第10話「ふたりでひとつ」

~翠歴1424年7月8日~



 あれから4日後。レインはドロスを相手に技を磨き、 “ A級昇格 ” に向け猛特訓に励んでいた。


「だいぶ “ 破壊 ” が馴染んできたようだな、レイン君」


「ああ、ソフィアの技を参考にしたんだ。これからは殴る蹴る以外も出来るぜ!」


「騎士らしからぬ物騒な物言いだな、ロズハーツ」


「うるせえマルカトロス!」


「マルカトロス、オルビアナの方は?」


「剣術もかなり仕上がってきた。だがやはりあいつは狙撃手として伸ばしていくべきだろう。神眼による規格外の視力と奴自身が生まれ持った射撃の才――魔道弓術使として、より複雑な術式を使えるように鍛えていくつもりだ」


「それが良いな。引き続き頼むぞ」


「オルビアナも頑張ってんなあ……よし! 俺も負けてらんねえ!!! ドロス、もっかい組手頼む!」


「よーし、次は少し速度を上げるぞ」



***



 その頃ソフィアはB級の中でも下位のクエストを順調にこなしていた。今日も今日とて依頼を受けるべく、ギルドへと向かう。


(警備や採取はもう一人でも十分ね。そろそろ上位のクエスト……討伐や撃退にも視野を広げてみようかなって、ふふっ。私、あの日から結構成長してるよね!)


 上々の機嫌に鼻唄さえ歌うソフィア。人通りの少ないいつもの道を軽快に歩くも――道中、微かに感じ取った違和感に立ち止まる。


(……?)


 見回しても人影は無い。物音もしない。ならこの胸のざわめきは――。


「!!」


 突如背後に感じ取った確かな気配――振り返れば “ それ ” は既に間合いに侵入はいっており、殴りかかる体勢でソフィアを睨んでいた。


「――ふーっ……!!!」


「まずい……っ!!」


 ソフィアはすぐさま結晶を集めて防御する。しかし敵の拳は大爆発を引き起こし、ソフィアの盾を地面諸共抉ってしまった。間一髪後方に引いていたソフィアは爆風で飛んできた結晶の欠片に小突かれる程度で済んだが、まともに食らっていれば命に関わるダメージすら負っていたであろうという確信。


「今のは……爆術?!」


 地から立つ砂埃に浮かぶ影。それが風にさらわれた時、ソフィアにただならぬ戦慄が走った。


「――シノ……?!」


 シノ・ベルクサンドリア。お馴染みベルクサンドリア・ギルドの双子の看板娘、その姉。妹のチノと並び仕事上の関係を超え友人として付き合ってきたはずの彼女が、今明確な殺意を持って立ちはだかっているのだ。


「シノ、どういう事……?!」


 彼女は何も答えない、それどころかこちらの言葉を咀嚼しているのかすら怪しい。かと言ってそれは冷淡クールと言い表すには程遠く、口元から溢れる鋭い吐息や上下する肩から彼女が正常で無い事は容易に見て取れた。揺れる瞳孔、大粒の汗……疲労とも違う、生物としての限界を超え崩壊してしまったかのような異質さ。害意を剥き出しにされても尚ソフィアが友へ抱いた感情、それは敵意でも恐怖でも無く “ 心配 ” であった。


「身体操作……? 催眠……? 誰がシノを……!」


「ふー……!!!」


 再びシノはソフィアに挑む、防がれても避けられても、何度も何度も。その都度町は崩壊を重ねる。ソフィアは逃げるふりをしながら、なるべく被害を少なくしようと大通りを避け人気の無い場所へと誘い込む。彼女の魔力が破裂する度、じわりじわりと満ちていく不信感。もしかして彼女は操られてるのではなく、自分の意思で――。


(そんなはずないっ!!!)


