第2章「ノヴァ王国」
第12話「雷の天術使」
~翠歴1424年7月10日~
A級ギルダーに認められたレインは、満を持して “
「お疲れさん、レイン君」
「ドロス……大変だな、注目されるっていうのも」
「はっはっは! 慣れないうちは仕方ない。だが君は名誉最高騎士の名の通り、団長たる私含め我々王国騎士よりも上の立場にある。天術使故の運命でもあるが、君は常に民衆の期待を一身に背負わなければならないんだ。その内、嫌でも慣れるさ」
「運命、か……悪い、ちょっと外の空気吸ってくる」
「ああ」
レインは王城の裏門を抜け、人気の無い市街地を歩いた。これまではあくまで騎士見習いとしてドロスやマルカトロスの下についていたので理解しきれていなかったが、民衆からの怪訝や期待の眼差しを一身に浴びた事でようやく
「俺、大丈夫……だよな……?」
今日までレインは我儘とも言えるような目標を持って闘ってきたが、立場としては自分の都合など捨て国のため民のために命を張らなければならないのだと確かに把握しており、その矛盾に葛藤していた。
「……ええい! 他の国の悪い奴らを倒すことは、ロズを護る事と同じだ。俺の旅と目標は、
頭を振り、邪念も同時に振り払う。開き直りとは違う、至って純粋な信念を以て自身の目的に筋を通す事を誓った。
「さて、戻るか!」
踵を返し、王城へと戻ろうとするレイン――刹那、異様な魔力を感じ取り空を仰ぐ。
「?!?!」
レインは反射的にその場から離れる。その瞬間、彼の立っていた場所が落雷に見舞われた。
「雷?!?!」
改めて天を見上げてもそこは雲のひとつも見当たらない快晴であった。先程感じ取った強大な魔力、そして事象と天候の不一致からそれが自身を狙った何者かの術式である事はとうに見抜いていた。
「……出て来やがれ!!! 俺は逃げも隠れもしねえ、真っ向から勝負してやんよ!!!」
その時、眼前に乾いた雷鳴が響いたかと思えば降り注がれた光の中に1人の青年の姿があった。金髪の彼は片手を地に着き着地の姿勢を取っており、そこからゆっくりと顔を上げレインと目を合わせる。
「……誰だお前は?!」
レインの質問には答えず、悠々と立ち上がると青年は一方的に話し始めた。
「――さっきの披露式見とったでえ? “ 破壊の天術使 ” レイン・ロズハーツくん……なんや国の最高騎士や言うてチヤホヤされとって、ぽっと出の天術使が偉いご身分やなあ?」
「見てた?」
「ああ、そっからな」
そう言って彼が指を指したのは、真上であった。
「まさか空から?!」
「せや、俺が始末するんはどんな奴か思うて見とったんやが、なんや隙だらけやないかい……」
レインは咄嗟に身構えるが、確かに敵の放つ殺気は今すぐ何処からでも自分を狩れる程の脅威に満ち溢れていた。
「お前、今まで感じたことの無い魔力を感じるぞ……」
「なんや、自分以外の天術使見るんは初めてかいな」
レインの体に衝撃が走る。
「天術使……だって?!」
「何や不思議でも無いやろ、天術は世界に18つ、自分除いても17人おるんや、そう考えると結構おるやろ」
「……お前、さっき俺を始末しに来たって言ってたな。自分以外の天術使に居られると都合が悪いのか?」
「知らん、俺は命令されて殺るだけや――」
相手の体が稲光を纏いながら強く発光し始める。戦闘態勢に入ると同時に、ようやく素性を明らかにした。
「ノヴァ王国、 “ 雷の天術使 ” ライデン・パラナペス。恨みは無いが消えてもらうで――」
そう吐き捨てると同時に彼は視界から消え去った。
(!! 速え……!!!)
五感では完全に敵の動きを追いきれなかった。しかし魔力を感じ取る第六感 “ 秘覚 ” が、視えざる魔力という情報を以てして辛うじて敵の動きをレインへと伝えていた。
(上、右――後ろ斜め上!!!)
