第1章「ロズ王国」第3節「結晶の門術使」

第9話「不揃い」

~翠歴1424年7月4日~



 ロズ王国騎士団と革命軍アトラ隊の激突から一日。レインとオルビアナはソフィアにも一連の詳細を報告するべく、ベルクサンドリア・ギルドへと向かっていた。


「戦いがあった事自体は国中に伝わっているけれど、やっぱり直接報告したいからね」


「昨日は革命軍の奴らに壊されたとこの修理で、それどころじゃなかったからなあ」


 向かう道中の市場通りでは敵軍を撃退してくれた彼らに対し、四方八方から称賛や感謝の言葉が送られる。人々に称えられるレインとオルビアナは照れる心の奥底で、着々と強まる王国騎士としての責任を改めて自覚していた。



***



 ギルドへ辿りついた二人。いつもなら扉を開ければ看板娘のベルクサンドリア・シスターズが出迎えてくれるところだが、今日はシノどころかチノも現れない。


「ん……?」


 広間を見渡すと、中央のテーブルにソフィアを見つけた。


「ソフィア!」


 近づくとソフィアはテーブルにうつ伏せる少女の背中をさすっていた。


「レイン、オルビアナ……」


 ソフィアの労るその少女は、いつもなら元気に出迎えてくれるはずのチノ・ベルクサンドリアであった。


「チノ!」


「チノちゃん?!」


「あ……レイン様、オルビアナ様、ごめんなさい出迎えられず……」


「どうしたんだよチノ……?」


「私はいいんです、私よりも……――」


 その時、カウンターの奥の階段から降りてくる影がひとつ。両腕に包帯を巻き、心身共にすっかり衰弱している様がはっきりと見受けられるその少女は――。


「「「シノ?! 」」」


「――お姉ちゃん……!!!」


 シノは一度こちらへ視線を送ると、すぐに前へ向き直りギルドの扉へ向け歩き出す。よろけながら一歩一歩ゆっくり進み、遂にその場で倒れてしまう。


「シノ――」


 レインが駆け寄ろうと足を向けると、シノを追うようにもう一つ影が降りてくる。シノはその影を見て、酷く怯えているように見えた。


「あ……お父さん……!!!」


 ベルクサンドリア・シスターズの父にして現ベルクサンドリア・ギルドのギルド長マスター――。


「 “ A級爆術使はじゅつし ” 、サイ・ベルクサンドリア……!!!」


「――……!!」


 シノは倒れたまま匍匐前進ほふくぜんしんで彼から逃げようとし、うつ伏せていたチノもまともに歩けないような状態でシノを助けようと体を向ける。


「どうなってんだ……?」


 上手く状況を飲み込めないレインをよそに、サイはシノへと声をかける。


「目を覚ましたなら何故声をかけない。回復したならするぞ――」


 サイはシノの腕を掴み立たせると、無理やり外へと彼女を連れ去っていった。


「レイン!」


「ああ、行くぞ!」


「――待ってください!!!」


「「「?!」」」


 連れ出された姉を追おうとするレインとオルビアナを、衰弱したチノが呼び止める。


「なんでだ?!」


「はあ、はあ……お父さんは、すごく強いんです……きっと、ギルドの誰も敵わない……!」


「チノ……」


 息を切らしたチノを落ち着け、シノとサイについて話してもらった。


「お父さんも昔は優しかったんです。2年前までは……――私たちが13歳の時、お母さんがこの世を去りました。それからというもの、お父さんは変わってしまいました。ギルド長の座を継ぐに相応しい強い後継者を育てる為……私達――特にお姉ちゃんには一層厳しく、戦いの特訓を行うようになりました」


「厳しい特訓……それであんなに弱っていたのか……」


「もちろん、それもあると思います。でもお姉ちゃんは、ここ最近になって突然体調を崩しやすくなりました。私はお父さんがお姉ちゃんにどんな修行をさせているのか知りません。最近になってより厳しくなっただけなのかもしれない……でも、これはその、私の……双子の妹としての勘に過ぎないんですけど……」