 自身の邪推を振り払い、ひたすらに走り回る。傷つけまいとするソフィアより、全てを壊し殺すつもりで来るシノの方が有利なのは明白。ソフィアの方が基礎戦闘能力で上回っていても、この状況で優性を取れるほどの差は二者間には無かった。徐々に傷つき、機動力を削がれていくソフィア。遂に地に膝を着いた敵に、シノは変わらぬ敵意を持って歩み寄る。


「はあ、はあ、はあ……シノ――」


「ふー、ふー……!!」


 これが最後の一撃と、シノは拳に魔力を集める。ソフィアに抵抗の意思は無い。しかしそこに友に対する悪意は無く、ただ暴走する彼女を止められなかった自分自身に辟易していたのであった。


「シノ……ごめんね……」


 その言葉にさえ揺らぐこと無く、シノの拳は振りかざされる。


「――!!!」


「 “ 障壁ブレコール ” !!」


 突如2人の間に割って現れた術使は、何も無い空間にひびを入れ物体化させる事で盾を作り、大爆発からソフィアを守った。


「……レイン!!!」


「悪い、遅くなった! よく頑張ったなソフィア、ひとまず任せろ!」


 住民からの通報を受け駆けつけたレインは、シノの猛攻に対し必死の防御で対抗した。彼の目的に攻撃は無い、ただ彼女の魔力が尽きるまで、繰り返される爆発を防いでみせる。


「来い、何度だって守ってやる……だから全部ぶつけてみろよ、シノ!!!」


 レインは狂ったように襲い来るシノに、ハットベルに乗っ取られた時の自分を重ねていた。今彼女は、正常な思考を持っていない。それだけは理解できる、だからこそ倒すのではなく、倒れるのを待つのだ。


「やっぱ防御技も覚えといて良かったぜ……ソフィア、お前から浮かんだ発想だ。感謝するぜ!」


「レイン……」


 そして決着の時が訪れる。シノの意識に限界が訪れたのか、徐々に彼女の体は魔力を練れなくなり遂に爆術は起こせなくなった。朦朧とした意識のまま、ただレインの胴体をか弱く殴り続けるシノ。それも途切れ、気絶し倒れるシノをレインが受け止める。


「とりあえず、安全な所に運ぼう。ギルドに連れ帰ったらあの親父にまた無茶な特訓とやらをさせられちまうだろうからな」


「うん。私の家に行こう」



***



「ん……――ここは……?」


「シノ、気付いたか!」


「レイン様……それに、ソフィアとオルビアナ様……」


 窓の外に目を移すと、すっかり日は暮れていた。シノは覚めきっていない頭で自身の行いを思い返す。


「私は……ソフィア、私……!!」


「大丈夫。レインが止めてくれたしね」


「レイン様……」


「大丈夫だ! 誰も怪我してねえし、街も直してもらってる。それより、何があったんだ」


「それは……」


「シノ」


「ソフィア……!」


「大丈夫、私はシノを信じてるから――でしょ!」


「! わかった――」


 シノより衝撃の事実が語られ始める。


「ソフィアを襲ったのはお父さんの命令だった。最近調子の良いB級ギルダーがいるから、腕を試してみろって……」


「それがソフィアのことだったのか」


「断りたかった。お父さんは怖いけど、それでも何としてでも断るべきだった……でも、私は冷静な判断が出来なかった。理由は2つ……まず1つ目は、お父さんに認められる事が嬉しかったから。ずっとずっと厳しくされてきた、とても家族だなんて思えないような目で見られてきた……そんなお父さんも、最近はちゃんと見てくれるようになった。私が強くなる度に、褒めてくれた。笑うようになってくれた! また昔みたいに……だから、お父さんの期待を裏切りたくなくて……」


「それで2つ目は?」


「もう1つは――」


 シノの告げたもう一つの理由は、有り余る戦慄を走らせた。


「「!!!」」


「……ごめんなさい」


「シノ……あなた……!!!」


 シノの両肩を強く掴むソフィアの目からは、とめどなく涙が流れていた。オルビアナも言葉を失い、ただ俯いている。その中でレインだけは事の重大さを理解しきれておらず、頭をかしげていた。