雷速のライデンは大いに驚かされた。自身の攻撃を読める人間など、初めて見たからだ。帯電した拳が振り下ろされる前に破壊を纏った肘を突き出し、相手の攻撃を相殺する。
「自分、おもろいやん……ほな、これはどないする?」
稲光と共に再び消え去ったかと思えば、ライデンは天高くに浮かび右腕を太陽へと掲げた。蒼天に似つかわしくない雷鳴と稲妻を現した空は、陽光さえ掠めてしまうほどに眩く点滅を繰り返す。
「さっきのはほんの小手調べやったが、次は当て行くで……?」
そう呟くとライデンは右腕を地上に向け振り下ろし、空に溜めた電撃をレインに向け解き放つ。
「 “
有り余る雷を収束させた一撃は、無慈悲に地上へと降ろされる。しかしそれを察知していたレインは、攻撃の直前に天に向かって拳を打ち出し空へと術式を伝えていた。
「 “
天へと伝う
「!! ははっ! 滅茶苦茶やん!! ほなら、とっておき見せたるか――」
ライデンが顔の前で両の
「 “
怪鳥のような意匠の電撃が吠えるように変形すると、それに呼応して雷鳴が轟く。轟音を纏ったそれが翼を広げると、自身を見上げる敵へと一直線に向かっていく。
「キェェェェ!!!!」
「でけえ鳥になった?! こいつはさっきのよりやばそうだ……!! “
掲げた両手で天を掴むとそこから入った
「なんだこいつ、消えねえ?!」
「せやから甘えん坊言うたやろ? どうやらお前を気に入ったらしいわ、遊んだってや!」
“ 天壊 ” は防御技とはいえ空気を割って具現化させただけの脆い屋根。瞬く間にそれを破った雷鳥はレインへと飛びかかる。
「ダメか……! “
渾身の力を込め空を殴り、襲い来る雷撃へと亀裂を伝える。
「キエエエ!!!!」
ようやく術式を壊せたが今の一撃で持てる力の全てを振り絞ってしまったが為に、レインにはもう後が無い。
「まずい……次は防げねえぞ……?!」
彼を見下ろすライデンは、実に愉しげに笑うのであった。
「流石は天術使、ええなあ楽しいなあ?! 本気で
そう言い放つと彼の体は帯電を始め、
「時間と関わりなく――光より早く――」
今まで放たれたあらゆる電撃より遥かに猛る電気が彼にまとわりついて――否、彼自身が暴れ狂う雷と同化して、超常を引き起こさんと構えていた。
「 “
レインは決死の抵抗として、生命維持に必要な魔力までも総動員し迎え撃とうと待ち構えた。しかし――。
「……?! おい?!?!」
ライデンの帯びていた電気が音と共に消え去ったかと思えば、彼は気を失い遥か上空より落下を始めていた。
「くそ、踏ん張れえええ!!!」
加速により増す青年の体重を気合いで受け止めたレインの足は、すっかり地面に沈み込みレンガ道を割り砕いていた。
「はあ、はあ……おい! 大丈夫か!!」
抱え上げた敵の寝顔は、先まで死闘を強要してきた相手とは思えない程に穏やかであった。とは言え先刻までの敵意は本物。誰が何の為に彼を仕向けたのかに頭を悩ませていると、王城裏門の方角より自分を呼ぶ声がする。
「レイン!!!」
「オルビアナ! ドロスも!」
「……なるほど、さっきまでの異常気象はその男のせいだな」
「ああ。雷の天術使だそうだ」
「!!! て、天術使?!?!」
「あんな規模の魔法を見せられたんだ、不思議では無い。レイン君、そいつをどうする?」
「とりあえず連れて帰ろう」
***
――『ライデン。お前はただ命令を遂行すれば良いのだ』
「……はあっ!!! はあ、はあ……」
「よっ」
「うわぁあ?! こ、ここどこや……?」
「俺と相棒の部屋だ。お前急に気失うからびっくりしたぜ」
「魔力切れだね……魔修磨路、ほとんど空っぽだったから……」
「……せや、ノヴァから飛んで来たんやった……それで魔力使い果たしてたんやな」
「飛んで来た?! ノヴァって海の向こうだろ?!」
