
「自分勝手に政治する王族に意見しただけで俺たちは自由を奪われた!」
「パラナペス家を許すな……!」
「「「!!!」」」
「「「パラナペス家を許すな!!! パラナペス家を許すな!!!」」」
ロズの一行は静観した。この場を収めるのは、自分たちの役目であるべきではないと悟っていたから。ミサも自身の役割である事を理解していたからこそ、叫んだ。
「申し訳ございません!!! 私も、国王や王子に逆らう事無く今まで国民の皆様を苦しませてきました……しかし……! 私もこんな国を変えたいからこそ、今回皆様の力を借りたく――」
「嘘つけ!!!」
「都合が良すぎるだろ!!!」
「そもそも、俺はミサ王女にここに閉じ込められた!」
「俺もだ!!!」
「! それは、父上の見ている手前――」
「納得してないなら後で出してくれても良かったじゃねえか!!! それを今になって……!」
ミサは反論出来なかった。浴びせられる言葉の全てが、彼女の胸に深く突き刺さってしまったからだ。
「私は……――」
「聞いてくれ!!!」
彼女の前に立ちそう叫んだのは、マジュールであった。
「俺も、国王の政治に納得が行かず反乱を企ててここに閉じ込められた身……そして王族親衛隊という立場だからこそ、パラナペス家の非道な政策をいつも間近で見てきた!」
「そうだ! だからあんたも――」
「だが! 王家全員がそうであった訳では無い!!! ミサ様は自らの意思で圧政を敷いた事は無い! ライデン様は例え相手が本当の悪人であっても、国民に力を振るう事は無かった!!! パラナペス家にも、悪しき者と善き者がいる!! そして善き者達が、勇敢な仲間を引き連れ革命を起こそうとしているのだ!!! 一度敗北を喫した我々に、もう一度反逆のチャンスを持ちかけ……!」
「「「!!!」」」
「皆思うところがあるだろう、だが……! まずは国を変えよう。そこからだ……! 全ては、そこから始まるのだ……!!!」
マジュールは地に膝を、両手を、額を付け、皆に土下座した。ミサは涙を浮かべ彼を見つめた。マジュールは腕の隙間から彼女を伺い、強く微笑んだ。
(
皆が信頼を向けるマジュールの熱意に押され、反乱の結託は結ばれた。怒りも恨みもまだあるだろうが、皆がそれを飲み込んで改めてミサ王女へ視線を向けた。
「ありがとうございます皆様。私たちは現体制を滅ぼし、新たに国を始めるために王都を襲撃します。時は2日後、 “ カメル第一王子生誕祭 ” !!! 正しいノヴァ王国の再建の為、どうか力を貸してください……!!!」
初めはそれに応える者はいなかった。しかし――。
「おーう!!!」
「はい!!!」
「やるわよ!」
「ふん、そのつもりで来たんだ」
「マルカトロス、素直になりなよ」
「うるさいぞドロス!」
「やりましょうっス!」
ロズ一行の力強い応えがきっかけとなり、徐々に歓声と拳が上がる。
「ああ、やるぞ……!」
「外で待つ家族の為にも……!」
「マジュールの旦那がああ言ったんだ、俺はミサ王女を信じるぜ!」
「じゃあ、俺もだ!」
「「「俺もだ!!!」」」
「ありがとうございます、皆様……! マジュール……ロズ王国の皆様……!!!」
こうして反乱軍は結束を果たし、来る大戦に備えるのであった――。
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