「 “ ニコ ” ……?」


 オルビアナは “ それ ” を忌々しそうに説明を始める。


「 “ 魔薬ニコ ” ――分かりやすく言えば、魔力を増強する薬。飲めば飲むほど魔力量は上がって魔力出力も上がる……それだけ聞くと便利な薬だけど、実際はそう良いものじゃない。この薬は魔力を強くする為に、魔修磨路を直接書き換えてしまうんだ。ただ一度でも魔薬ニコを使ってしまえばその効果が切れたとき、使う前よりも素の状態の魔力出力が落ちてしまう。そしてそれを戻す為に繰り返し使う度、薬無しではまともに魔法が使えなくなっていき、最終的には魔薬ニコを使っても魔力が回せなくなる――魔修磨路の壊死、命にも関わる……もちろん世界的に禁忌とされているものだ。各国政府だけでなく協会も厳重に取り締まっているから、特に加盟国では一切出回らないはずなんだ。当然、ロズでもね……」


「そんなものをシノが……?!」


「ごめんなさい……!!」


 ソフィアは変わらず、何も言えないままただ涙を流していた。


「そう言えば前にチノが――」


――『お姉ちゃんは、ここ最近になって突然体調を崩しやすくなりました』


「――って」


「私には魔法の才能が全く無かったんです……ただ魔力を爆発させるだけの爆術にしたってそう、余った魔力を防御に回せないから私自身も傷つくし、そのくせ破壊力は大した事ない。だから、お父さんに隠れて魔薬ニコに頼りました……」


「どうしてそこまで……?!」


「私が強くなればお父さんが認めてくれる。そしたらまた、お母さんがいた時みたいに笑い合えるかなって……」


「……許せねえ」


「え……?」


「レイン……?」


 ソフィアも俯いていた顔を上げ、レインを見上げる。


「許せねえぞ、シノ……!」


「レイン……様……?」


 レインはベッドに近づき、怒号を飛ばす。


「俺は……許せねえ――許せねえぞ、シノ!!!」


 レインはシノの頭上へ拳を下ろす。


「ひいっ!!! ご、ごめんなさい!!!」


 しかしその手は握りこんでおらず、優しくシノの頭に置かれた。構えていたシノは想定外に優しく触れられた温かな手のひらに目を丸くし、涙目でレインを見上げる。彼は窓の外を睨み、大いに怒っていた。


「シノ、俺は許せねえんだ……お前の親父が!!!」


「レイン様……!」


手前てめえの娘が手前てめえのガキみてえなプライドの為に、違法な薬に頼らなきゃいけねえところまで追い込まれてよお……未来犠牲にして頑張ってるって言うのに……! それでもちゃんと見てねえ、認めてねえだなんて、ありえねえ!!!」


 レインは溢れんばかりの怒気に反して優しくシノの頭を撫でると、仲間たちへと目を配る。


「やるぜ、オルビアナ、ソフィア……サイ野郎の性根をぶっ壊してやる!!!」


 オルビアナとソフィアは目を合わせ、強く頷く。


「うん!」


「ええ!」


「皆さん……うぅ、うああ!!!」


 安心に緩んだ目元から、留めていた涙が溢れ出る。皆は優しく彼女を見つめた。


「大丈夫だシノ。俺たちに任せとけ……って、そうだ! オルビアナ!」


「?」


「シノの魔修磨路、視れるか? まだ壊れきってなければ、薬無しでも戦えるんじゃないか?」


「! そうだね、視ておこうか」


 オルビアナの右眼の周りに黒い筋が走る。静かに痛みに耐えもう一度瞼が開くと、彼の眼は虹色に輝いていた。その眼をシノへと凝らし、魔力の流れるみちを視る。


「……あれ、これってもしかして――」


 オルビアナは視線をシノから壁へ移した。まるでその更に向こうまで見通すかのように。


「オルビアナ、どうだ?!」


「シノちゃん、君は――」


 オルビアナが視たものは、シノから壁の向こうまで続くか細い糸のような魔力の煌めき。そしてそれが意味するもの――。


「オルビアナ様……?」


「明日チノちゃんと会おう。それからじゃないと、はっきりとは言えない」


「え、チノ……?」


「レイン、ソフィア」


「ああ、わかった」


「よく分からないけど……良いわ」



~翠歴1424年7月9日~



 太陽が真上に登りきる少し前、4人はベルクサンドリア・ギルドへ戻ってきた


「ようこそ、ベルクサンド……リ……って、お姉ちゃん……?!」


 いつも通り出迎えてくれたのはチノ・ベルクサンドリア。やはり前ほど朗らかには見えないが、それでも前回よりかは幾分か元気が戻ったかのように見える。まるでソフィア宅で一晩療養したシノに呼応するかのように――。