「別に大した距離やない、まあ電池切れしてもうたんやが……」
「馬鹿だなーお前……」
レインはベッドに腰掛け、早速疑問をぶつける。
「確かノヴァ王国のライデン・パラナペスって言ったな、お前。誰に命令されて俺を殺しに来たんだ」
「……」
「もしかして君、パラナペス王家?!」
「?! オルビアナこいつのこと知ってんのか?!」
「いや、ノヴァの王族の名がパラナペスって事くらいしか……」
「王族なのに命令されて来たってのか?」
「うっさい、色々あんねん……」
その後も、ライデンは一切口を割ろうとはしなかった。
***
すっかり大人しくなったライデンを一人残し、レイン、オルビアナ、ドロス、マルカトロスの4人は彼について話していた。
「言うまでも無く、これはノヴァからの宣戦布告だろう」
「早まんなよマルカトロス」
「貴様自身が狙われたのだろうロズハーツ。今すぐにでも奴を殺し、ノヴァへ攻め込むべきだ」
「……」
「レイン君、彼についてどう思っている」
「解んねえ。アイツは本気で殺しに来ていた。あの時アイツの魔力が無くなってなければ、今頃俺はあの世行きだったのかもしれねえ……でも――」
レインは窓の外の空を眺めながら、まるで独り言のように呟いた。
「――悪い奴じゃねえと思うんだ」
ドロスとオルビアナは顔を合わせ、レインへの信頼を表すように優しく頷いた。
「結局は勘という訳か、全く……」
恨めしそうにマルカトロスは呟いたが、決してそれ以上の否定はしなかった。寧ろ訝しげな表情を浮かべるのは、たった今賛同の意思を見せたはずのドロスであった。
「ノヴァ――にしては情報を掴むのが早すぎるな……」
誰にも聞こえないほど小さく吐かれた独白は、果たして誰を指すものか。
***
黄昏時。相変わらずライデンは暴れもせず、静かにベッドで上半身を起こし窓の外をぼんやり眺めていた。
「……」
その時、部屋の扉がノックされる。
「入るぞー?」
開かれたドアの方を向くと、食事をトレーに乗せて運んできたレインの姿があった。
「お前の分だ、食えよ」
ベッドの横のサイドテーブルに置かれた食事は十分に湯気が立ち、作り立ての物であることが伺えた。ライデンは何も言わず、かと言って跳ね除ける訳でも無くトレーを取ると料理を口へと運び始めた。
「美味えだろ?」
「なんでお前がドヤるねん……」
「へへっ」
「阿呆な奴やでほんま……お前を殺しに来た言うとるのに何で親切にすんねん……」
「お前は少なくとも悪い奴じゃねえと思ったからだ」
「……わからんわ、ほんまに」
ライデンは料理を味わった。レインは彼が食べ終わるまで、もう話しかけはしなかった。
「……ほんまは嫌やったんや」
「!」
食事を綺麗に平らげたライデンは、ぽつりぽつりと心の内を吐露し始める。
「ノヴァ王国、協会非加盟の完全鎖国国家。さっきお前の相棒が言っとったように俺は王子や、せやけど俺の立場は強くあらへん。王子は王子でも俺は第三王子。末子やからな、一族での立場は逆三角形の頂点やねん。いくら神様からの授かりもんがあろうが家族にとっちゃどうでもええ。せやから俺は昔っから家族にあれこれ指図されてきた。ちっさい頃はそれも生半可なもんやったがな、今ではお前に吹っ掛けたみたいに誰かさんの始末をやらされるなんて事もざら。理由は教えてくれんけど、都合の悪い奴が多いんやろな」
ライデンの目は曇っていた。
「もう嫌やねん、やりたないわこんなん……苦しんどるのは俺だけとちゃう、鎖国しとるって言ったやろ? 砂しか無いのに貿易もせえへんから、国も結構苦しいねん。おかげで民衆はひいひい言っとる。俺は開国したいし協会にも加盟してあげたいねん。けど、なんも出来ひん。俺は弱いからな、何思っても結局は手を汚す毎日やわ……せやから、お前に負けて心のどっかで安心しとる。もう止まれるわって」