 チノは右手で左腕を押さえる。


「それだけじゃないんじゃないかなって……」


「? どういう事だよ」


「わかりません……ごめんなさい。ただ上手く言えないんですけど、他の理由があるような気がしてしまって……」


「「「……?」」」


 レイン、オルビアナ、ソフィアの三人は互いに顔を見合わせる。この時はまだ誰も――チノやサイでさえ、シノの不調の真実を知る由も無かった。



***



 一方、シノとサイはいつも二人が特訓を行っている場所へと来ていた。


「シノ、何をしている?」


「!! いえ、なんでも……!」


 岩場の陰で水分補給をしたシノは、空になった瓶を置きサイの元まで駆け寄る。


「よし、もう一度限界まで出力を上げてみろ。ここ最近のお前はかなり調子が良い、修行の成果がよく出ている」


「……ありがとうございます」


  “ 爆術はじゅつ ” ――それは練り込んだ魔力を術式に変換する事無く、魔力の持つエネルギーをそのままに収束・破裂させる術法。魔力を電気、術式を家電に例えるなら、集めた電気をそのままに圧縮して爆散させる技と言える。魔力の発散――それ以上の用途は何も無いが、指向性・意匠・属性変化など攻撃力以外の要素に一切の魔力を割かないが為に、破壊力という一点に限っては抜きん出て優秀。尚且つ発動が容易なのがこの “ 爆術 ” 。ベルクサンドリア家の血筋が代々現す魔修磨路は、複雑な術式の構築を不得手とする。それでも一族が大国ロズで王都ギルド管理者の座を担えてきたのは、破壊一点に拘る爆術を磨き上げてきたからこそである。


「両腕に魔力を集めろ。自分の持っているものだけで回そうとするな、外から得る魔力も体内うちに入れると同時に力に回せ」


「はあ、はあ、はあ……!!!」


 両腕を前に突き出し、シノは魔力を二つの拳に集約する。


「もっとだ!!! ぜないように抑え込みつつ、外から力を取り入れ押し込む、真逆の事を同時にこなせ!」


「う……うああ……!!!」


 シノの周りに風が集まり始める。腕は赤く光り、ただならぬ力が彼女の拳に収束していく。今、辺り一帯の魔力は全て彼女が支配している。いつもよりも遥かに力が集まる中、まだまだ収束は続いていく。この光景に驚いていたのはシノではなく、寧ろサイであった。


「すごい……素晴らしいぞシノォ!!! それでこそベルクサンドリア・ギルドの後継者として、俺の娘として相応しい爆術使はじゅつしの姿だァ!!!」


「はあ、はあ!! う……きゃあ!!!」


 その時、加速度的に集まった魔力が不本意に爆散した。周囲に大爆発を引き起こし、術使であるシノ自身もいくつか火傷を負ってしまった。特に爆発の起点となった両腕への被害は酷く、破けた包帯の中には更に深まった傷が確認できた。自分の娘が自分の修行で傷ついたにも関わらず、サイはシノの怪我には目もくれずただ強さだけを褒め称える。


「よくやったシノ!!! 流石だ、お前にならギルドを任せられる日も近いぞ……!!!」


 シノもまた、修行を始めてから初めて賛辞の言葉をくれた父に心を奪われ、己の怪我を見て見ぬふりするのであった。踵を返して先にギルドへと戻っていくサイの背後で、膝に両手を付き立ち止まるシノ。彼女にとって腕の痛みと流れる血はさほど問題ではなく、それよりも遥かに深刻な問題が内側で暴れ始めていた。


「はあ、はあ……――解ってる、もうやめなきゃって……でも――」


 シノは覚悟を決めた。自分の選んだ破滅の道、その果てまで突き進もうと。全ては、ようやく自分を認めてくれた父の為に――。

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