「チノちゃん、少し外にいいかな?」


「オルビアナ様? は、はい……」


 ギルドの裏の通りへ回り、シノとチノを並び立たせる。


「あの、これは……」


「少し魔修磨路を視るね」


 そう言うと間髪入れずオルビアナは神眼を開き、2人を観察した。その眼に映ったもの――それは、2人で一つの輪を為す煌めく通りみち


「やっぱりそうだ……」


「オルビアナ、どういう事だ?」


「…… “ 融為魔修磨路とけたましゅまろ ” だよ。つまり、シノちゃんとチノちゃんは生まれつきふたりでひとつの魔修磨路を共有しているんだ」


「「「融為魔修磨路?!」」」


 それは双生児がごく稀に産まれ持つ、限りなく前例の少ない魔修磨路。ふたりで術式を構築すれば並の術使を凌ぐ魔力を誇るが、逆にひとりでは半人前以下の実力しか発揮出来ない。


「だからシノもチノも生まれつき魔法が上手く使えなかったのね……」


「15年間も誰も気付けなかったなんて……」


「魔修磨路の輪郭を正確に感知できるほど強い秘覚か、魔修磨路を視覚的に把握出来る神眼じゃなければ知覚は難しいからね。ごめん、僕ももっと早く視てあげられてれば……」


「謝らないでくださいオルビアナ様! それより、ありがとうございます。私たちは、そっか……『ふたりでひとつ』だったんだ……!」


 シノとチノは顔を見合わせる。


「融為魔修磨路はふたりが離れると魔力供給が上手くいかず不調をきたすって言うわ。チノの言っていたシノが近くにいないと元気が出ないって言うのは、これのせいね」


「それに融為魔修磨路は、一方の状態をもう一方に伝播させるとも言われている。チノちゃんが元気無かったのは、シノちゃんに呼応しての事だったんだ」


 シノとチノはふたりでひとつ。ふたりは本当の在り方を知った、そこには喜びすらあった。そんな微笑ましい空間に忍び寄る不穏な影――。


「――! 誰か来る、強えぞ……!」


 レインの声に皆が一方を見つめる。


「シノ! こんな所にいたか。さあ、特訓の時間だ!」


 声の主はやはりサイ・ベルクサンドリア。そして彼の後ろには見慣れない二人の男が。


「お父さん、そちらは……?」


「ああ、今日からお前の指南役を任せる爆術使たちだ。ふたりとも等級はA級! 今後は俺が見れない時はこいつ達がお前に特訓を付ける」


「指南役……?! そんな……」


 今まで以上の過酷な特訓を強いられ絶望するシノとチノ。彼女らの境遇も知らずに不敵に笑みを浮かべるサイへ歩み寄る影が一つ――。


「ああ? 何だおま――」


 サイが言い切る前に頬を強く殴る。


「?!?! ぐふ――」


「ぐ……あらぁあ!!! レイン・ロズハーツ!! てめえをぶっ壊す!!!」


 破壊の推進力を得た殴りに後方へ飛ばされるサイ。レインが間髪入れず追い打ちをかけようとすると、ソフィアが手を伸ばしそれを遮った。


「待って、レイン! こいつだけは私にらせて……!」


「ソフィア……」


 ソフィアの心持ちは、レインらよりもより深い。彼女にとってシノとチノは、職場のメイドではなく “ 友 ” だからだ。


「――わかった。任せたぜ、ソフィア!」


「ありがとう!」


 その時、飛ばされたサイが立ち上がる。まるでダメージなど感じさせず悠々と起き上がったかと思うと、双子を除く青年らを見回し笑みを浮かべた。


「なるほど……お前たち、そういう事か――」


 控えていた爆術使らへ合図を送ると、二人はそれぞれレインとオルビアナへ襲いかかる。


「「!!!」」


「邪魔する奴らは全員爆ぜさせる。シノ、チノ、その覚悟は出来てるんだろうなあ?」


「「……――」」


「負けねえ!!」


「「!!!」」


「俺も、オルビアナも、ソフィアも!!! ぶっ壊すのは、俺たちだ!!!」


「面白い、来い!!! ガキ共!!!」

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