「お前、あんな強かったじゃねえか! 命令聞く必要なんて――」
「いや、家のもんは皆強い、特に親父はな。お前んとこの団長、相当強いっちゅう話やん。同じや、親父も武術使なんやが、天術あっても勝てる気せえへん」
「じゃあ、もう帰らなきゃいいじゃねえか! このまま自由に……」
「……複雑なもんなんや。どんだけ手を汚すよう指図されても、18年も一緒に生きてればそれなりに “ 情 ” ってもんが湧いてまう。それに国は好きやしな。家族が自分を粗末に扱っても、国民は俺を慕ってくれとる。だから国を見捨てる訳にはいかないねん」
レインはライデンと自分を重ねていた。そして解った、自分は凹んでしまっている箇所が、ライデンはまだそうでは無いのだと。レインは姉以外のオズワルド家を憎んでいた。情も愛着も何も無い。だと言うのに、同じように汚れ仕事を押し付けられても尚、ライデンは家族をまだ愛しているのだ。嫉妬はしなかった。ただ羨ましかった。それ故に、逃がす形で彼と彼の家族との繋がりを絶たせるというのはレインにとっては難しかった。
「要するに、家族は好きだけど家族のやり口は好きじゃねえって事だろ?」
レインは腰掛けていた椅子から立ち上がり、拳を握って提案した。
「じゃあ国を変えちまおう! お前が勝てば、ノヴァの人間も救われる!!」
「……お前、自分が何言ってるんか解って――」
「解ってる。それに、強え奴らの悪事をぶっ壊すのは俺の目的にとっても都合が良いんだ。代表を目指してんからな!」
「代表……?」
「ああ!」
レインは自身の境遇や目的を明かした。
「――ほんま狂っとるで自分……でもまあ……ははっ!! やっぱおもろいわ、レイン・ロズハーツ!!!」
「どうだ、やってみるか?」
「ああ、乗ったるわ。王子による国家転覆、こりゃえらいニュースになるで!」
~翠歴1424年7月11日~
昨晩取り急ぎ立てられた作戦は、早速夜明けから動き出した。港へやって来たロズ王国騎士団の一部団員らは、船に乗りノヴァ王国へ――。
「向こうで戦力増強出来るとは言え、やっぱりこの人数じゃ少し不安だな」
「我々はあくまで『魔法協会の視察団』を装って潜入する。私、マルカトロス、レイン、オルビアナ隊、ソフィアの15人、これが敵に正体を悟られない人数の上限だろう」
「……おいドロス、何故騎士でない一般ギルダーが紛れ込んでいるんだ」
マルカトロスは嫌そうにソフィアを指さす。
「なによ、私だってA級よ?!」
「これは子供の冒険ごっこじゃないんだぞ」
「まあまあマルカトロス、抑えて! レイン君たってのお願いだ、ソフィア君の野望には私も感服した。協会非加盟国であるノヴァ、
「ありがとうございます団長さん! 足を引っ張らないように頑張ります!」
「うむ、期待しているよ」
「よーし、ソフィアも合流して約束通り全員集合だな! それじゃあ行くぞ、ノヴァ王国!!!」
「「「おう!!!」」」
***
レインらを乗せた船が出港するよりも前、ライデンは雷となって瞬く間にノヴァへ帰還していた。
「おかえりライデン。首尾はどうだ」
「おう、バッチシ仕留めたったで」
「まだ情報は出回っていないようだけれど」
「出てきたばっかの天術使に死なれたんじゃ発表しづらいんやろ? とは言え隠しとく訳にもいかんやろし、10日もすれば公表されるやろ、辛抱や」
「信じていいんだろうな」
「うっさいな、鎖国なんかしとるから外の情報が掴みづらいんやん! もう少し待っとき、嫌でも知る事になるからな――」
ライデンの浮かべる笑みに含まれた意味を、ノヴァの人間が察する事はなかった。ただ一人、彼の姉に当たる王女を除いては――。
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